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フランスの雇用環境

2009年05月30日 | 人文科学系
フランスの雇用環境

日本の雇用環境とくらべてフランスの雇用環境の特徴とはなんだろうか。もちろんそれぞれに長所と短所があることは言うまでもない。

フランスにおける雇用環境の長所の一つは労働時間の短さだろう。日本の法定労働時間は週40時間であるが、フランスは35時間(1998年から)。だがこれは法定労働時間で実際には年間労働時間が日本では1800時間にたいしてフランスは1500時間しかない。およそ一年で300時間も短い。労働時間の短縮には2005年の世論調査でも77%のフランス人が維持に賛成をしているから、多くのフランス人から歓迎されているようだ。

これは「労働時間短縮法」(Reduction du temps de travail)という法律によって決まっているのだが、このRTT法は労働時間の短縮によって次のようなことを目指していた。
第一にワークシェアリングによって失業率を改善する。それ以前の39時間から35時間に労働時間を短縮して生じた労働時間を9人分集めれば1人分の雇用が生じることになる。これを提案した社会党はこれによって70万人の雇用が生まれると試算していたが、労働省の調査によると35時間制によって1998年から2004年までに35万人が雇用されたらしいから、試算の半分の雇用が生じたことになる。使用者はできるだけあらたな雇用を増やさないで労働強化によって乗り切ろうとしたらしいが、それでもこれだけの雇用が創出できたのだからたいしたものだ。

ただ労働時間短縮法を喜んだのは、けっこうハードな仕事をしている中間管理職だけで、もともとあまり残業をしない平社員や時給によって給料をもらうパートタイマーなどには、給料が減ったなどの理由から、嫌われているという話も聞く。私の知り合いで病院の看護師をしているある中年女性は労働時間が短くなった分、仕事がきつくなったと不満をこぼしている同僚が多いと書いてきたことがある。

第二に、出生率の増加が期待された。フランスは以前から少子化傾向にあったが、このままでは国家存立の危機だという意識が強く、少子化対策に力を入れている。労働時間が短くなれば、それだけ家でゆっくりする時間が長くなり、夫婦生活も充実したものになるだろう。これもその目論見があたって2000年から出生率が増加しており、現在でも上昇傾向は維持されているから、それなりの効果はあったのだろう。

第三に、家庭生活での家事の男女均等も期待された。これも労働時間の短縮によって家庭で過ごす時間が長くなることから予想される。

第四に、超過労働時間を有給休暇に回すことによって、雇用者側の出費を抑える措置も取られている。たとえば週39時間働いたら、4時間の超過分を週半日分=月2日分の有給休暇に振りかえることができる。半年ずっと週39時間労働だとRTTで12日間の有給休暇になる。

フランスの労働環境の長所の二つ目は、有給休暇である。日本でも法定有給休暇は最高で3週間あるが、これを全部消化するような人がどれだけいるだろうか?もちろん年休は労働基準法に明記された労働者の権利であるからだれでも取得できるのだが、全部消化しなくても罰則はないから、病気などのときに年休を取って休むなんてこともよくある。それにそもそも長期に休むということが日本の場合にはなかなかできない。

フランスではだいたい夏休みに3・4週間(ぶっとうしということではなく2週間程度を2回)とり、残りの1週間を冬などにとる。基本的な年休は5週間だが、上にも書いたように、35時間以上の超過勤務をするとその分を年休にまわすことができるし、勤続年数が長くなればそれによる追加分がついたりして、法定年休以上になることがほとんどだ。たとえば、就職3年目の人で、法定年休として25日+RTTで12日+勤続年数による追加分4日で、41日の年休が取得できるという場合もある。

フランスでは年休は本人が繰り越すとした場合以外は必ず消化させねばならず、消化させなかったら使用者が罰則をくらうことになる。フランス人にとってバカンスが重要な意味をもっているのはそれだけの制度的な裏づけがあるからだろう。

フランスの雇用環境の長所の三つ目は、基本給に対する雇用主負担額の割合の高さだ。雇用主負担額というのは、雇用主(企業)が給与とは別に、社員のために支払わなければならない社会保障費のことで、医療保険、年金、失業保険のための分担金のことである。フランスではこの負担額の割合が給与全体の32%を占めている。ちなみにアメリカは8%、日本11%である。アメリカでは企業が社員の社会保障費を負担するところが急激に減っており、多くの国民が自前で民間の保険に入るため、ちょっとした病気をしたことで破産するなどというようなセーフティネットの崩壊が進んでいることは、堤未果さんの『貧困大国アメリカ』などでも紹介されている。

こうした労働者にとっては申し分ない労働環境が、逆にフランスの雇用環境のマイナス面の原因になっていることも見ておかねばならないだろう。それは失業率の高さである。フランスでは1980年代中ごろまでは失業率といっても5%前後で、完全雇用に近い状態だったが、「ミッテランの実験」がきっかけとなって1980年代後半には一気に10%を越え、その後は若干の上下はあっても大方10%以上の高止まり状態を続けている。

こうした高い失業率の原因の一つが、これまで見てきたような、手厚い労働者保護にある。いったん雇用すると手厚い保護をしなければならないうえに、簡単に解雇できない。そこでできるだけ新たな正社員を雇うのを嫌うことになる。それが25才以下の失業率が25%という数字になって表れている。若者の場合、ほとんどが失業ではなくて、就職できない率だと言っていい。そこで2006年3月に政府(ドヴィルパン首相)は、25才以下は雇用後2年間は理由なく解雇できる「新雇用促進法」という法律を作って、25才以下の若者の雇用を促進しようとしたのだが、当の若者たちの猛反発にあって、撤回せざるを得なくなってしまった。

また、人件費が安くて、法規制がゆるい東欧諸国に企業が逃げていって、雇用の空洞化状態がおきたりしているのも、失業率が下がらない原因であろう。また1980年代90年代に技術革新が遅れたために国際競争力の低下を招いたことや移民が増大していることも失業率がなかなか下がらない原因にもなっているだろう。

経済成長率の伸びないというのは先進国共通の悩みで、フランスも成長率は2%前後が続いている。こういう状態では10%前後の失業率を5%前後まで下げるというのはなかなか困難だろう。

そういうなかでフィンランドの雇用環境の特異さは興味深い。フィンランドでは、労働者の解雇が簡単にできるらしい。企業は経済環境の変化に応じてすばやく事業の改編を行い、そんために労働者の入れ替えを行う。そのために解雇が簡単にできるようになっているのだ。他方、労働者の側は、解雇されても失業保険などが充実している上に、学費が無料の国立大学に入って(しかも入学試験はない)社会から求められているスキルを習得することで、再就職をするということだ。そのために大学では一ヶ月で一つの授業が完結するような仕組みになっているそうで、集中して一つの授業を受けることで短期に必要とされる能力を獲得できるのだ。

もちろんこうした仕組みができるには、500万人という人口の少なさと、伝統的に培われてきた国民性―透明性を尊ぶ国民性があるからだろう。こういう努力をすれば自分の生活や人生にこういうふうに帰ってくるということがはっきりしているので、いったん社会に出てからでも、子育てが終わったとかリストラされたという節目に再度学校に入りなおしたり通信教育で学んで、新しいキャリアを作ることができるらしいのだ。どんな国でも通用する制度ではないだろうが、雇用の流動化と教育の無料化をむすびつけて、人生をやり直す機会を何度でも与えることができる社会というのは、なかなか魅力的な社会だと思う。
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