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明治150年記念フォーラム!!その3

2017-01-30 19:30:07 | 歴史
▼今回のフォーラムは、平成30年明治改元から150周年を迎えるに当たって、現代を生きる私たちがこの節目をどのように捉えて次の時代へ向かっていくべきなのか、長州藩の地山口県だからこそできることを考える、とても大事な機会だったと思います。

▼登壇された方が全員話していたのは、地元の人がまず知ることが大事だということでした。
僕もその通りだと思います。

▼事前の申し込み制でしたが、会場はほぼ満員で、さすが山口県は幕末維新となると関心が高いなぁと感じました。
ただ、周りを見渡せば、年配の方が圧倒的に多く、僕のような若い20代はほとんどいません。
そこは少し寂しく思いました。

▼さて、僕も幕末維新について歴史好きとして多少の興味はありますが、深く勉強したことはありません。
でも、山口県生まれ、山口県育ち、山口県在住の一人として、今の幕末の捉え方に少し疑問もあります。

▼山口県にいると、いろんなところで幕末長州藩の人の自慢や誇り、さらには全て長州藩のおかげのような話を聞きます。そして、当時の志士達から学ぼう、その志を今に活かそう、山口県に誇りを持とうと、行政も一緒になって喧伝します。
本当にこれでいいのでしょうか?

▼確かに長州藩は様々な先駆けとして、多少過激になろうとも、ペリー来航の危機を真剣に捉え、外国と立ち向かうことができる強い日本を目指し行動したと思います。
江戸時代を通じて、多くの人材を輩出できる土壌も育てていました。
それでも例えるなら、人材という薪をたくさん生み出し、長州藩は起爆薬としてそれらに火をつける役割であり、その火をうまくコントロールしたのが四賢候(松平春嶽、島津久光、山内容堂、伊達宗城)を始め、薩摩藩、土佐藩、肥前藩であり、その他の諸藩、朝廷、幕府もコントロール役だったと感じています。

▼だって当時、他のアジアのような外国の植民地に日本がなってもいいと思っている人なんかいません。
誰もが程度の差こそあれ、全国の大多数の人が破約攘夷が必要だと考えていたのではないでしょうか。
ただあの時代、四賢候のように冷静で穏健な立場の人だけではあれほどの新時代は作れなかったでしょう。ましてや幕府、朝廷の主導ではあり得なかった。
そこに長州藩の決定的な役割があったのだと思います。
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