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萩藩校明倫館 剣槍稽古場 他国修行者引請場

2017-03-07 21:57:08 | 歴史
▼今日は長門市、萩市に出張でした。
間のわずかな時間を利用して、萩藩校の明倫館跡に行きました。
時間がなかったので新しくできたビジターセンターに行く暇はありませんでしたが、その敷地内にある有備館に寄ってみました。


有備館は大正時代に江戸桜田にある萩藩文武講習所の名をとったものなので、幕末当時の名前ではありません。
幕末当時はタイトルのとおり、剣槍稽古場と呼ばれており、その看板の下には他国修行者引請場との記載もあったようです。
坂本龍馬は文久2年(1862年)1月、土佐勤王党の武市瑞山の手紙を久坂玄瑞に届けるため萩を訪れており、9日ほど滞在した間に、この稽古場に出入りしたようです。
坂本龍馬はこの時に久坂玄瑞から吉田松陰の教えである草莽崛起論を熱く説かれて、直後の脱藩に至ったのです。


槍術場と剣術場に分かれており、写真は槍術場です。

槍はかなり長いので、天井が高くなっています。



ここは剣術場です。

この角度から写真を撮ると、幕末の武士が前に佇んでいる、そんな錯覚がありました。

▼萩は歴史の街です。
1863年に山口政事堂に政治の舞台を移して以来、県庁所在地は山口市となり、萩は開発が進まなかったことで当時の町並みや区画がそのまま残っている場所が多いんですね。
今後どんなに年月が経っても、この価値を地域が忘れることなく大切にしてもらいたい、この町を見てそう感じました。
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