エッセイ by Genki (森田 信義)

 800字で何を、どれほど表現できるのかに挑戦してみました。予想外に分量があります。

ノーベル文学賞

2016年10月14日 02時07分04秒 | Weblog

  今年のノーベル文学賞は、アメリカの歌手、ボブ・ディランに決定した。村上春樹が有力候補にのぼり続けている中、おやっと思った人も多いのではなかろうか。テレビで街中のインタビューをしていたが、二十代の女性などは、ボブ・ディランという歌手そのものを知らなかった。無理もない。
 私が大学生の頃、彼の歌をよく耳にしたものである。反戦のメッセージを届けるフォークソング「風に吹かれて」は、当時の学生の反権力志向にもなじむ性格のもので、しかも心優しく問いかけるものでもあった。
 文学賞の対象として音楽が選ばれるというのは異例のことであろう。日本人にとって、有力な受賞候補であり続ける作家を抱えているのだからなおさら違和感があったのかもしれない。
 しかし、医学や科学の分野での受賞に比して、平和賞や文学賞というのは、客観的、公平性絵という基準を設定しにくいと言えないだろうか。国内文学賞として、毎年二回大騒ぎになる芥川賞にしたところで、選者のコメントを読めば、多種多様で、評価が一つの作品に集約されるなどということはほとんどない。それはそれでいいのであろう。芥川賞の選考委員に頼るまでもなく、好きな作品は好きなのであり、よい作品はよいのである。ノーベル賞の選考委員会のお墨付きをありがたがることが芸術にとって価値のあることなのかどうか、静かに考えたい。
 新人賞である芥川賞に比して、ベテラン作家に与えられる直木賞は大騒ぎはされない。受賞しなくても別にかまわない作家のための賞とも言えるからである。
 平和賞も政治がらみになって評価が分かれがちである。ノーベル賞という一つの権威に寄りかかって判断を放棄する必要がある平和、芸術は、特定の権威による評価から自由であってほしい

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