にじの木通信

夫婦と娘三人、ある家族の日々のこと

2011年を振り返ると

2012-01-01 23:59:33 | 田んぼ
大きな震災と災害に見舞われた日本。

何度も外国や歴史の中で起こってきた大災害。
それが同じ国で起こってたくさんの方やふるさとに・・・。


私にとって大切なものは?
限られた時間を誰とどう過ごしたいのか?
このままこうしてはいたくないと、私の中での声が増していくころ、
当時勤めていた派遣会社の方から支社‘移動’のお話しがありました。
私は仕事をもう辞めてもいいよという意味だと感じました。


その日迎えに来てくれた主人に会社からのお話しを伝えると
「お前は何やってもあかんな。」と、こちらがそう言う前に言い、
「ちょうど良かったやんけ。
畑をするから辞めさせてもらいますって、笑って辞めたらいいねん。
時期もいいし、忙しくやりますって。」
と言いました。

そして私は次を決めることなく、春に退職することになりました。
自ら望んでいたものの、(社会で)自分はいらないんだろなと
前向きになれないときに主人は、
「土臭い人間になったらいいねん。」と言ったのでした。


たくさんの人は何にもなくなって、
努力して積み重ねてきたものも流されてしまった。
私の周りは変わっていなくても、
確実に繋がったところで起こっている。

これから何にもない私にもできることは何だろうか?
命の糧、作物を育てたいという思いはあるものの、
土地も、お金も、資材も、
強い体力も能力も人脈もない。
ましてや智恵も洞察力も実行力も記憶力も。

真剣に考えて、子供たちを守る上で大切な主食を作ることで
それを学んでいけたらいいなと決めました。

こうして丸腰で畑に行く日々が始まりました。
心を決めていくようになったとたんに
周りの畑の方も、受け入れてくださるようになりました。

だんだんと農家の格好をするようになっていきそれが心地よく、
たくさんの方の輪にいれていただくようになっていきました。

S一族やH一族の方、そしてY家など、
気づくととんでもない人達に、
新米夫婦が助けていただいているのです。


そして主食の米を作りたいという思いの強かった私を
休耕田の田んぼづくりをしてくれて助けてくれた主人。

    



地域の方々には、機械を使わずに半日ごとに黙々楽しみながら
田んぼや畑を作っていく主人を
頼もしく思ってくださったりしながら見守っていただく中、
主人の仕事の仕方や人柄を
いろんな方に知っていただくきっかけとなりうれしかったです。

また無農薬で肥料も育て方も
農家の方には規格外のようなことだったため、
心配したり、楽しみにもしてくださっていました。


            

この間もどれだけの人にサポートしていただいたでしょうか。
農地を貸していただいたお宅のおばあさんは
亡くなった私の祖母と同郷で同級生だそうで、
一度昔からのお話を、長い間聞かせてくださったことが
ありました。

ご先祖さまに、夢である
お米を作れるように導いていただいている
サポートしていただいているんだと感じずにはいられませんでした。

またこのことはお空や、ときに(いつも?)私たちと共にいる
ご先祖や見えない存在の思いでもあるような気もしてきたものでした。
何だか一緒に叶えているような。

そして、私たちの願いは、
どうもそうしたサポートの中で叶えられるのではないか?
神様のもとに帰られたご先祖が助けてくださっていると
感じられるようになった気がするのです。


また畑に行くたび温かく声をかけてくださったのは、
両親のお友達や祖父母の代からのお付き合いの先輩方が多く
親やご先祖の恩恵でこのようにしていただけるのだろう、
また人の繋がりのとても強かった地域だからこそだろうと感じました。

傍を通ると、畑の先輩からいろんな野菜の苗を分けていただき、
それらの苗に導かれて植え場所を耕し、
土や苗に呼ばれるようにお世話をし、
周りの皆様に教わったり調べたりしていうちに
衰えていた私の記憶力は回復していったのでした。

自然相手で読めない世界に関わることで、
鈍った感覚を呼び起こされるようなことは
この他にもたくさんありました。




何もなかったとしてもできることを子供たちのために、
と思ってしていたことが、
結局は私たち夫婦の人生に、新しい扉を開けさせてくれたと、
大げさではないくらい、田んぼをしてからいろんなことが変わりました。

私たちを土と結びついた生き方へ返し、
米を中心にした人との繋がりへのスタートができた
2011年だったと感じ、感謝いたします。
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新年あけましておめでとうございます

2012-01-01 23:50:44 | 小さきもの
皆様の昨年のご厚情に、心より感謝申し上げます。
本年も夢をもってすすんで参りたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

         娘の絵と共に・・・
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お正月にむけて

2011-12-28 16:34:40 | 私のメモ帳
今年のクリスマスはわが家では、
今までとは違う過ごし方をさせていただきました。

24日、親戚の子供たちを招いてうちでは初のお餅つき。

25日、主人と私で初のお餅つき。
そのうちに、「よいしょ」「よっこらしょ
「はい、もうちょっとォ」などと
二人ともから、自然に掛け声がでてきました。

声をかけ合うってね、心に灯りを灯すよう。
私たちは、畑に行くようになって、
地元の農家の方たちのお声がけに
どれだけ力をいただいたかわかりません。
作業で重かろうが暑かろうが、心がアップしますよ

そして美味しそうなお餅がつけて、
家族で丸めて、今度のお正月、
大阪のお義母さんと一緒に食べようという楽しみができました


杵も石臼もセイロもお借りし、
その農家の方の心こめて作られたもち米をいただいてね、
近頃本当にしたかったことをさせていただいたクリスマス

先代からのご縁、地域の繋がり、一族のサポート・・・
ありがたいことです。
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体調の変化

2011-12-20 18:07:10 | 健康・美容
8月16日から熱や腎炎の痛みがありましたが、
なちゅらるハウスハーモニーさまで
ホメオパシーのレメディと砕石茶というお茶を買わせていただき、
9月6日から飲み始めました。
(放射能全般のレメディと腎臓のサポートレメディ)


以下そのときの日記です。

まず目と肺・気管支あたり・甲状腺・腰の蝶の形の骨あたりに熱を帯びてくる。
(数日高熱がでました)
昨日くらいから、体が冷えるのだが炎症しているのを感じていたのですが、
ホメオパシー水を飲むと、5月以降にこたえていたところに変化を感じる。

放射能を受けていたのだろうなあ。


9日、右の腎臓と思われることろに痛みのような違和感のような、
懐かしい感覚が戻っていた。
これって、機能しだしたということなのだろうか・・・?
(8月末の病院でのCTでは、右の腎臓がほとんど機能していない診断でした)

そして、後頭部やや右の、(体の弱くなった)中学生のときから
‘詰まり’の気になっていたところにも感覚が戻ってきて、
修復している感じがあった。

‘海馬’まで回復しないかな、と思っていたら、
脳の中間にもその‘修復の感覚’が起こった。
びっくりしました!!

そのころ両脚大腿部、真ん中と内側の間の一線にも活性感覚がきた。
そこは、背骨真ん中あたりの右と同様、
人に触れらるのが大変苦手な箇所で、
通っていた美容学校での(全身マッサージの)
実習のときに(施術されるのに)難儀した箇所でした。

そういうことろは、体の弱点だったはず。
今回腎臓のサポートレメディのおかげ様で、こんなに変化があったのか、
今まで回復を諦めていた脳の変化にも驚いています。


11日、熱は37度台に下がりました。



病院では手術をと言っていただいたのですが、
自分のために家を空けて子供に心配をかけたり
お金もかけたくなかったのでした。

この機会に自分の心に向き合って正し、
そこから体を治せたらいいなと思いました。
体にとってナチュラルな方法で治療をしたいと家族に申し出、
もしも赤信号がきたら速やかに病院に行くと約束していました。

この間もサポートし続けてくれた家族に感謝します。
いつもありがとうございます。

そして心を支えてくださって
強く優しく助けてくださったハーモニーさま。
本当にありがとうございます

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一緒にいたい人といられるから

2011-12-20 17:34:39 | 娘たちへ
会いたい人に会えたこの人生です。
自分が主役の人生で、会いたい人と家族になれました

だったら、私たちを包んでくれている全ては、
(私たち側からみれば)まるで脇役のようになって、
見えるところ見えないところを支えてくださっているのではないでしょうか?

人だけではなくて、地域や自然や、地球も宇宙も
絶妙なバランスの中で営まれている奇跡なのでしょうね。

そんな奇跡の全てに感謝する心が湧いて不満に勝り、
人は幸せな心で生きていけるのでしょうね。

また私たちの経験や出会いは先生のように、
私たちが今を幸せに暮らせるように
支援してくださっていると思えてきますね。

幸せになるために生まれたあなた方も
今会えている人や環境としなやかに溶け合って学び、
どんなときも前向きに取り組む姿勢を携え
楽しく生きていってくださいね

お空にいたとき、
ここで幸せになれると思って生まれてきたのだからね
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クリスマスイブまであと10日

2011-12-14 16:57:49 | 娘たちへ
10日でやりたいことがある。
あなた方がいてくれるから、こうして考えることができます。

私は若いころ、とっても体が弱くなったから子供は産めないだろうと、
コンプレクスが強すぎたから結婚もできないだろうと思っていたけれど、
今回の人生では5人の家族になれたから。

いつこの形でなくなるかもしれない。
あっと思ったら、もう違う形になるかもしれない。

今日はみんな立てたしお話できるけれど、
明日は違うかもしれないもの。


でもこうして繋がれたことが私の生まれた意味だろうと
あなた方に会うために生まれてきたのだろうと、気づかせてもらいました。

パパに出会うまでは、この世に居場所を感じることができなかった。
パパは、私のいる場所をあけてくれる、唯一の人でした。

そしてあなた方に出会う前、私でなければいけないことは
何にもない気がしていました。

でもあなた方は3歳くらいまで、何度も何度も
生まれる前にママを選んで来てくれたと
大好きだと表現し、言い続けてくれました。

そしてものを言えるようになるまでは、
身の回りのお世話を、無心にさせてくれました。

ありがとう。
家族になれて、感謝しています
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娘たちからのオーダー

2011-12-11 12:33:05 | 私のメモ帳
○体操服用のかばん作り(布とデザイン指定)
○猫のぬいぐるみ
○うさぎのぬいぐるみ
○かわいい消しゴム
○ネームペン
○かばん
○修正ペン
○ロールキャベツ
×カプチーノ(パンダの顔デザイン)
×チャレンジ一年生

カプチーノは抹茶カプチーノを出してごまかしています。
白い泡にパンダの顔を作って出せたら完成。

チャレンジ一年生の、赤ペン先生にテストを出したらもらえる
かわいい付録が欲しいから買ってと言う娘。
付録だけして勉強なかなかしなくて前に辞めたんだから、
本当に欲しいものをお店で買っては?とその希望を断ったら、
次の日の朝、友達みんながチャレンジ買ってもらったのに
自分だけなかくてかなしかった夢を見たという娘。
・・・私もかなしくなってしまいました。

今月サンタさんの代わりになるから、
あなたの希望を聞かせてと言ったのはママなのにね、ごめんなさい。

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サツマイモ等 栽培研究日誌より

2011-12-10 19:40:38 | 野菜
2111年 
08月15日

サツマイモのツルが伸びすぎているようです。
ツルが伸びすぎるわりに、実が小さくなることもあるようです。

切り取ったツルや葉っぱが混みすぎる場所の葉っぱが付いていた茎?は、切り取って美味しく食べることが出来ます。
皮を剥けば一段と美味しく食べられますが、そのままでも塩をひとつまみ入れたお湯で湯がき、3〜5センチほどに切ってその後塩胡椒で油炒めをすれば(好みで醤油少々も)大変美味しく食べられます。

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2011年
08月24日、初めての小豆収穫 ちーっちゃい
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2011年
08月31日

8月16日から腎炎など起こった。
こうなると、自分たちが作ってきた野菜が一番体に優しいと感じる。


2011年
09月03日

台風の風で、木綿とアイコとパクリカの木が倒れている。
木綿など根の見えているところに、土をかけました。

木綿を収穫しました。10個くらい。
ふわふわにできています。

サツマイモ、特大収穫しました。


2011年
09月03日

アイコとパプリカが、たくさん実ってきています。
田んぼの畦のナス、2個収穫。とても美味しかったです。


2011年
09月03日

観音堂のハウスを使わないかと、Oさんに声をかけていただいた主人。


2011年
09月18日

小豆の収穫期を教えて頂きました。(Hおばあさん)
そのあと、茣蓙の上に広げて乾燥させ、実を出すそうです。
収穫時期を逃すところだった。ありがたいアドバイス。


2011年
10月10日

サツマイモの、試し掘りを終え、今日から芋掘りを始めました。

午前中に掘って、つるをつけたまま土の上に夕方まで置いておくと、
甘みが増すそうです。


2011年
10月28日

アイコとナスと木綿は何もしなくても収穫できます。
小豆も大納言も減ったもののまだ収穫できます。


2011年
11月04日

10月の最後、ほとんどサツマイモをひき終わり、主人が整地をしてくれた。
石灰も混ぜこんで、深く。


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母親の感性・火事場の○力

2011-12-02 19:37:50 | 私のメモ帳
人には誰にでも母親がいて、お腹で育んでもらってこの世に生まれました。
だからでしょうか。

落ち込んだときに、なぜだか母親から連絡がくる。
なかなか会わなかったのに、健康状態を察知してもらうことができる。
本当に食べたいものを作ってもらえる

などなど、母が育ててくれた幸福な人たちと母親とは、
特別な思い出があったりします。

なんでって、卵のころからのおつきあい。
深い肉体関係があるからでしょうか

これが父親の場合、子供へは、想像力や感性や、
ホルモン的な目覚め(男性にもあるという母性)からになるのでしょう。
母親の場合は、より直接的なのです。

私は子供がお腹に入ると、その子の感性で動くようになりました。
というか、そうしないとつわりが起こるので・・・
肝が小さくて痛いことやしんどいことの苦手な性格を改善せずに、
妊娠中は赤ちゃんに従うことが多かったのです。

いつも妊娠初期から、三人三様の性格を感じました。
これは幸せな体験で、子供はたくさんの気づきを与えてくれました。
そうしてお腹から出てきてくれると、ころらのほうが甘えてしまい、
子供のくれるメッセージを生かし切れていないのが現状ですが。
本当に愛情深くで忍耐強い子供たちです。

日常うちは大黒柱に、子供のことでもいろいろと頼ってしまっていますが、
毎日の様々な課題(家族からの要望)は、
実行力の弱い私の‘母親の感性’を育てられるよう、
そして‘火事場の○力’をつけさせてくれるのかなと、思えてきます
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フラダンスでボランティア

2011-11-26 21:18:03 | つながり
娘二人がフラダンスを、母の参加するサークルで
習わせてもらっています

私はその良さがあまりわかりませんでした。
だからでしょうか、以前娘が辞めたいと言ったときもありましたが、
続けれらるように言葉をかけてくれたのも母でした。

このようにメンバーの方がご縁あるホームでのイベントに参加している姿を
見に行かせていただいたりしている中でやっと私も、
一曲一曲丁寧に踊っている母と娘たちの幸せを
本当に感じることができるようになってきて・・・。

なかなかわからなかった母親。
それでも娘たちは祖母から流れた川の中、地元でサークルに入らせていただき、
こんなに素敵な仲間やご縁に恵まれている・・・

娘たちに踊る楽しさ、フラのメッセージを知る人生に導いてくれた母の先(元)に、
神様の糸を感じるような、なんだかそんな気がしました
母に縁をつないでいただき、支えてもらい、感謝です


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