FAR SKY (遠い空) 世の中の本質を自分なりに・・・

遠い空には何が見えるのだろう。若者には輝く未来が。関西弁おっさんにはオネーチャンの優しい笑顔。遠いあの空はどこに行った。

旅に出てみたい(2) 重い腰を上げた。碌な事はない。

2016年10月16日 14時30分49秒 | 日記

NHKの歴史番組で「長篠の戦い」をやっていた。新田次郎や司馬遼太郎の小説でその概要は知っていたが、信長の柵作戦にまんまとやられた武田勝頼軍なのだが惨敗の本当の理由は一体何だったのだろうか?との漠然としないものが残っていた。
さて、週末は日本列島は快晴だ!との久しぶりの朗報に一刻も早く家から脱出したい私は金曜日の夕刻6時に出発したのだった。



いつものようにとりあえずは16号線に向かった。



まあ、ものすごい車の量である。週末金曜日の夕刻に車を出したことなんかないのだが、こんなに車が多いとは、まことに疲れる次第である。八王子に着いたのは夜中の10時。流山から八王子まで4時間かかるとは、関東平野とはなんという理不尽な平野なのであろうか。甲州街道をくねくねとハンドルを回し、富士市についたのは翌朝2時。そのまま国道1号線を暴力トラックにあおられ浜松にたどり着いたのは朝の5時だった。



目的地の新城市に着くまでの途中に来年のNHK歴史ドラマの幟が目に付くようになった。女城主?そんなん知らん!きっと低視聴率にあえぐことは間違いなさそうだ。



小説で想像した「設楽が原」は東京ドームの何十倍の広さの草原があって、信長・家康軍が柵をこしらえ、そこから鉄砲足軽が武田騎馬軍団を狙い撃ちする。一方、勝頼軍の一騎当千の騎馬武者が重戦車のように軟弱な織田・徳川連合軍を蹴散らすのだ。
しかし、現実は平行に並んだ低い丘陵を挟んで両軍が対峙していた。信長・家康軍は柵をこしらえ火縄銃を構えて武田騎馬軍を狙い撃ちするなんて実際はそんな広さはなかった。



遠い昔の話を考え、古戦場を自分の目で見ながら、やっぱり「百聞は一見に如かず」やなあああ。と思った次第であった。



持病の為にいろいろと不愉快な気分になったが、現地に行ってみて、まあよかったのかなと思う。




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