ムカ生活すっかり

田七人参 麻黄

恋愛のニヒリズム ~克服篇~

2016-12-28 15:55:21 | 時事通信
恋愛のニヒリズムを克服する条件とは――「おひとりさま」の充足感を存分に味わえる者同士が出会うこと。これに尽きますね。それで満足なら出会う必要もないじゃないか……お説はごもっともですが、こういう人間は私も含め、めちゃくちゃ貪欲なんですよ。
俺、これで満足してていいんだろうか?
威哥王
もっと、いいことあるんじゃね?



そう思ってやまないわけです。これ、不足感とは違いますよ。不足感は「何が足りないか」本人にはっきりわかっているんですね。でも、この貪欲な感覚は「何が足りないか」を本人に知らせてはくれない。だから、わからないままに「これかなぁ……いや、あれかもしれないぞ!」と動かずにはいられない――そういう感覚なんです。そして私はここYYCにたどり着いたわけです(笑)

催情薬

心に想う人がいる、それだけで気持ちが溢れる――これは自然なことです。一種の生理現象だといってもいいと思います。

ただ、こうした気持ちを、みんな「性」に結び付ける考え方が世間に浸透しているでしょう?

だからその気持ちを相手の「性」の一点にどっと流し込む。あるいは逆に「性」に嫌悪感を抱く人はたとえば「友情」という蓋で無理やりそれを抑え込もうとする……もちろん、私にもそんな瞬間はありますが、いつもそればかりではありませんよ。

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そうこうしているうちに、なんか胸騒ぎがする、気持ちが溢れる……

はいっ、盛り上がってまいりました(笑)

よしっ!じゃあ、走って出勤してみるかとか、きょうは映画を見ようかとか、ちょっと遠出してみようかとか、久しぶりに楽器でも弾いてみようかとか、欲望自体を抑え込むことはできなくたって、いろんな方向へ前向きに分散させることができるでしょう?

だから欲望自体はどこまでも肯定されるべきだし、それを抑え込むためだけに「友情」などという言葉を使うのは、ちょっともったいない、というか、そもそも抑えられないものを抑えているからこそ、自分で自分を苦しめることになっているんじゃないのか……

だから問題は常にその宛先なんです。

欲望の奔流は「何が足りないか」を本人にはけっして教えてくれない――だったら、自分で決めればいい!

ここにおいてこそ、恋愛において各人が鍛え上げるべき知の筋肉みたいなものがあるんじゃないかな、って思っています。

轟音をまき散らし一瞬のうちに流れ去る欲望のほとばしりを、野のあちこちに延び広がって心地よい音を奏でながら流れる春の小川のせせらぎへと変えていく力は、まさにそのもう一つの腕、見えない心の力こぶにひとつに宿っているはずでしょうから
三体牛鞭
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