農業じゆう人

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お札の聖徳太子

2017年05月19日 13時35分45秒 | 話題
          
       上の一万円札(見本)をご覧になって、40代から上の年代の皆さんなら、
       ああ~ぁ~そう言えば、一万円札に聖徳太子の像があったな~と・・
       記憶されている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか・・?
  
     残念ながら当時から私にはあまり縁がなかったお札ですが、今も続いています
     いまだに、家計の足しにと菜園で無農薬野菜を作っているほどですから ハイ
     きょうも既に植え付けて余っていた「枝豆の苗」 破棄するのはもったいない!
      ということで狭い場所を探して耕し植え付けました! ケチです
          
          今でもここして生活しているのが現状で~す  
       
    ひところ宴会の終盤になって、会計清算の段で負担額を弾んでもらうために・・~
    上司や先輩をからかい半分で“いよっ大蔵省(現在の財務省)”とか“日銀総裁”などと、
    気楽に?気安く?はやす声があがった。
    なかには不謹慎だが金額を当てにして“聖徳太子”と呼びかける人もいましたな~
    いつから「太子」の肖像は日本人におなじみになったのでしょうか・・?

    “東野治之・奈良大名誉教授”によれば、紙幣に聖徳太子の肖像が登場したのは
     1930年なんだそうです。 百円札で、第二次世界大戦を挟んでいくつか
     デザインが変わったという。 
     50年には千円札になり、57年には五千円札、58年には一万円札と・・。
     戦中戦後を通して、太子のイメージは日本人の生活に根を下ろしたようです。

    実は紙幣にあしらわれた古代の人物は聖徳太子だけではないそうです・・。
    日本武尊・神功皇后もあったが、実在性が疑われ、武張ったイメージが
     軍国主義や帝国主義と結びつきやすいと思われたためか、姿を消した・・?
    ほかに、武内宿禰・藤原鎌足・和気清麻呂・菅原道真ら朝廷の功臣たちもいたが、  
     武張ったイメージこそ薄かったものの、いずれも姿を消したという。

    戦前から戦後にかけて、なぜか聖徳太子だけは生きのびた・・?
    太子にまつわる平和思想や、先進文明の消化・普及に努めたイメージが背景に
     あったからではないだろうか?と推測
    太子のお札はまた、戦後日本の復興と高度成長も見守ってきたともいえる・・。

    1984年に一万円札の肖像は“福沢諭吉”に代わりました。
    日本経済のバブルとその後の低成長を、太子はどう見ているんでしょうかね~
    
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