STILL LIFE

近親者への連絡

2017-06-22 | 日記

昨日、夏至。

暦について勉強しようと

「ポプラディア情報館 日本の歴史3 江戸時代」かりる。

 

時刻についてはわかる。

一日を、日の出と日没で昼と夜にわける。

それぞれ6等分して、一刻とする。

一刻で約二時間分。

日の出、日没の時刻が「六つ」

12時、0時のところが「九つ」になる。

そこから一つづつ下がっていき、四つまで。

だから、時刻は半日につき「四つ」から「九つ」までしかない。

それプラス、昼、夜の区別は、刻のところに干支を配して区別する。

真夜中0時が子になる。

丑三つ時は、丑の刻が大体2時から4時までの間、

その間を4つに分けた三番目、の意味。三時過ぎくらい..?

「おやつ」は、大体午後2時から4時の間くらい。

当時実際にその時間帯にお菓子を食べていた。

 

なので、季節によって一刻の長さが変わっていたのだ。

不定時法という。

夏のほうが、昼間の一刻が長く、夜の一刻は短い。

春分、秋分で、文字通り昼夜の長さが同じになる。

 

江戸時代、時計はでかい商家くらいにしかありませんでしたが

なぜか仏教寺院が時の鐘を作って、地域に毎時刻をお知らせしていた。

 

難しいのは、「太陰太陽暦」のほう。

まず、月の満ち欠けでひと月の日数を決める。

一方、一年の長さは太陽の運行をもとにして決める。

その両者のズレを修正する方法が、複雑らしい。

 

月は約29.5日で地球を一周する。

なので、一ヶ月を30日の月(大の月)と、29日の月(小の月)にわける。

毎月、新月の日が1日、満月の日が15日。

月の満ち欠けを見れば、今日が何日かわかった。

 

しかし、30日と29日だけでは、一年が11日分短くなってしまう。

その足りない分を、2,3年分合わせて(19年に7回)、

閏月というのを作った。普通の4月の後に閏4月など挟んで調整。

2,3年に一回は、一年が13ヶ月になった。

 

しかしさらに、こうやっていると今度季節がずれてしまう。

なので、二十四節気というものを別に作る。

一年の「季節のめぐり=太陽暦」を24等分する。

「立春」「春分」「秋分」「冬至」「夏至」などそれぞれに名前をつける。

それらを毎年の暦に付帯させて示す。

それで月日と季節のずれを調節した・・・

二十四節気は現在の太陽暦にも適用できる。

 

某本のレビューでも書いたけど、

これ本当に、宇宙を地面におろしてきたような壮大さを感じる。

松尾芭蕉の俳句みたいな宇宙ロマンに通じる。

昔の人は、毎日宇宙を見て、宇宙と共に生きていた。

プラネタリウムで二十四節気のコンテンツがあったりするのも納得。

 

大の月、小の月はそれぞれ6ヶ月ずつだけど、

組み合わせは毎年変わった。

ニシムクサムライが小の月と決まっていたわけではない。

小説でもあったけど、恐らく、毎年幕府の科学部門のお役人さんが

計算してカレンダーを作っていた。

これが、もう素人にはどうやって計算するのかわからないです・・。

国民の8割以上を占める農家がそれを使うので、配布していた。

年末に暦売りが売り歩いたり、大きいお店が自分とこの屋号を入れて

客に配ったり。今の企業のカレンダーとまったく一緒。

 

 

 

 

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