西浦の時間≪Nishiura no Time≫

思いつくこと全てやってしまいたい。
しかし、それには時間が足りなさ過ぎる。
時間を自分のものにせねば。

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さそうあきらの「おくりびと」。

2009-09-04 | マンガ・ドクショ(インドアな面白さ)
去年は、映画が散々話題になりましたが、
一方でマンガ版の方は黙殺って感じでしたね。
「映画公開に先立って」のはずだったんですが、
やはりとゆうか、映画版のインパクトが強過ぎでしたね。

しかし、この映画をあのさそうあきらが、
マンガにしたらどんなことになるんだろうと、
個人的にはスゴく楽しみにしてただけに、
フタを開けてみて、内容がほとんど一緒とゆうのには、
少しガッカリした。
まあ確かに、作家としての職人気質なワザも、
随所に散りばめられてるけど、
それは逆に言えば、
「お仕事で描いてます」って感じにも見える。
さそうあきらを知らない人には、
流れに便乗しただけの安い作品に思われそうで、
ちょっとイヤだった。
(特に映画を見た人には、
キャラデザインに抵抗があると思う)

しかし、やはり何と言っても、
音楽の描写はズバ抜けて素晴らしかった。
映画の方は、音楽が、
重要なテーマのひとつだったにもかかわらず、
あんまり良い感じではなかったけれど、
コミック版には、マンガだからこそ出来る、
「音のない音楽」が見事に描出されてる。
ここだけはさそうあきらも譲れなかったのだろう。

まあ、大絶賛されてるあの映画にも、
やっぱりいただけない点はあるわけで、
それを考えると、
結局、どっちもどっちかもしれない。
ただ、どちらも見てない場合は、
マンガから入って、
後で映画を見た方が良いような気がする。

それにしてもあの映画は、
あれだけ素晴らしいキャストで固められてるのに、
ただひとり、広末涼子とゆう存在だけのために、
全体のバランスが崩れてしまってるのが残念すぎますね。
なんであの人、いつも同じ表情で笑うんだろ?
(「出来ない」はずがないじゃないか、女優なんだから)
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