「文学というのは、
今まで会ったこともないような人を書くものです。
ドン・キホーテの頃からずっとそうでした」
BSハイビジョンで、
「100年インタビュー」がありました。
ゲストは大江健三郎。
まとまった話を聞くのは初めてだったので、
とても興味深かったです。
一度最後まで書いた小説を、
最初から書き直した原稿に、
なお執拗なまでの書き直しを加えてるのが、
かなり印象的でした。
本人はこういった作業を、
「エラボレイト」と呼んでて、
自分の中から出された言葉ではなく、
外に向けられた言葉になるように、
文体を作り替えていってるんだそうな。
それにしても異常な書き込みようだった。
大江さんをこうゆう風にさせたのは、
彼の周囲があまりに非凡な方々で固められていたから。
武満徹や伊丹十三、安部公房など、
天才ばかりで自分は普通の人だと感じるようになった。
それで、普通の人間が普通に書いたものが、
大したものになるわけがないから、
自分はそれをよく検討することで、
天才に対抗しようと考えたのだとか。
けど、そうやって推敲に推敲を重ねた文章は、
かえって読みにくい。
さらに大江さんの書くものは内容がスゴく狭くて、
読める読者が限られてくる。
本人もそのことは自覚しているようで、
むしろ、あえてそういうやり方を選んできたと語る。
けど一方で、
もしかしたらこれはもう息詰まってるのかもしれないと、
自分で批判してしまう辺りがスゴい。
「もし次に何かを書く時は、
全く新しいものを書くかもしれませんが
もう、そこまでは生きられないでしょう」
と語るところに達観した視線を感じました。
コメント (0) |
トラックバック (0) |










