読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『八朔の雪』

2012年06月02日 | 作家タ行
高田郁『八朔の雪』(ハルキ文庫、2009年)
八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所

FUJI XEROXが発行しているGRAPHICATIONという雑誌がある。GRAPHICATIONというのはGraphic communicationをもとにした合成語で、イメージによって情報を伝達する方法を総称した言葉らしい。

そのとおり、読み物が主体とはいえ、写真やイラストが多数挿入されており、読みやすい。毎号特集があり、最新号の180号は干潟や湿原が取り上げられている。もちろん連載ものもあって、そのなかで知らず知らずに読んでは面白いなと思っているものに、高橋敏夫という人の「時代小説のなかの現代」という連載である。

前回は少し前に直木賞をとった葉室麟の『蜩ノ記』を取り上げて、その決定的な弱点をついていた。180号には高田郁の「みをつくし料理帖シリーズ」の最新号の『夏天の虹』が取り上げられて、絶賛されている。それで読んでみようという気になって、このシリーズの最初の作品である『八朔の雪』を読んでみた。

時は江戸時代。澪は5・6歳の頃に、大坂を襲った大水で両親を亡くし、さまよっているところを助けてくれた天満一兆庵のご遼さん芳の計らいで、この料理屋に奉公に入ることになる。これからという矢先に今度はこの天満一兆庵がもらい火で消失し、主人もその後になくなり、ご遼さんと二人で江戸に出てきて、蕎麦屋の「つる家」で手伝いをしている。作品は、澪が周りの人々との関わりのなかから創りだした庶民的な料理にまつわる話を春は「ぴりから鰹田麩」、夏は「ひんやり心太」、秋は「とろとろ茶碗蒸し」、冬は「ほっこり酒粕汁」と季節に絡ませて、綴っている。

前述の高橋がいたく賞賛するのは、この主人公の澪の、まっすぐで、弱いもの視点の生き方であり、食べることでは誰もが同じという料理をステージに「弱い者の民主主義」が生起するというところである。

子供の頃に、人生に苦労が絶えず艱難辛苦が次々襲ってくる相を持っているといわれた澪に、そのとおり、次々と難題が振りかかる。この小説では、江戸の名料理店の「登龍楼」が澪の料理の人気を妬んで、邪魔立てをしてくる。ついには家まで焼かれて、店じまいをしなければならないような事態にまでなるのだが、…。だが澪の雲外蒼天というのは、艱難辛苦を乗り越えた後には真っ青な空が見えるというものでもあるという希望がある。

澪の性格は、澪を応援している小松原が澪をからかいながら言う、まさに「下がり眉」なのだ。優しさと芯の強さで生きている庶民の世界を描く、の王道を行っている作品だ。評者の高橋によると、若い女性たちに人気で、このシリーズの前作が出た時には累計で150万部も売っているらしい。
夏天の虹―みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 (時代小説文庫))
高田 郁
角川春樹事務所

心星ひとつ みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所

今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所

出世花 (ハルキ文庫 た 19-6 時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所

橋下の賞味期限も尽きた

2012年06月01日 | 日々の雑感
橋下の賞味期限も尽きた

橋下には、原発問題での歯切れのいい発言ゆえに、最初はちょっと期待したが、「君が代」斉唱強制といい、大阪市職員への思想調査・刺青調査といい、今度の原発再稼働容認、住民投票への否定発言といい、彼の正体もバレた。

大飯原発再稼働問題で、夏だけの期間限定再稼働容認を言い出して、ダメだと思った。彼の発想はこうだろう。このまま大飯原発を再稼働させなかったら、関西の大企業から文句が来る、それだけならまだしも、気の短い関西のおっさん・おばはん連中から見放される、そうなったら自分の人気もガタ落ちや、反対するふりを見せつつ、民主党政権がゴーサインを出して、仕方なしに容認ということにしておけば、自分のメンツも立つし、関西人からそっぽを向かれずにすむ、という腹だろう。

所詮はポピュリズム。怖いのは人気の陰り。気の短い関西人から「いつまで原発反対や言うてんねん、暑うてかなわんやないか!」と言われたら、ひとたまりもないのがポピュリズムの弱点。真に信念があってやっているわけではない。一番いじめやすい大阪府や大阪市の職員をいじめて、年金や原発や対中国・北朝鮮などの問題で歯がゆい思いをしている関西人の拍手喝采をもらって、やることはかつての自民党と同じこと…住民へのサービス低下・大企業奉仕に他ならない。

新聞報道では大阪市の全小中学校に無線LANとタブレットを導入するという。初年度は8億円かけ、毎年やっていくらしい。その理由が「グローバル社会に対応できる人間の養成」だって。ばかじゃないの。

小中学生にタブレットなんかもたせたって、ただの子どもの玩具になるだけだ。そんなことよりも、小中学生のあいだは手で文字をかき、紙の本で読解力をつけることのほうがずっと大事だ。コンピューターを使うなんてことは、大人になってからでもあっという間に上達する。それよりも、きちんと日本語を使えるようにするには、手と頭で文字を正しくかけるようにすることが大事。

こんなことに金を使うんだったら、教員を増やして、一クラスの生徒数を減らして、緻密な対応ができるようにするとか、国語、算数(数学)、英語などで習熟が遅れている生徒たちのために補習をするなどしたほうがよほど子どもたちのためになるだろうし、まさにグローバル社会に対応できるしっかりした学力をもった子どもたちを「養成」できるだろう。

タブレットなんか、また数年もすれば、ほかの端末形態に変わって、役に立たなくなってくることは目に見えている。コンピューターを導入して小・中学校で何をしているか。なんの役にも立っていない。馬鹿みたい。


橋下の賞味期間ももう切れたな。

『<通詞>たちの幕末維新』

2012年05月30日 | 人文科学系
木村直樹『<通詞>たちの幕末維新』(吉川弘文館、2012年)

〈通訳〉たちの幕末維新
木村 直樹
吉川弘文館

鎖国の間長崎の出島でオランダ商人たちとの交易や交渉事のために通訳や翻訳を行なっていた通詞たちが次々とやって来る外国の使節たちとの通訳やその他の仕事をどのようにしてやりぬいたのかという非常に興味をそそるテーマを主題にした本。

江戸時代初期からの長崎での通詞たちの家系などから記述しているので、そういう家系的に通詞をやってきた家柄、吉雄、猪俣、名村、堀などいった家柄の人物たちが中心に書かれている。

おもに長崎で暮らしていた彼ら通詞の家庭生活や子弟への家庭での教育についてわずかだが記述してあるところがあり(23ページあたり)、興味深い。これは司馬江漢が長崎の吉雄家を訪問したときのことを書いたものからの記述だが、二階には「おらんだ座敷」という部屋があって、イギリス製のガラスの額縁がかかり、椅子がならび、舶来品がたくさん置かれていたという。朝食では小鳥を焼いてバターをつけたもの、山羊の醤油焼きなどが出された。子どもにもオランダ語教育がなされているようで、4歳の子どもがオランダ語の単語をいくつも知っていたという。

吉雄家というのは通詞としては大通詞という、通詞の序列のトップにあたるポストにあった家であったし、司馬江漢が世話になったときの吉雄耕作という人は医者としても名声を博していた人なので、通詞としての栄華を極めたといったところだろうから、ここから全ての通詞に敷衍することはできないが、ここからある程度は推測できるのではないだろうか。

特に興味をもっていた幕末から維新にかけての通詞の仕事の部分を読んでいると、オランダ語から英語への間接的な通訳や、英語と日本語の文書のほかにオランダ語の文書もつけさせるなど、オランダ語を介しないと納得出来ないという日本側の固執がみられておもしろい。さぞやアメリカなどは厄介な国だと嘆いていたのではないだろうか。しかもそのオランダ語というのが200年も前の古いオランダ語ときているのだから、なおさらだ。

何度もロシア語やフランス語や英語を使える人間を要請しようとする試みが行われているが、とにかくスタッフ不足で、なにか使節の来訪があったりするとすぐに足りなくなって、そうした養成機関も長続きしなかったようだ。


「南蛮美術の光と影」

2012年05月18日 | 日々の雑感
「南蛮美術の光と影」(神戸市立博物館)

神戸市立博物館で開館30周年記念特別展として「南蛮美術の光と影」という展示をやっている。知り合いから招待券を2枚いただいたので、上さんと二人で神戸まで行ってきた。ちょうど気温も高くなくて、過ごしやすかった。

南蛮美術というのは、16世紀後半から17世紀初め、つまり信長から秀吉と家康の時代、安土桃山時代から江戸初期に、日本にやってきた主としてイエズス会関係者がもちこんできたヨーロッパの絵を元にして、日本人画家たちが描いた絵のことである。

キリスト教関係のイエス像や聖母子像、ヨーロッパ諸国の王たちの肖像(スペイン王、フランス王、トルコ王、ロシア王などなど)、ヨーロッパの諸都市の絵(パリ、リスボン、ヴェネチア、イスタンブールなどなど)、また世界地図などがある。それらのほとんどが、作者不明のようであるが、素晴らしい作品ばかりだった。

なかには秀吉の伴天連追放令によって長崎で処刑された日本人キリスト教徒たちの処刑の現場を描いて、日本での殉教者の絵図としてヨーロッパに運ばれたものが、里帰りして日本で保管されていたというようなものまである。

あの有名なフランシスコ・ザビエルの絵も展示してあった。平日の午前中だったせいか、それほど人も多くなくて、ゆっくりと心ゆくまで鑑賞できた。最近はやりの解説ヘッドホンも500円で貸し出していた。

昼頃に出て、駅までの途中にあるGARNIERというイタリアンでランチをした。雰囲気が、神戸のマダム御用達なのか、マダムばっかりのレストランだった。上さんはパスタを、私はピザを食べたが、塩っ辛くて、困った。高い割にはもうひとつの店だった。

右の写真は、諸国の王の一人として描かれていたフランス国王アンリー4世。

神戸市立博物館のサイトはこちら

『<銀の匙>の国語授業』

2012年05月15日 | 人文科学系
橋本武『<銀の匙>の国語授業』(岩波ジュニア新書、2012年)
〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)
橋本 武
岩波書店

あの有名な灘高で国語教師を勤め、『銀の匙』という明治の文豪夏目漱石が絶賛した小説を3年かけて、あれこれ脱線しながら(といってもこれは作品の鑑賞を深めるためのこと)、味わい尽くすという授業を実践してきたことで、最近新聞広告などでよく見かけるので、興味を惹かれて読んでみた。

この本を読んで私が興味を惹かれたのは、著者が国語の授業で後年思い出に残るようなものがなかったことに愕然として、大人になってからも思い出せるような授業をしたいと一念発起して、あれこれ悩み試行錯誤をしたことだ。ただ万全と文部科学省が強制する指導要録を実践しているだけの授業では、決して生まれてこないだろう。(それに私立学校だったから可能ということもあるだろうが、公立だからできないなどと言い訳をするような教師は最初からそんな意欲もないと言える。)何事も、問題意識が出発点にある。これなくして、何も始まらない。

小説の時代背景を知る、使われている名詞の実際を知る、どんなに古いもので、現在は殆ど使われていないようなものでも、言い回しを実際に使ってみる、まとめ・要約を書いてみる、こういったことは、小説を読む上で基本的な作業で、とくに小説の時代背景を知るとか、使われている名詞の実際を知るということは、作品の理解のためには欠かすことができない作業だ。そういうことがあまりにも日本の国語教育ではいい加減にされている。たとえば、夏目漱石の『坊ちゃん』で主人公が松山の中学に赴任して宿直の当番の夜に何もすることがないので、温泉へ行き、そこで出会った校長先生や山嵐から、今日は宿直当番ではなかったかと問い詰められ、帰ってきたという場面がある。その後のイナゴ騒動のほうが有名かもしれないが、これは坊ちゃんのたんなるサボりの描写ではなくて、宿直が天皇の「御真影」を守るための仕事であったことを考えるならば、(もちろん作者の漱石もそれを知って書いているのだから)まったく反権力的な行動の描写であり、漱石の意識にもそれがあったことは確実だろうから、当時の読者は漱石は大胆なことを書いたもんだと呆れたはずだ。このあたりのことは『小森陽一、ニホン語に出会う』(大修館書店、2000年)に書かれている。

こういうことを終戦直後から実践してきたという意味で、橋本武という人は立派な人だなと感心する。それを自分なりの試行錯誤の中から創りだしたというのだから、なおさらである。そしてここでも話題になっているが、本当に意味のある教育をしていれば、それは必然的に学力となり入学試験などの、一見小手先の技術と思われているようなところでも十分通用するものであるということだ。こんなことは国語だけでなく、あらゆる教科について言えることだと思う。それをこの本はよく教えてくれる。

灘中 奇跡の国語教室 - 橋本武の超スロー・リーディング (中公新書ラクレ)
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中央公論新社

灘校・伝説の国語授業 本物の思考力が身につくスロ−リ−ディング
クリエーター情報なし
宝島社

『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』

2012年05月13日 | 評論
上杉隆『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』(PHP新書、2012年)
新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)
上杉 隆
PHP研究所

福島原発事故以来、政府や新聞報道をだれも信用しないようになったのではないだろうか。そういう調査があったわけでもないし、私が誰彼となく聞いて回ったわけではないので、私がそうだというのを「だれも」に拡大解釈するのは無茶かもしれないが、私の生活者感覚は意外に社会の底辺にいる人間に共通するものだと思っているから、こんなことを書いている。

誰が見たってあんな大爆発で原発の建物が吹っ飛んでいるのに、放射能が周辺の人々に影響ないとか心配ないなどということが言えるわけがない。パニックになるかもしれないというが、正しい情報を与えた上で、適切な避難へと導くべきで、深刻なのに心配ないなどということは論外だ。

最近の朝日新聞は、原発再稼働と電力供給不足問題でもなんだか変だと何度か書いてきたが、それが何故なのか、この本を読んでやっと合点がいった。

新聞・テレビが画一的になって、場合によっては平気で嘘を書いたり報道するようになった原因がいくつか書いてある。それによれば、現場の取材記者は情報をデスクに上げるだけで自分で記事を書かない。記事を書くのは現場を知らないデスクなのだそうだ。その結果、ミスが多発するし、現場にいる被災者たちの心情が分からない。ミスがあっても、現場の記者とデスクの間で責任のなすりつけ合いをするだけで、誰も責任を取らないらしい。

さらに取材記者どうしで談合が当たり前で、メモや取材記録が記者クラブ内のメディアで共有されている結果、同じような記事ばかりということになるのだという。これは新聞だけでなく、テレビでも同じだ。午後6時台の報道番組がいい例だ。どのチャンネルを回しても、同じ事件や事故や出来事を同じように流している。

さらにこれらのメモや情報は、デスクや、その上の編集局長・政治部長、またその上の編集委員・論説委員・解説委員が勝手に官邸の中枢に情報を売って小遣い稼ぎをしているという。その金は機密費から出ており、世論操作に使われている。もちろん小遣い稼ぎをしている連中はそのことは十分承知の上で情報を売っているらしい。

またこうした政府中枢と記者クラブとの癒着は、政府中枢にとって「問題」ある政治家(たとえそれが大臣であっても)を排除するのに利用される。たとえば鉢呂大臣の「死の町」発言、「放射能をつけちゃうぞ」発言による大臣辞任がそれであるという。「死の町」発言は、福島の現状に対する行政の緊迫感のなさに、福島の人々が望んでいたことなのに、暴言にされてしまったというのが現状らしい。さらに「放射能をつけちゃうぞ」発言にいたっては、鉢呂大臣はそんな発言はまったくしていないし、それをスクープしたフジテレビの記者はその場にいなかった。上杉によれば、鉢呂大臣は大臣になる前から何度も福島に入って現状を視察しており、復興相としてまともな大臣であったらしい。それで記者クラブから迷惑がられて、バッシングされたというのが真相のようだ。

上杉によると、記者クラブこそが諸悪の根源らしい。記者クラブ以外の同業者を差別・選別・排除するのは、ジャーナリストの世界広しと言えども日本の記者クラブだけらしい。

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)
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幻冬舎


ウィキリークス以後の日本 自由報道協会(仮)とメディア革命 (光文社新書)
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光文社

『ルソーとモーツァルトの競演』

2012年05月12日 | 舞台芸術
『ルソーとモーツァルトの競演』(日本モーツァルト協会主催、武蔵野市民文化会館)

今年はルソー生誕300年で、記念の行事(と言っても、たいていは研究者関係のもの)がいくつか行われているが、その中で珍しいものとして、モーツァルト研究者として著名な海老澤敏が、4月に「むすんでひらいて」とルソーのオペラ『村の占い師』との関係、5月にルソーの『村の占い師』とモーツァルトが12歳の時に書いたというジングシュピール『バスティアンとバスティエンヌ』、6月にはルソーのメロドラマ『ピグマリオン』を上演する連続音楽会を主催しているものがある。

どれも東京まで行って観劇したいのだが、とても叶わぬので、これだけは見ておきたいと思い、11日に武蔵野市民文化会館まで出かけて見てきた。

どちらも、好き合っている羊飼いの男女一組と彼らの仲を取り持つ村の占い師(魔術師)の三人の登場人物。どうやら占い師にそそのかされて上流階級の夫人との付き合いを試みるために村を留守にすることが多くなった羊飼いを見て、自分が捨てられたと思い込んだ羊飼い娘が占い師に相談に行き、彼の気を引くためには冷たくしなければならない、もう愛していないと思わせなければならないという駆け引きの手法を授けられ、それを実行して、二人の仲が元通りになり、それを三人で喜ぶという、一見すると他愛もない話である。

もともと1753年(パリ・オペラ座)で初演されたルソーの『村の占い師』が大成功し、パロディーが作られ、当時のウィーンはパリで上演されたオペラ、とくにオペラ・コミークがすぐにウィーンに伝わるようになっており、この『村の占い師』のパロディーもウィーンに伝えられたと思われる。それがドイツ語に翻訳されて、モーツァルトが12歳つまり1768年で音楽をつけたということになっている。

両者の違いは、音楽は別とすると、それぞれの国でのオペラの作り方の違いがそのまま現れている。つまりフランスではバレエや歌を中心としたディヴェルティスマンが大きな比重をもつという点である。だから、上にあらすじを書いたような筋の展開そのものは、30分もあれば済んでしまうような話なのだが、めでたしめでたしとなった後に、ルソーの『村の占い師』では、パントマイム(この冒頭の旋律が「むすんでひらいて」の原曲…ただしそのまま同じではない)や合唱、ダンス、歌が延々と続く。それらの歌は主題とはほとんど関係ないので、省略しようと思えば可能なものばかりだ。ただ昨日の上演では、すべて上演された。だからはっきり言って退屈としか言いようがない。

他方、モーツァルトのほうは、パロディーが元になっているので、そうしたフランスのオペラの構造とはまったく別で、二人が仲直りしてめでたしめでたしとなったところで終わっている。ただそれだけではたぶん10分もあれば終わってしまうので、二人の言い争いを延々とやって引き伸ばしている。こちらはダンスもなければ合唱もない。

バロック期のフランス・オペラが日本で上演されない(あるいはしにくい)理由の一つがここにある。バレエが必要になる、合唱も必要、さらに音楽悲劇ということなれば、怪獣や悪魔や神々が出てくるので、宙吊りなどの仕掛けも必要になる。ということで、出費が大変だし、演出が不可能なものまである。それにバレエと言ったって19世紀にロシアを中心に確立されたクラシック・バレエではなく、バロック・バレエなので、そんなバレエを踊れる人は日本には数人しかいない。昨日のバレエも、じつはバロック・バレエではなくて、クラシック・バレエを踊っていた。

ただ、歌手(ソプラノは、別々の女性が歌った)たちは、じつに上手だった。それにトウキョウモーツァルトプレーヤーズの団員によるアンサンブルもよかった。あれだけのことができるのは、やはり海老澤敏しかいないだろう。
ルソー:歌劇“村の占い師”全曲
ルソー
CPO

モーツァルト:歌劇《バスティアンとバスティエンヌ》《劇場支配人》 [DVD]
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ユニバーサル ミュージック クラシック


6月30日には、これまた珍しいルソーのメロドラマ『ピグマリオン』(ただしピグマリオンの科白は日本語で行われる)の上演のほか、ルソーが作曲した楽曲の演奏もある。



『日本の戦争力』

2012年05月11日 | 評論
小川和久『日本の戦争力』(アスコム、2005年)
日本の「戦争力」
クリエーター情報なし
アスコム

少し前の北朝鮮の「人工衛星」(ミサイル)打ち上げの報道を見ていても、いたずらに北朝鮮への恐怖心を煽っているようにしか見えない。たしかに2003年と2006年にはノドンとテポドンを発射して、日本上空を飛んで、太平洋に落ちたりしているから、人工衛星打ち上げです、はいそうですか、では済まないことは確かだ。おまけに、今の防衛大臣が、あの田中サンときては、いかにもやる気ない顔で毎回テレビに出てくれば、あいつには任せておけないという気になってくるのも仕方ない。

だが、その前に、北朝鮮の本当の軍事力を知っておくこと、また日本の本当の軍事力を知っておくことが、必要だ。たまたまネットで小川和久のメルマガのサイトを見ることになり、その的確な指摘に一度この人の著書を読んでみる価値があると思い、早速借りてきたのだ。

タイトルそのものの本で、日本の自衛隊の軍事力はどんな特徴があるのか、またアメリカの世界戦略の基本はどうなっているのか、北朝鮮の軍事力はどの程度なのか、ということが分かりやすく書いてある。坂本衛という人との対談形式をとっているからだろう。

それで分かったこと。まずアメリカの世界戦略が第一にあって、自衛隊は完全にその中に組み込まれているということ。日本には多数の米軍基地があるだけではなく、大量の燃料や弾薬などの備蓄があって、東アジアだけでなく遠くは東アフリカにいたるアジア全体を視野に入れていること。その意味でまさに日本は、中曽根元首相が言ったごとくに、不沈空母化している。したがってアメリカの日本に対する対応は、日本以外の同盟国とはまったく違ったものになっている。(深読みすれば、それに反するような態度をとる首相はすぐに首のすげかえにあう…田中角栄や、最近では鳩山由紀夫)

自衛隊はそうしたアメリカの世界戦略に組み込まれているので、軍事力としてはいびつな姿をしている。日本近海の潜水艦を監視する対潜哨戒機や対潜ヘリや護衛艦・潜水艦や、機雷を除去する掃海の点では世界トップレベルの軍事力と能力をもっているのに、それ以外は小川和久の言葉を使えば幼稚園の年少組レベルだという。

「このように海上自衛隊は対潜水艦戦能力と掃海能力だけが突出しており、(…)両腕だけは筋トレで徹底的に鍛えあげてあるのに、下半身はまったく手付かずで細く弱々しいという姿だと思ってください。一人では自立することができない(…)。アメリカと組んで初めて完全な能力を発揮するわけです。」(p.49)

同じことが陸上自衛隊や航空自衛隊にも言える。その意味で自衛隊は、良くも悪くも米軍の補完軍隊でしかない。まさにこれは「良くも悪くも」であって、これをどう評価するかによって、いろいろ意見が別れるだろう。米軍から完全に自立することを主張するのは、右翼と左翼どちらにもある。ただ憲法第9条を改定して自衛隊を正式の軍隊にしようという主張が最近は勢いをもっているが、彼らが今の自衛隊の米軍依存の状態を知った上で、米軍から完全に自立した軍隊にしようという意味で言っているのか、自衛隊の米軍依存は今のままで、たんに憲法第9条の改定によって憲法の主旨そのものを戦前のようなものに変えていく橋頭堡にしようとしているのか、よく見ておかねばならない。

また北朝鮮の軍事力では、それはまったく米軍、韓国軍、自衛隊の前には足元にも及ばないほどのものであること、ソウルが「火の海になる」というようなことはありえないと指摘。その上で、いたずらに北朝鮮脅威をあおる人に対しては、著者は厳しい態度で、北朝鮮の手先と批判している。北朝鮮の脅威をあおることで、日本人が北朝鮮にたいしてビビリ、それが対北朝鮮にたいする弱腰外交になって、逆に北朝鮮を喜ばせることになるからだと指摘している。

ワイドショーもいい加減にして欲しいね。いつまで金正日の元料理人とかいう人をゲストに出し続けるつもりなんだろう。どうせなら小川和久のような人をゲストに呼んで欲しい。

『ユリゴコロ』

2012年05月09日 | 作家ナ行
沼田まほかる『ユリゴコロ』(双葉社、2011年)
ユリゴコロ
沼田 まほかる
双葉社

誰しも、大人になってから幼少の頃を思い出して、得体の知れない体験をしたと、記憶の隅にしまっておきたいような思い出があるのではないか?とくに私のように現在50歳代で、しかも幼少を田舎で過ごしたような人間には、まだまだ戦後のというか、戦前のというか、ようするに現代のような、隅々にまで光が差し込んで、暗いところなどないような時代とは違った、そうこの小説の美紗子の回想部分のように、江戸川乱歩の小説に描かれるような、摩訶不思議なものがまだ存在したような幼少の頃の思い出には、どこか薄暗いところがある。

たとえば、民家が十数戸しかないような私の生まれ育った村の、私の家の裏から山に上がる道(といっても道なき道)を行くと、廃屋というか、藁ぶきの屋根だけが残ったようなところがあって、そんなところに人が住んでいた記憶がある。私が一人で蝉取りやカブト虫を取りに行くようになってからは、誰も住んでいなかったから、たぶん私がまだ小学校に上がる前のことだったのだろう。

隣の家のおばあさんが亡くなったときには、土葬が行なわれた。墓地も私の家の斜め裏で、昼間そのあたりで近所の子どもたちと遊ぶときにも、その盛り上がった土から何か出てきそうで怖ろしかったものだ。土葬の場合そのままにしていたら、腐敗して崩れてしまうから、たぶん白骨化した頃を見計らって、掘り返し、骨だけをまた埋葬しなおすのだろうけど、そんなことを考えただけでも、また怖ろしい。

私が小学生の低学年だった頃、何があったのか知らないが、複数の高学年の人たちに連れられて、隣村まで行った。本当のド田舎なので子どもの足で結構歩かないと隣の村に着かない。その村は、しかも平地ではなくて、国道からさらに谷そばの道を上がっていったところにある。ぽつんと民間が三・四軒しかないような村だ。私は心細くなって、高学年のお姉さんたちが私のことを忘れたように見えたので、初めて来たので、よく知りもしない道を一人で歩いて帰ってしまった。

この小説は、こんな生易しいものではない、もっと怖ろしく陰気な世界を描いている。ただ、最後に明るいところに出てしまったのは、残念だ。あの暗いままで終わっていたら、もっとリアリティがあったと思うのだが。

しかしこの人、50歳代になってから小説を書き始めたというから、人の人生というものはわからんもんやな。私にだって書けるかもしれんという気にさせてくれるところがすごいやないか。そういえば先週の日曜日の読書欄にの「著者に会いたい」コーナーにも定年退職してから、奇想天外な小説を書き出したという人の話が載っていた。私もなんか書いて一発当てたろかな。

『脊椎関節炎』

2012年05月07日 | 人文科学系
浦野房三『脊椎関節炎』(新興医学出版社、2008年)

症例から学ぶ脊椎関節炎―強直性脊椎炎、未分化型脊椎関節炎ほか
浦野 房三
新興医学出版社

うちの上さんは自宅から近くにある(自転車でもいける距離にある)大学病院でリウマチの治療を受けている。全身の関節が痛くて、手の指なんか少々腫れているのに、リウマチ検査で数値が出ないので、最初は、あちこち病院をたらい回しにされ、今の大学病院のリウマチ科でも、最初の担当医が処方してくれる薬(抗炎症薬)は、まったく効かない上に、腹が痛くなる、熱がでる、吐き気がでるなどの副作用がひどくて、薬を変える、また同じことの繰り返しで、一年棒に振った。結局、一年後に、担当医も諦めたのか、メトレートという抗リウマチ薬(リウマチの薬としては一番良く使われており、効果もある)を処方してくれた。

昨年の11月である。そして飲み始めてひと月で効果が現れ、痛みが軽減し始めた。最初は4mg/週だけで、効果が出たので、ひと月後には二倍に、そのひと月後にはさらに二倍にしてもらい、現在は週に12mg飲んで、かなり痛みが改善した。寝起きの浮腫みもなくなり、以前は考えられなかった正座も、短時間だができるようになった。

その間に担当者が代わり(つなぎとして2回ほどリウマチ科の主任教授が担当)、前々回から新しい担当者になった。この医者は、以前の担当者がまったくしなかったことだが、数値がでないのに、全身の関節に痛みがあるという点に注目したようで、上さんの関節を丁寧に指圧して痛みの場所、程度を問診し、さらにどんな薬が効いたり効かなかったかも聞き、足にむくみがあったかどうかなども聞いて、どうもリウマチではないようだから、検討してみるということで、前回の診察は終わり、今回、脊椎関節炎の未分化型だろうと診断を下した。

そこですぐにインターネットで調べてみると、日本ではあまり知られていないらしい。そこですぐにアマゾンでこの本を購入し、勉強してみた。医者向けの本で、もちろん専門用語が分からない箇所もあるが、およそのイメージがつかめて、どんな治療方法があるのかなど、今後の展望をどんなふうに持ったらいいのかが目的なので、わからないところはすっ飛ばして読んだ。

リウマチ、脊椎関節炎、線維筋痛症、この3つの病気は識別するのがかなり難しいらしい。最近はリウマチの場合にかならず数値がでる抗CPP検査などができるようになり、数値が出ない場合にはリウマチ以外の病気を疑うようになったらしい。だが線維筋痛症と脊椎関節炎の区別もかなり難しいらしく、とくに日本では脊椎関節炎の研究が進んでいないために、多くの脊椎関節炎患者が線維筋痛症に分類されてきたらしい。だが線維筋痛症に分類されても、この病気自体が原因不明の病気で、これといった薬が効くわけでもなく、あれこれ試して効く薬を探しだすしかないというような、泣きたくなるような病気なのだ。私だったら線維筋痛症なんて言われるくらいだったら、リウマチだと言われていたほうがましだと思うくらい。それくらいややこしい話だ。

この本には脊椎関節炎はリウマチとは違うとかいてあるが、よく似ているとしか言いようがない。リウマチは関節内部の軟骨やと滑膜の表面が炎症を起こして痛みを生じるが、脊椎関節炎は名の通り、脊椎を中心として、関節の周辺部に炎症を起こすものらしい。しかも原因はわかっていないという。だけど、リウマチの薬として広く使われているメトレートやメトトレキサートが効くのだから、リウマチみたいなものじゃないのか?大学病院の医者は科学者みたいなものだから、病名をはっきりさせないといけないのかもしれないが、我々庶民は、治ればいい、薬が効けばいいのだ。

リウマチと脊椎関節炎が違う病気だとしても、そして上さんの病気がリウマチではなくて、脊椎関節炎だとしても、メトレートが効いて、痛みがなくなればそれで結果オーライなのだ。それに日本で厚生労働省が基準としているメトレートやメトトレキサートの使用料は、週8mgと非常に少ないらしい。

だけど世界的には20mgや場合によっては30mgも使用して治している場合もある。だからリウマチ専門医のなかには男は20mg、女は16mgが普通だと書いている人もいる。この人に言わせれば、副作用を十分注意しながら使用すれば治るのに、厚生労働省が示す基準が低いので、それを超える勇気のない医者がほとんどで、一向に治らない患者もたくさんいるらしい。基準を超えていたって、適切な量を使用すれば治るのに、少ない量しか使わなために、何時まで経っても治らない患者は、悲劇としか言いようがない。

それで上さんにも、16mgか20mgまで増やしてもらうように言ってみたらとアドバイスして、上さんもそう言ったらしいのだが、この新しい担当者は、今でも多すぎるのに、これ以上増やすことはないと言ったらしい。病名はリウマチから脊椎関節炎に変わったが、薬は同じ(私はそれでよかったと思っているが)。それなら試しに16mgか20mgまで増やしてみたらどうか?それでも今以上に改善がないのなら、もとに戻せばいい。あるいはもっと効いて、完全に痛みが取れるかもしれないのだ。

なんか釈然としない。

『印象派という革命』

2012年04月27日 | 評論
木村泰司『印象派という革命』(集英社、2012年)

印象派という革命
木村 泰司
集英社

マネの『草上の昼食』や『チュイルリー公園の音楽祭』そして『オランピア』、モネの『ラ・ジャポネーズ』『日傘の女』そして大作『睡蓮』、ルノアールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』『踊り子』そしてあの有名な『ピアノに寄る娘たち』や『浴女たち』、ドガの『エトワール』や『舞台上のバレエの稽古』などの踊り子もの。もちろん日本人だけがというわけではないが、日本人は印象派が好きだ。

そしてこの本の序章は、文字通り「なぜ日本人は「印象派」が好きなのか」について書かれている。印象派以前の近世から近代にいたるフランス絵画(もちろんイタリア絵画もそうだが)はほぼ古典主義的で、ギリシャ・ローマ神話やキリスト教の内容が主題になっており、そういうヨーロッパ的教養をもたないと理解できないそれらの絵画と違って、印象派は19世紀のフランス人の日常生活や風景が主題となっており、そういう教養をもたない日本人にも理解できるから、というのがこの著者が与えている説明だ。常々不思議に思っていたことが、これで氷解した。

この本は、古典的絵画を見るときに必要なギリシャ・ローマの神話やキリスト教的教養がどのようにその時期の絵画に現れているかも、口絵を載せて簡単に触れているから、わかりやすい。

もちろん主体は印象派のための本なので、それに何章も当てられているが、個々の印象派の画家について説明する前にまず、古典主義にたいする変革の第一段階として、「何を描くのか」という視点から古典主義に反旗を翻したクールベ(写実主義絵画と言われる)やバルビゾン派の革新性を指摘し、さらにそれを継承する形で印象派が「いかに描くか」を問題にすることで絵画「革命」を遂行したことが解説されている。

第二章以下は最初に挙げた印象派の画家について一章ずつ当てて詳しく記述されている。

『グレン・グールド』

2012年04月24日 | 評論
青柳いづみこ『グレン・グールド』(筑摩書房、2011年)

グレン・グールド―未来のピアニスト
青柳 いづみこ
筑摩書房


今でも初めてグレン・グールドの『ゴールドベルク変奏曲』(1981年版)を聞いたときの衝撃は忘れられない。私はすでにマリア・ティーポというイタリア人のCDを持っていて、何度か聞いていたのだが、聞くたびに、いったいどんな曲なのか、さっぱり分からないという思いをしていた。ところが、アリアからして、もうぜんぜん違う。旋律線は明確で、本当に三人あるいは二人の人が別々に旋律を弾いているかのように、独立して聞こえる。

それからというもの、たまたまレコード屋で見つけたグレン・グールドのモーツァルトのピアノ・ソナタ全集を買ってみたり、バッハの平均律クラヴィーア曲集を買ってみたり、あれこれ聞きまわったわけだが、私にはこの『ゴールドベルク変奏曲』を超えるものはないように思われる。

私は、あれこれのピアニストの演奏や、あるいは同一ピアニストの異なった演奏を聞き比べるほどの趣味はないから、同じグレン・グールドの『ゴールドベルク変奏曲』でも55年のデビュー盤の演奏とこの81年版を比べてみるとか、過去の演奏をYouTubeで探して聞き比べるというようなことはしない。それよりもグレン・グールドという人がどういう人なのか気になる。それからあれこれ本を読んでみたが、これは凄いとうなるようなものには出会わなかった。この本もそうだ。

たしかにいろんな発見はあった。よく知られている演奏会での奇行や演奏会嫌いは別としても、グレン・グールドがいわゆるクールと言われる前には(あるいはそれ以降でも)19世紀的ロマン派の音楽感覚を持ち続けていた人であるとか、10歳台に相当の練習を積んだせいか、後年になってからはほとんど練習をしなかったとか。同じピアニストならではの、指の形状、身体の使い方、運指の話も面白かった。だがグレン・グールドの『ゴールドベルク変奏曲』を聞く喜び、興奮を解き明かしてくれるものではない。ないものねだりなのかもしれないが。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音)
グレン・グールド
SMJ(SME)(M)


バッハ:ゴールドベルク変奏曲(55年モノラル盤)
グレン・グールド
SMJ(SME)(M)


『さわり』

2012年04月19日 | 評論
佐宮圭『さわり』

さわり
佐宮 圭
小学館

読書な日々なんてタイトルをつけながら、最近はまったく読書でない日々を送っている。久しぶりに夢中になって読める本に出会った。

鶴田錦史という琵琶師の名前は、ノヴェンバー・ステップスの演奏とともに知っていた。初めてこの武満作品のことを知ったのは、小澤征爾の本だったと思う。初演指揮者としての奮闘や興奮が読み取れた。実際にCDを買って聞いてみて、その力強さに畏れ入った。私が持っているのは井上道義指揮の新日フィルの昭和52年の演奏録音だが、琵琶は鶴田錦史、尺八は横山勝也だ。

琵琶の、なにか恐ろしげなことが起きるぞと予言でもするような恐怖感の局地に導く連打。尺八の、人間の最後の息を吐き出すような、命を削るような凄まじい音、下手に日本人の耳に聞き慣れた旋律が一切出てこないから、余計に音を聞こうとすることになる。たぶん武満もそうしたことを求めていたのだろうと思うが。

今、ノヴェンバー・ステップスを聞きなおしてみると、琵琶という楽器は、本当にいろんな音色を出すことができるのだなと感心する。津軽三味線のような野太い連打も可能だし、軽くじゃらんと爪弾くと、女性の細やかな秘められた恋情のようなものをポロリともらしたというような音も出せる。おそらくそういった限りない可能性も、鶴田錦史が武満とのやり取りのなかで試行錯誤して創りだしたものなのだろうが、その独特の響きは、たしかにそれだけでも素晴らしい。

ノヴェンバー・ステップスのカデンツァの最後あたり、20分前後の全曲のなかで18分を過ぎたあたりから始まる琵琶の連打と尺八の咆哮は、激しい情念の吐露を思わせる。たぶんそんな激しい情念を実際に経験したものにしか出せない音なのではないかと思わせる激しさがある。鶴田錦史が実生活において経験した稀有な人生がその音のバックにはあったのだということをこの本は教えてくれる。

アメリカでの初演の様子を語る小澤征爾の本

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
小澤 征爾
新潮社


ノヴェンバー・ステップスのCDなら

武満徹 : ノヴェンバー・ステップス / ア・ストリング・アラウンド・オータム / 弦楽のためのレクエイム 他
クリエーター情報なし
ユニバーサル ミュージック クラシック



大飯原発再稼働反対

2012年04月06日 | 日々の雑感
大飯原発再稼働反対

政府が敦賀湾にある大飯原発再稼働を前提に話を進めているという報道があった。この人たちは、福島原発事故の反省というものがまったくないようだ。大量の放射能が撒き散らされ、周辺はもう人が住めない場所になってしまっただけではなく、今後人体への影響も徐々に現れてくるだろう。

敦賀湾には多数の原発がある。影響が甚大なのは、50KM圏内に琵琶湖があることだ。琵琶湖は滋賀県はもちろん京都、淀川周辺の大阪、南は堺市にいたる1400万人の水瓶になっている。これが汚染されれば、その影響は福島原発事故の比ではない。しかも長期の渇水による取水制限というような一時的な影響ではなくて、おそらく半永久的に琵琶湖の水が飲料はもちろんのこと、あらゆる用水としての可能性を放棄せざるを得なくなるという影響がでる。

政府の要人たちはこういうことがわかっているのだろうか?

今回の福島原発事故だって、津波による電源喪失がメルトダウンの原因としか東電は認めていないようだが、津波以前に地震だけですでに圧力容器が壊れていたという話が流れている。地震によっては被害はないというのは嘘だ。敦賀湾にも活断層があることがわかっているし、以前大きな地震があったことが古い文献で分かっていたのに、関電が知らぬふりをして報告書を作成していたという事実も明るみに出ている。このような東電と同じ嘘と欺瞞と隠蔽体質の関電の言うことやることに騙されてはいけない。

原発が使えないことから火力発電所稼働をふやすために重油の使用量が増えて電力料金値上げしなければならないとか言い出したら(東電みたいに)、財務だけでなくあらゆる経営をガラス張りにさせることから始めてほしい。だいたい独占を許されているのに、まったくガラス張りになっていないこと自体がおかしいのだ。

元東電福島原発のエンジニア(原子力を専門に勉強した人)で、東電の報告書偽造に耐えられなくなって東電をやめた人が、原発事故当時15km真西に住んでいて、直後に鼻血が止まらないなどの人体的影響を受けたことなどを話している動画があったので、リンクを張っておく。この人の話でも東電が嘘と隠蔽体質でできていること、また政府もそのお先棒を担いでいることがよく分かる。こちら
関西電力の隠蔽体質や大飯原発が再稼働できるような安全な状態からほと遠いということについてはこちらも参考になる。

めまい

2012年03月30日 | 日々の雑感
めまい

28日の夜明け頃にめまいが起きた。文字どおり天井が回った。数年前に初めてめまいが起きて、耳鼻咽喉科で診てもらったところ、内耳の鍋牛器官に細胞が剥がれて浮遊しており、それが動くとめまいを起こすのだと説明された。なぜ細胞が剥がれるのかは分からないと言われた。そのときはロードバイクに熱中していた頃で、自分ながら、少々無理をしているなと感じていた頃だったので、それが原因でそういうことになったのだろうと思う。処方された薬を飲んで治った。

そのめまいがまた起きたのだ。しかも今度は何もしんどいことはしていないのに。同じ耳鼻咽喉科で同じ説明を聞き、原因も分からないと言われて、軽いほうだと言われたので、薬ももらわずに帰った。そしてその翌日29日の朝にもっと酷いめまいが起きて、吐瀉してしまった。ちょっと身体を動かすだけでめまいが起きるので、どうにもならず、上さんに薬を貰いに行ってもらった。29日は一日ベッドで横になっていたが、寝返りを打つだけでめまいが起きるので、怖くてしようがない。28日に診察を受けた時に、原因を聞いたら、分からない、たぶん加齢でしょうと言われた。

しかし私もバカではないので、どうしてこういうことになるのだろうとあれこれ考え、やっと気がついたのが、内耳の炎症ということ。私はアレルギー体質なので、子どもの頃から唇が荒れたり、結膜炎になって目が真っ赤になったり、耳の外耳や頭が痒くなったり、ちょっとした湿疹を起こしたところを掻きむしったために猿のオケツのようになったり、鼻炎になったり、喉が炎症を起こして喘息のようになったりと、もぐらたたきのように、あっちが収まればこっちに出る、という調子で、あちこちに炎症を起こしてきた。たぶんアレルギーとして軽いほうだから、重篤な症状は出てこなかったが、しかし、喘息のようになったり、今回のようにめまいが突然出て、なかなか治らないというのは、生活に支障がでるだけでなく、生命の危険性もある。

それで漢方薬でこうしたアレルギー(喘息、リウマチその他)を治す医者のホームページを見ていたら(上さんのリウマチのことで見つめて以前から知っていた)、めまいや難聴もアレルギーを抑えるためにステロイド剤を使用することによって、免疫力を低下させたところにヘルペスが悪さをしてめまいや難聴が起こるという説明がされているのを見つけた。ヘルペスというのは普段はおとなしくしているが、免疫力が低下すると暴れだし、痛みや発疹を起こしたりするらしい。そういえば私もたまに脇腹の皮膚がピリピリ痛むことがあるが、それがヘルペスの悪さかもしれないと気づいた。

今回のめまいが怖いのは、オーバーワークになるようなことは何もしていない、つまり免疫力が低下するようなことは何もしていないのに、起きたことだ。やはり体質改善するしかないのか。

ベッドで寝ていたら、上さんが新聞の切り抜きを持ってきて、私と同じめまい症になでしこジャパンの澤選手がなっていること、浮遊している耳石をもとに戻すには、安静にしていないで、頭を動かすリハビリをしたほうがいいことなどが書いてあるよ、と教えてくれた。たしかにこのリハビリ、耳鼻咽喉科の医者に教えてもらったものだ。だが、めまい止めの薬のせいかふらふらする。でも寝ていても治らないことが分かったので、起きることにした。早く治さないと、仕事が…