8月17日、夏はやっぱり海だと、分解掃除を済ませたカメラを持って友と、洲本市の大浜海岸へやってきた。1968(S43).8月のこと。
先週は琵琶湖で楽しんでる最中、カメラを琵琶湖に落とすなど、散々な目に合った。それを取り返そうと、洲本の大浜海岸へやってきた。やっぱり潮風はいい。夏はやっぱり海の方が楽しい。
3年前まで勤めていた地域なので懐かしい場所だ。だが、護岸工事で海岸が変わっていた。工事を終えて間が無いのか、赤い山土が砂に混じっていた。
↑ 防波堤工事を終えたばかりの海岸。
↑ 三熊山に近づいていくと昔通りの大浜海岸が広がっていた。
小学時代の遠足にはじまり、何度も来たところだ。来るたびに思い出が積み重なる。
今回、支店や海の家へ寄らないつもりだったが、東京(銀座)へ転勤した元上司にばったりと出会う。とっさに、家族で来られていると思い、長い挨拶もせず、会釈だけで別れた。
「たそがれの銀座」(唄:黒沢明とロス・プリモス)というムード歌謡が流行っていたときだった。
先週は琵琶湖で楽しんでる最中、カメラを琵琶湖に落とすなど、散々な目に合った。それを取り返そうと、洲本の大浜海岸へやってきた。やっぱり潮風はいい。夏はやっぱり海の方が楽しい。
3年前まで勤めていた地域なので懐かしい場所だ。だが、護岸工事で海岸が変わっていた。工事を終えて間が無いのか、赤い山土が砂に混じっていた。
↑ 防波堤工事を終えたばかりの海岸。
↑ 三熊山に近づいていくと昔通りの大浜海岸が広がっていた。
小学時代の遠足にはじまり、何度も来たところだ。来るたびに思い出が積み重なる。
今回、支店や海の家へ寄らないつもりだったが、東京(銀座)へ転勤した元上司にばったりと出会う。とっさに、家族で来られていると思い、長い挨拶もせず、会釈だけで別れた。
「たそがれの銀座」(唄:黒沢明とロス・プリモス)というムード歌謡が流行っていたときだった。