STILL LIFE

近親者への連絡

恥という道徳心

2017-03-21 | 日記
オバマとヒラリーが大統領選挙の予備選で戦っていた頃
オバマがヒラリーの酷いネガキャン(この頃からやってたのね)に対して
「Shame on Hillary!」と言い、それに対してヒラリーが
「Shame on You!」と返した。
これの訳が「恥を知れ」だと聞いて、
アメリカにも恥って概念あるんだ!とすごく驚いた。
日本文化特有のものと思っていた。

今でもよく政治家や企業、特定の個人を責める時
「恥を知れ」「恥ずかしくないのか」と使う人は多いけど
「恥」は紛れもなく道徳観念であり、
己の欲より他者の視線を一番に重視して身を正すべきという
"ムラ社会"的な価値観である。
そして日本にもう「恥」という共通する道徳観念は無い。
それは昭和で終わった。
恥の感覚は失われた。というより近代化のために自ら否定して手放した。
法治国家なので、合法以上の倫理道徳観念を他人に求めてはいけなくなった 。
恥ずかしく思うよう、他人に期待したり要求してはいけないのだ。
リベラルな人が「恥を知れ」なんて使ってるのを見ると
こいつ今更何言ってんの?あんたが捨てたんでしょそれ
なんとゆう前近代的な、とちゃんちゃらおかしくなる。

トランプも散々言われていて
言う方のリベラルは、
言われる方が後生大事に古臭い道徳観念を保持しているのを分かっていて
当然その罪悪感を突くつもりで「恥」という言葉を持ち出すのだけど
道徳観念のない人に道徳的になれと説教されても白々しいだけなのだ。

道徳心という感情は本当に重要だなと思う。
個人を超えて、人間を人間たらしめている。
前述の選択や意思決定を行う脳の前頭葉の感情を司る部位は、
損傷すると道徳心も失うらしい。
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