新田慎次郎ブログ

あれこれ、思うところを。

龍との対話 64

2016-10-17 | 龍との対話
「それももうじき終わる」

私:それとは何ですか?

「長きに続いたお前の最初の人生。それが終わりそのまま人生が続く」

私:新しい人生が始まるというこうとですか?

「新しい人生ではない。もうすぐ最初の人生が終わり、そのまま人生が続くのだ。
何も変らず、お前だけが変る。そしてそのまま同じ人生が続くのだ」


私:結果がどうあれ、確かに今回のこと(交渉先へプローチしたこと)が、
分岐点みたいなものになっているような気がします。

「さてお前はどうなるか、お前はどうするか。
それはそれで楽しみにであるが、どうなろうが、何をしようが、それはどうでもいい。
問題はお前が今後どう在るかということ。お前の魂の色がどうなるかということ」


私:色ですか?

「例えるなら色。形と言ってもいい。色形、しかしそれは目に見える物ではない。故に例え話でしかない。
どうような魂になるのか、魂がどうのうようになるのか、ということ」


私:落ち着きを感じます。もうどうこうしようと思わないような感覚。確かに何かが終わったような…
  今までの色んなこと、ここまでの人生が終わったような感覚があります。
  しかしそのまま続いて行くのも分ります。心地よいです。

「流れの中にいることを決して忘れるな。流れから出てしまうとまた生き地獄を味わうぞ。
自意識、猜疑心、恐怖、怒り、強欲、自己嫌悪…それらの感情に飲まれた時、
人は流れ(本願、愛など)からこぼれ出てしまい、現世をさ迷う事になる。
生まれて半世紀近くお前は生き地獄を味わったな」

「生き地獄とは言え、それは真の地獄ではない。地獄などないのだ。地獄を味わう自我がそこにおるだけ。
お前がまさにそう。現世の価値基準でははかれぬ世界なのだ。そしてお前のそんな人生ももう終わる。
そしてそのまま続くのだ。今度は流れ(本願、愛など)の中で生きるのだ」


私:今(この数時間)動けずにいます。
  すべきことはあるのですが、どのタイミングで行動に移すか、
  こうしているうちにも時間は過ぎるのですが、敢えてこのまま何もせずにいようとしている自分がいます。
  不思議な感覚です。ただそれで良いという勘がけがあります。

「それで良い。それが流れ。しかしお前の中にまだ僅かながら焦燥感、不安がないか?」

私:あります。

「それを消すことが出来るようになったら合格。卒業。
お前のこれまでの人生が終わり、そしてそのまま人生が続いてゆくぞ」


私:まだ時間がかかりそうです。

「時間をかけなさい。時間をかけることに焦燥感を持つようではまだまだ。
時間がかかることに不安を感じるようではまだまだ。時間をかけることに自己嫌悪などは以ての外。
流れの中に入りなさい。安心しなさい。ことは進むであろう」

「今、目の前に浮かぶ人物。それは女神。
しかし直接この現世で触れることはない。それは象徴。視覚的情報。大切なのは物理を越えた繋がりがあること。
色、形、面影、それらは現世の物理的な影、されには人間の脳裏によぎる印象なのである。
しかしそれは実在する波動である。流れの中で感じなさい」

「つまり、この世のあちこちに神がいる。
それは天使として、菩薩として、波動として、光として、影として、音として、匂いとして、人として存在するのだ。
あらゆるものに神は宿っておる。それを感じなさい。一体になりなさい。流れとは即ち繋がることであるぞ」

「怒りについて考えるな。不安について考えるな。恐れについて考えるな。
もし魔が暴れたならば、その後の己の心と身を清めなさい。
魔とは己の影である。本当はそこに魔はおらぬ。
それは己の影(怒り、不安、恐怖など)なのである。そこには何もない。
心の清らかさを取り戻しなさい。即安心せよ」





以上、2016.10.14に行った龍との対話です。
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