農業じゆう人

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うちわ

2017年07月13日 13時30分10秒 | 世間
  地球温暖化の影響のせいか? 近年は30度を超える暑い日が増えていると思いません・・?
  そんな熱帯夜明けの朝っぱらから、恒例とはいえバカの一つ覚えとは怖いものです。 
  ムンムン蒸し・蒸しのなか「ウォーキングと菜園での草取りをやりましたもん」 バカです
    
        こんな草ボウボウ          幾分スッキリ
      これだけの作業なのに汗タラタラ、あまりにも暑いのでこれだけで退散しました~
  こうなると熱中症の予防も含め、冷房に頼る日々が多くなっていませんか・・?
  冷房を使うときになると部屋に暑がりや寒がりの人がいるのが常ではないでしょうか・・。
  すると困るのが室温世設定では・・  コマーシャルにもある“暑い!寒い!”というあれ
  最近はエコが叫ばれていることもあり、冷房の設定温度を下げずに、うちわを併用する人もいる。
 竹がしなり作りだす風は、人それぞれにやさしい涼を届けて
 くれる良さがある。 古墳時代の壁画には、すでにうちわが
 登場する。 うちわの柄を長い棒にした翳(さしば)は、中国から
 渡来した。威儀行列で供の者が持ち、貴人の顔を覆う役目を
 した。  室町末期には竹の骨に和紙を張り、送風用うちわの
 原型ができた。戦国期に入ると板や鉄板の軍配うちわが、矢
 石を防ぎ指揮をとる武具となった。
 庶民生活に広く普及するのは江戸時代。涼をとり・火をおこし
 蛍や虫を追い、ぬれたものを乾かし、熱いものを冷ますなど
 暮らしに役立った・・。霊力もあり災厄祓(ばら)いとして神社参
 拝の土産物になったという。四国の金毘羅参宮「丸金うちわ」
 は、江戸時代初期に出現し、中期には丸亀藩下級武士たち
  の内職として奨励され作られてたと言われている。
  「江戸うちわ」の問屋は日本橋堀江町河岸に軒を連ねていた。
  房州に自生する女竹を材料とし、丸竹の先を48~64等分に
  割き広げ、骨に仕上げる繊細な技です。江戸後期には名所や
  美人画など、色鮮やかな浮世絵が「うちわ絵」として出回った。
  天保の「倹約令」が施行され、取り締まりの対象であった浮世
               絵も、うちわだから見逃されたという? 庶民は好きな絵を選び、
               吉原や花火見物に持ち歩くのが「粋」とされ流行したそうだ。
     大店(おおだな)や職人たちが得意先に配ったので版元は“北斎・広重”など人気絵師の絵を
     そろえた。 うちわは日用品から装いや贈答・商品広告の役目も担った。

     日本橋の問屋街は1923年関東大震災で壊滅、竹の供給地だった房州の那古・船形町
      などに移住し生産を再開したんだそうです。 昭和初期の最盛期には年間八百万本が
      生産され、漁師町のおかみさんの手内職が生産を支えたそうだ。
     技術は母から娘に継承され、多数の女性がうちわ作りで生計を立てたという。

     60年代以降、電気製品やガスコンロなどの出現で需要は激減したが、省エネや伝統的
      工芸品としての魅力再発見の一方、商品広告としての役割は脈々と受け継がれていて
      今日でも街頭で広告うちわが配られている。

       我が家では、夜はエアコンを使用しますが日中は「うちわ」を活用しています
       ただ今のうちわは殆んどがプラスチック製。 竹のうちわは少なく値も高い
       でも使ってみると、そのしなりからくる風はまた違う感じがする?  
       そんな「うりわ」を使って涼風を得てみたいものです。  欲しいな~竹うちわ
     

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