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一宮友歩会 第42回例会  史跡巡りシリーズ 名古屋編Part1  名古屋市瑞穂区を歩く  

2013-02-03 07:40:41 | 一宮友歩会


一宮友歩会の例会で、今回は瑞穂区を時計回りにぐるっと歩くコースでした。
また、名古屋城の東南に位置し、戦国時代には攻防が繰り広げられた処でもあります。
週間天気予報では土曜日が雨の予報でした。金曜の夜から雨が振り出し、土曜の朝は若干残っていると言った感じでしたが、大したことはありませんでした。


惣作公園(9:25) ― 秋月院(9:42) ― 田光八幡社(9:46~9:51) ― 大喜寺 ― 

津賀田神社(10:14~10:17) ― 地下鉄瑞穂運動公園西(10:31~10:35) ― 

村上社(10:53) ― 大曲輪貝塚(11:20) ― 瑞穂球場(11:25~11:55) ― 

あゆちの水(12:10) ― 西八幡社(12:41~12:58)― 地下鉄新瑞橋 ― 

師長公謫居跡(13:47~13:50)  ― 龍泉寺(13:56) ― 為麿塚(14:08) ― 

惣作公園(14:12)

http://www22.atpages.jp/jk2unj/datagazou/42map.pdf

今回歩いたコース地図。
名古屋市瑞穂区を時計回りに回りました。





惣作公園での出発式。
会長挨拶の後に体操をして出発です。
前夜からの雨は止んでいました。


私は以前からウオーキングリーダーをと、言われていました。
当日、カミさんは、アンカーをやってと急に言われました。
それで、夫婦で先頭と最後尾を歩くこととなりました。


秋月院の説明板を読みます。
この時、少し雨がパラ着きました。


田光八幡社の大クスノキです。
大クスノキは御神木で幹は凄い太さがあります。


会長が先頭で津賀田神社へ向かいます。
津賀田神社は前方後円墳で、この地方の前方後円墳では最大級に近い規模ですが、表土が流れてしまっています。


津賀田神社のお拝殿。
大きな規模で、この場所が前方後円墳だったと言われると、頷けます。



地下鉄瑞穂運動場西駅でトイレタイムを取りました。


村上社です。
小高い山の上に祠が有りますが、ここは円墳で、費用度が流失しています。
一段、高くなっていて円墳だと言われれは、そのように思えます。
大きな木が有ったのですが、切り倒され、切株になってしまっています。


山崎川沿いを歩きます。
桜の時期なら素晴らしい眺めでしょう。


瑞穂運動公園の一角に大曲輪貝塚がありました。


予定では、東児童公園で昼食を取る予定でしたが、雨が上がったと言うものの、地面が濡れていていましたので、瑞穂運動公園の競技場で食べる予定でした。
会長が管理事務所へ軒先を借りると言いに行った所、事務所の計らいで瑞穂球場の会議室をお借りできることとなりました。


会議室を借りての昼食です。
後ろから見ると、会議をしているように見えます。


バックネット裏の部屋です。
雨の後であり、ホームにシートが被せてあります。
このような所から野球場を眺めることは、滅多に出来ないことです。


西八幡社に到着です。
八幡社は小高い場所となっていて、歩いて来た後で、階段をのぼるのがキツく感じます。
(私には、何とも無かったです。)


八幡社の境内で説明が続きます。
南東の視界が広がりますが、家が一杯に並んでいます。
戦国時代は今のように家屋が無く、視界が広がっていました。


明治24年の古地図。
戦国時代。中根三城がありました。
城と言うよりも、砦のような物です。
この南東に桶狭間が有り、つばぜり合いが有ったのです。
言うならば前線基地です。

山崎川にかかる名鉄本線の鉄橋。
こんな説明がありました。
川の護岸が高くなりましたが、線路の高さはそのままです。
川の両岸を擁壁で高くしています。山崎川の水面が洪水で高くなると水色の水門を閉めます。
そのため、名鉄本線は不通となってしまうのだそうです。


師長公謫居跡



龍泉寺境内の歯痛地蔵です。
太平洋戦争の時爆風で顔半分がフッ飛んでしまいました。


鎌倉街道。
とても幅の狭い道です。
いざ、火事と言うときには消防車が入ってこれません。
この辺りは昔から、住家が有った場所です。
昔ながらの街道を残すか、開発で道路幅を広げるか、考えてみる必要があるのではないでしょうか。




ゴールが近づいてきました。


民家の庭先に蝋梅が咲いていて芳香を放っていました。山崎川では水仙が咲き始めていました。
上手く撮影できなかったのですが、生垣にはサザンカが咲き、花びらを落としていましたし、ボケも咲き始めていました。
小さい秋ならぬ、小さい春を見つけ、春の足音が聞こえると言った感じがしました。


今回、回ったコースでポイント、ポイントに標識が設置してありました。

歩いてきて、コースを振り返り面白いことに気が付きました。
歩いたコースの中で大喜寺付近や龍泉寺の裏あたりの道はとても狭かったのです。
幅が狭く軽四自動車がやっとと折れるくらいの幅しかありませんでした。
こういった場所が江戸時代の頃に人が生活していた所で、真っ直ぐの道になっている所は田んぼだったのです。
田んぼは道が造り易く改良されましたが、人が住んでいた地域は昔のままの道幅しかありません。
今のままにしておくのか、開発するのか分かれ道となります。

初めてのコースリーダーでした。
結果的に、津賀田神社へ着くとか瑞穂通りに出るとかが、出来ましたが道を間違えてしまいました。

今回、歩いてみて、西八幡社の南東の景色。今は住宅が立ち並んでいましたが、昔の風景が想像できました。
そして、大喜寺周りや龍泉寺の北側あたり。あの狭い道の部分が昔から人が住み続けた場所で、弥富通りや瑞穂通り、妙音通りなど真っ直ぐの道が有る所は田や畑だったのだということが分かりました。

こんなことに気づかせてくれる事がウオーキングの面白さです。
道端で蝋梅が芳香を放っていました。生垣のサザンカが咲いていました。
微かですが、春の足音を感じることが出来ました。

改めてウオーキングの面白さを感じています。



 

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