Ludwig van Beethoven Chamber Ensemble

ベートーヴェン交響曲全曲演奏会企画をより楽しんでいただくために・・・

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第5回演奏会終了

2009-05-17 11:46:45 | インポート

シリーズ最終回の演奏会が昨日終了しました。

演奏会にお越しくださったお客様(今回は444名の方にご来場いただきました)。演奏会開催にあたりお手伝いいただいた皆様に感謝いたします。本当にありがとうございました。

今後の活動につきましては未定ですが、また演奏会を企画する折にはご案内いたしますので、ご来場いただければ幸いです。

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第5回演奏会ご案内

2009-02-16 15:40:17 | 1.次回演奏会のご案内

サイクルコンサートを締めくくる第5回演奏会のご案内です。

<ベートーヴェン交響曲全曲演奏会シリーズ第5回>

  • 日時 2009年5月16日(土) 17:45開場 18:30開演(18:15よりプレトークの予定)
  • 会場 杉並公会堂 大ホール
  • 曲目 交響曲第5番/交響曲第6番
  • 指揮 齊藤栄一
  • 演奏 ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン室内合奏団
  • チケット 全席自由 1,000円
    チケット購入&問い合わせ 福島hidechik@parkcity.ne.jp

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交響曲シリーズとしては今回が最後となりますが、今後は協奏曲、宗教曲等を取り上げて生きたいと思っております。今後ともご支援よろしくお願いいたします。

第4回のライヴ録音CDも出来上がっています。ソリストの皆様の素晴らしい歌声をお聴きになりたい方はご一報いただければ1枚1,000円+送料にてお分けします。

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第4回公演が終了しました

2008-06-14 19:09:28 | 2.お知らせ

2008年5月24日、700人近いお客様を杉並公会堂にお迎えし、無事に第4回公演を終了いたしました(交響曲第9番・「献堂式」序曲・荘厳ミサ曲より「アニュスデイ」)。独唱者(宮部小牧・青木洋也・鈴木准・浦野智行)・合唱の歌唱、オーケストラの演奏、プレトークとも、たいへんな好評を頂きました。

100人以上のお客様からアンケートにコメントを頂きましたので、ここに一部公開させていただきます。「4.doc」をダウンロード

公演にお越し頂いたお客様、参加・サポートしてくださった皆様に心から感謝申し上げます。

次回は、2009年5月16日(土)杉並公会堂にて交響曲第5番・第6番の演奏を予定しています。いよいよシリーズ最後の演奏会となります。たくさんの皆様のご来場をお待ちしております。

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第4回公演プログラムノート(9番他)

2008-06-14 18:55:22 | 3.プログラム解説より

■ 交響曲第九番他作曲の経緯

1812年の「不滅の恋人」との破局の後、ベートーヴェンは作曲上のスランプに陥り、4〜5年の間重要な作品の完成を見なかった。しかし、パトロンの栄転やロンドン楽友協会からの作曲依頼をきっかけに、晩年の大傑作が誕生する。

         「荘厳ミサ曲」は、ルドルフ大公の大司教就任を祝い1819年作曲を開始したが、胃腸不良による療養や訴訟(甥の親権を巡り義理の妹と)によりしばしば中断、4年後の1822年に完成。

         「献堂式」は1821年、ウィーンの新築劇場のこけら落し用の舞台劇。過去の作品を改訂し1ヶ月程度で完成。但し、序曲は新作。

         「交響曲第9番」は「荘厳ミサ曲」完成とほぼ同時に着手。完成は1824年2月、ベートーヴェン54歳、8番の完成後、12年ぶりの交響曲。最終楽章は作曲者が23歳の頃に知り、作曲したいとアイディアを暖めていたF.シラーの「歓びに寄せて」に作曲。

ベートーヴェンには「荘厳ミサ曲」が自信作であり、「ミサ」の楽譜に「9番」を大きく超える販売価格を希望した。有名な晩年の肖像画の中で彼が手にしているのは「ミサ」の楽譜である。

彼は「9番」の後、至高の弦楽四重奏曲(12〜16番)、友情とユーモアに溢れたカノン(「そうでなければならぬ、財布を出せ」等)、ピアノ小曲を作曲し、3年後に肝硬変で57年の生涯を閉じた。

■ 1824年5月7日(金) ウィーンケルントナー劇場にて、19:00開演

         プログラム:「献堂式序曲」、「荘厳ミサ曲」より「キリエ」「クレド」「アニュス・デイ」の3曲(ウィーン初演)、交響曲第9番(世界初演)。

         音楽総指揮はウムラウフ(43歳)、コンサートマスターはシュッパンツィヒ(48歳)、二人ともベートーヴェンの信頼厚い友人。ベートーヴェンはウムラウフの横でテンポを指示。

         オーケストラ・合唱とも劇場付の奏者・歌手にアマチュアを加え、当時としては通常の2倍程度の大編成となった。弦楽器は12-12-10-6-6人、半分以上がアマチュア演奏家。管楽器は倍管。計80名程度か。合唱は約100人。

         独唱:H.ゾンターク(ソプラノ・ 18歳)・K.ウンガー(アルト・21歳)・A..ハイツィンガー(テノール・28歳)・J.ザイベルト(バス・37歳)

「9番」2楽章と全曲終了後で嵐のような喝采、演奏会は大成功であった、との記録が残っている。

■ 献堂式序曲

ハ長調。遅い序奏とテンポの速いフーガ風の主部。主題が形や強弱を変えて徹底的に反復。

■ 荘厳ミサ曲

         「荘厳ミサ」とは、キリエ・グロリア…といったキリスト教のミサ礼拝儀式フルセットを含む曲の通称。(ベルリオーズ他も作曲)。“アニュス・デイ(神の子羊)”は、その最終曲。

         ゆったりした“Agnus Dey”と、流れるような美しい“内的そして外的な平和への祈り”の対比。

         “平和”の途中で、ヘンデルの「メサイア・コーラス」が引用される。戦争を表すトランペットが聞こえるが、ただちに平和への祈りに消される。

      

■ 交響曲第9番

         演奏時間は約75分、ベートーヴェン最後の、最大(楽器編成・独唱・合唱)・最長の交響曲。

         交響曲として初めて4本のホルンを使用。大太鼓・シンバル・トライアングルを初めて導入。

         各楽章の主題で、「レ-ラ」「ファ-ミ-レ」「シ♭-ファ」という音の動きが重要な意味を持つ。

         第1楽章:ニ短調(♭1つ)のソナタ形式(呈示-展開-再現)。霧の中から雷のように下降するテーマが出現。第2主題は後の「歓びの歌」の先取り。嵐のような再現部、ティンパニの連打。終結部分のベースラインにも注目。

         第2楽章:スケルツォ(急速な3拍子)。ABAの3部構成、A自体がソナタ形式。ティンパニーが活躍。中間部のトリオでも「歓びの歌」の先取りが出現。

         第3楽章:アダージオ(とても遅い)。ベートーヴェンが書いた最も美しいアダージオ。二つの主題が形を変えて交互に変奏される。第4ホルン奏者に大きな役割が与えられている。

         第4楽章:第1〜3楽章の主題の否定(コントラバス・チェロ)、「歓びの歌」の呈示。トルコ行進曲風の変奏(ピッコロ・大太鼓・シンバル)、弦楽四重奏曲を髣髴とさせるフーガ。「抱き合おう、幾百万の人々よ」の合唱。2重フーガによるクライマックス。

         後世への影響

 Ø         「ニ短調」の交響曲:ブルックナー9、マーラー3、ショスタコービッチ5 等

 Ø         「9番」が最後の交響曲となった作曲家:ブルックナー・ドボルザーク・マーラー

 Ø         冒頭の雰囲気:ワーグナー「さまよえるオランダ人」序曲

 Ø         合唱を含む交響曲:メンデルスゾーン2、マーラー2・3・8 等

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第3回公演プログラムノート(1・3番)

2008-06-14 18:24:58 | 3.プログラム解説より

■ベートーヴェンの音楽・交響曲

   ベートーヴェンが生きた時代は、旧体制“アンシャン・レジーム”から近代への移行に伴う、烈しい葛藤と戦いの時代でした。

   ボンでの大学生時代にフランス革命が始まり、「自由・平等・博愛」といった思想面での薫陶を受けています。戦火をくぐってウィーンに出て、最初は貴族の庇護を受けますが、徐々に彼らが没落・破綻していく中で、経済的に自ら芸術生活を支える必要に迫られます。彼にとって、ナポレオン戦乱による戦傷者の為の慈善演奏会は、貴重な新作発表の場でした(交響曲7番の初演等)。又、ウィーンの大衆に“ウケる”愛国主義的音楽(「ウェリントンの勝利」等)を書くことも厭いませんでした。

ベートーヴェンは、ハイドンやモーツァルトが枠組みを作った交響曲の世界に、闘争・破壊・暴力、勝利・歓喜といった概念を持ち込みました。これは、上記の時代背景を反映したものです。又、彼はそれまでには考えられなかった様々な新機軸を試しました。彼の音楽はこうした意味で、革新的・挑戦的であり、9曲の交響曲は、後の作曲家にとって、決して超越できない、偉大な存在となったのです。

■ 交響曲第1番について

ベートーヴェン、30歳の時の作品。これは作曲家としては遅い方では?彼は、これ以前に、ピアノトリオ(3曲)・ピアノソナタ(3曲)・弦楽四重奏曲(6曲)と、各ジャンルの曲を固めて書いています。管楽器3本と弦楽器4本のための「七重奏曲」も作曲。ピアノ・室内楽から、作曲の幅・楽器編成をじっくりと広げて行き、万を持して交響曲を手がけたといえます。

第1楽章主要部分の冒頭と、モーツアルトの交響曲41番「ジュピター」の冒頭が似ているといわれます。「ジュピター」が書かれた1788年には、ベートーヴェンは18歳。この後、12年の間に、彼が「ジュピター」に接する機会はどれだけあったのでしょう?

         第1楽章:「ハ長調」の曲ですが、冒頭は「ヘ長調」に関連する和音から開始。最初の「ミ−ファ」の半音の音型は、2楽章の中間部・3楽章のトリオにも登場。

         第2楽章:可憐、かつ、律動的な三拍子。(参考:モーツアルト交響曲40番2楽章)

         第3楽章:「メヌエット」と題されているが(9曲の交響曲の中で唯一)、テンポが非常に速い、ベートーヴェンらしい「スケルツォ」タイプの楽章。

         第4楽章:3楽章のメロディーを引き継ぎ、芽が伸びていくようなイントロが印象的。

■ 交響曲第3番について

彼が、時代の変革者たる英雄ナポレオン(ベートーヴェンより1歳年上)をイメージしてこの曲を書き、献呈を考えていたことは良く知られています。ただ、皇帝即位を知り、「ナポレオンに捧ぐ」と書いた表紙を引きちぎり、以後「エロイカ」と名づけた、というエピソードにはやや脚色があるようです。実は、「エロイカ」作曲前から、ベートーヴェンは、かつて尊敬したナポレオンへの幻滅感を抱いており、その感情が2楽章の「葬送行進曲」に反映された、との説もあります。

現在残っているスコアの表紙には「シンフォニカエロイカ、ひとりの偉大な人間の思い出を祝して、ロブコウィッツ公に捧げる」と書かれています。

         演奏時間は約50分、当時としては、最長の交響曲。又、初めてホルン3本を使用。

         変ホ長調(♭3つ)で書かれているが、この曲の後、“♭3つ”は、英雄的な、壮大なイメージの代名詞となる(ワグナー「ニーベルンゲンの指輪」冒頭・シュトラウス「英雄の生涯」・マーラー第8交響曲)。

         第1楽章: 伝統的な“ゆったりした序奏”無しで開始。冒頭は、モーツアルト作曲のオペラ「バスティエンとバスティエンヌ」序曲に似ていると言われる。3拍子の中に投げ込まれる2拍子(音楽用語で“ヘミオラ“)他の変拍子、不協和音の用法等、今でも新鮮で現代的。

         第2楽章:2拍子の葬送行進曲。冒頭のコントラバスのラインをたどると、バッハ「音楽のささげもの」の「王の主題」の旋律線が。(交響曲中の葬送曲例:マーラー第5交響曲1楽章)

         第3楽章:スケルツォ。中間部で、ホルン3本が活躍。

         第4楽章:過去に使った音楽素材(コントルダンス=田舎舞曲)を元にした変奏曲。フーガ・行進曲的展開、華麗なフィナーレ。(交響曲終楽章に変奏曲を用いた例:ブラームス4番・ドボルザーク8番)

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