STILL LIFE

近親者への連絡

無償の行為

2017-06-14 | 日記
馬鹿がいなけりゃなりたたない

本当にそう。

この、一銭にもならないことをする"馬鹿"な人たちがやっていたこと、
人間社会では絶対に必要不可欠なことで
ゴミを拾うことさえ無料でやって「損したくない」人ばかりになってきたので
代わりにお金を払って誰かにやってもらおうとしているけれど
当然上手くいかない。
生きるのに必要不可欠な作業ほど、何も生み出さないので儲けにはならない。
けれど人間にしかできないような、
定型化できない非常に複雑高度な能力が求められることばかりで
これから先AIが代行してくれることもない。
誰にとっても最低限必要なことは、お金にならなくても全員でやるのが
社会全体の幸福のためには一番効率がいいに決まっている。
お金で解決して誰か別の人にやらせる方が、
浮いた時間と労力を報酬をもらえる仕事に回せるし
自分は危険でも汚くもないから効率的だ
なんていう人は、目先のこと、自分一人のことしか考えが及んでいない。
社会が崩壊してしまえばすぐに個人も行き詰まることになる。
社会の維持には個人の無償の貢献が必要で、
個人と社会は不可分である。

例えば言語であれ、
特定の集団内で他者とコミュニケーションをとるためのものであり
言語を話す機能が予め備わっているということ自体、
個人は個として生きるようには出来ておらず、
生まれた時から集団の一部として機能するための作りになっている。
その機能こそ人類の生き残りには非常に有利だからである。



全体ではなく自分のことしか考えられない人は
幼い頃親に甘えることが足りず
自己の生理的欲求を確保することに必死だったから
他者に想像力を使うだけの認識の余地がないまま成長したというのが通説。

シアーズ博士夫妻のチャイルドブック。

「人は他者とかかわり、お互いに理解し合わなければならないし、
どうすればそうできるかは、ボタンや発信音やインターネットとは
何の関係もありません。
それは思いやりと共感の問題なのです。

共感と思いやりという言葉(empathy & compassion)はどちらも、
「共に苦しむこと」を意味するラテン語とギリシャ語が語源になっています。」

「子供たちがどんなに高度な教育を受け、
またいかにコンピューターに精通していようと、
大人としての成功はこれらの技術によって決定されるものではありません。
幸福は、愛情のこもった人間関係から生まれるのです。
思いやりのある子供を育てる事は、現代の大人社会のような場では難しいものです。
私たちの社会では個人主義が奨励され、他人を気にかけることなく、
人生の中からできる限りのものを得ることがよいとされています。
この「われ先に」という考え方が、最も単純な、
人との関わりあいにも影響を及ぼしてしまうのです。」
「しかしそれでもなお、思いやりのある子供に育てることは、とても大切です。
他人に無関心なこの世の中で、他人に対してより気配りのできる人は
誰からも渇望されていて、
また、それは私たちの子どもたちにとってもそうなのです。
私たちは生活から得たものによって暮らしていると言われていますが、
私たちはまた、与えることによって人生を生きているのです。」

教育すべきことはそれ。
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