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民進党は【市民政党】は幻想!!

2017-07-17 17:22:31 | 日本政治

民進党の前身は民主党である。

民主党は1998年4月、院内会派「民主友愛太陽国民連合」(民友連)に参加していた旧民主党・民政党・新党友愛・民主改革連合が合流して結成された。法規上は旧民主党以外が解党して合流したという形をとっている。

2009年8月30日 – 第45回総選挙で絶対安定多数を上回る308議席獲得。

第1党に躍進し、政権を樹立するも、

鳩山政権 菅政権 野田政権 と 内部抗争モード。

この時の鳩山氏、小沢氏への党内の仕打ちが国民の嫌悪感を招く。

野田政権は TPP交渉参加推進 と消費税10%増税を掲げ、2012年12月16日 – 第46回総選挙で選挙前の230議席を大きく下回る57議席と大惨敗、下野。

まんまと自公の罠に嵌った野田を国民は馬鹿かと思った事だろう。

消費税増税は内閣が以前から【人身御供】になる案件である。必ず与党が負けるのである。

自公はこの総選挙で労せず、【政権と増税】を手に入れたのである。

 

2013年7月21日 – 第23回参議院議員通常選挙投開票。野党転落後初の通常選挙となったが改選前の44議席から17議席へと減らし、参議院の議席数は59議席となり第2党に転落した。

2014年 12月14日 – 第47回総選挙投開票。改選前から10議席増やし73議席を獲得するも、代表の海江田が落選。

2015年 1月18日 – 党代表選実施。岡田克也を党代表に選出。

2016年 3月27日 – 民主・維新の両党が合併し『民進党』結党大会を開催、「民主党」の党名は消滅。

2016年7月30日、岡田は代表選挙不出馬を表明する。

●蓮舫代表時代

蓮舫執行部において、幹事長に野田佳彦 元内閣総理大臣 でスタート。

この時も国民は政権を失った野田を党の要につけた事で野田の負の遺産を背負う【蓮舫民進党首】を馬鹿かと思った事だろう。

 

2016年7月10日(日) 参議議員選挙:新潟選挙区で 民・共・社・生が共同支援の森裕子が自民党候補を破る。民進党は蚊帳の外である。

続いて

2016年10月16日新潟県知事選挙では、日本共産党自由党社会民主党の「野党3党」および新社会党緑の党から推薦を受けた民進党党員:米山隆一が出馬。連合新潟・民進党は公認せず。米山隆一は無所属出馬ながら 選挙結果は、米山が自公推薦、連合新潟・民進党裏支援の候補を破って当選した。

10月23日、2選挙区(東京10区・福岡6区)の補欠選挙が投開票され、いずれも与党系候補(福岡6区は無所属候補が当選後に自民の追加公認を受ける)に民進党は2連敗。

これで民進党は共闘の主導権も失い、立ち位置を失う。

2017年2月14日、同年夏の東京都議会議員選挙に向け、民進党東京都連は、都議会にある会派のうち、これまで統一されていなかった民進党系の2つの会派、旧・民主党系の「都議会民進党」と旧・維新の党系の「民進党都議団」を合流。新会派「東京改革議員団」を結成。

2017年3月12日に、民進党として初の党大会を開催。

引き続き 蓮舫代表 野田幹事長 選出の間違い。選挙の四連敗を理解していなかった。

その後、都知事選でも敗北をした。

東京都議選の経緯

2017年東京都議会議員選挙では、民進党は当初36名の公認候補者を立てることを予定していた。

しかし、小池百合子東京都知事率いる地域政党・都民ファーストの会との選挙協力、候補者調整に乗り出すも小池知事側は民進党全体との連携は否定。

2017年1月末に公認予定だった2名の候補が離党(のちに、都民ファーストの会に入党)、3月にも公認予定だった候補2名が離党するなど混乱、その後も公認予定者の離党が相次ぎ「離党ドミノ」に歯止めが利かない状況となっていた。

4月7日、民進党の支持組織である連合の東京支部・連合東京は、「都民ファーストの会」の支援を約束する合意書を締結したことを発表。合意書の内容としては、連合東京が「都議会選の都民ファーストの公認・推薦候補の活動の支援について協力・努力する」とした。

 

6月23日、東京都議選が告示。「離党ドミノ」が相次いだものの、公認候補として23人が立候補。

7月2日、開票が行われ、改選前に7議席あった議席数は2議席減の5議席に終わり、旧・民主党結党以来最低だった前回(2013年)の15議席を大きく下回る結果となった。

※これは民進党に政権奪還の戦略がなかったのだろう。首都圏の都議選とは人口1000万人のミニチュア国政選挙と位置付けるべきであった。結果的に反自民票が起こり、それが都民ファーストに結実されている。明らかに国政への批判票だったのだ。

私は若い時から社会党を応援してきている。その系譜の政党を民主党まで応援してきていた。しかし、鳩山氏と小粟氏に対する仕打ちで、この政党に嫌悪を感じていた。

それでも近々の野党共闘の流れを支持し応援していたが、新潟の乱2連戦で つくづく民進党の正体(連合・原発推進)を知ってしまったような気持ちになった。

それでも蓮舫民進党首が東京10区補選出馬か東京都知事選出馬の決断ができれば、潮目が新【民進党】に変わると思っていたが、どちらもしなかった。

そして今日現在、民進党を率いるのが、国民政党の戦略の無い蓮舫民進党首と野田泥鰌幹事長という変わらぬ現実である。

そこには社会党時代からの市民政党であった系譜の汗は無く、民進党は花開く前に終わったのである。

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