STILL LIFE

近親者への連絡

本質とは

2017-07-01 | 日記

朝生ひさしぶり。加計問題など。

よくわかった。

 

官僚はオタクだから、まさに三浦さんがいうように

物事が決まったプロセス、経緯論ばかり微に入り細に入り執拗に拘る。

放っとくとそればかり延々と話し続ける。

「こうこうこうなって、だから現状こうなっている」という状況説明。

経緯という過去ではなく、未来にどうするべきかという

理想や目標を構想し、プランを立てるという能力には欠けている。

 

一方三浦さんは

教育勅語を教えるのは、教育者としてありえない、と。

じゃあ、何を教えているのだろうか。

本質というのは、ようするに精神のこと。

精神「論」ではなく、精神そのもの。

感情や理性などを統合し系統立てた、そこの文化に固有のもの。

教育とは本来、精神を伝えることだった。

日本人は本質を失ってしまったので、

本質と関係のない、どうでもいいような周辺知識ばかりを蒐集する

オタクばかりが増えた。

彼らには本質がないから、そうせざるを得ないのだ。

人間ではなく、人形に近い。

 

驚くだろうけど、昔は日本人にも信仰心あったんですよ。

家には仏壇や神棚があり、お地蔵さんでもあれば手を合わせた。

ご飯にも手を合わせた。

精神を社会がちゃんと教育して、受け継いでいた。

 

それら本質を失ってしまったのだから、

代わりになるものが何か必要なのであり

それが天皇制やカルトだったり、教育勅語だったりしても

公が安全保証をつけて代替品を用意できない以上仕方がないと思う。

何かがなくちゃ困るんですよ。

本当は過去にあったものをまた引っ張りだして据えておくのが

一番いいとは思うけど。

 

田原さんは補聴器つけてるんだろうけど、

「はあ?」と聞き返すのが多いのは、

あくまで耳の機能ではなく脳の処理速度が落ちるからと確認。

でも、ゆっくりの人がいると皆それに合わせるからいいよね。

 

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