STILL LIFE

近親者への連絡

心の論理

2017-03-21 | 日記
「誰にでも自分と同じように心、自我があり、
自分とは違う感情を感じている」と認識することを
心の論理の獲得という。
子供が嘘をつけるようになるのは、この
「自分は知っているが、親は知らない」という認識、
自分のとは別に、他者の視点の存在を認識したことを示す。

Aはドラマを見ていて、深刻な場面で突然「あはは」と笑うことがある。
結構ギョッとする。
人間て服装や言葉遣いだけじゃなく、普段からものすごく
その場に相応しい感情で対応しているものなんだなと。
なんで笑ったのか問い詰めてしまうけど、その説明は多分後付けのもの。

登場人物の台詞や反応の意味が分からず「なんで?」と聞くことも多い。
最初、感情の経験のなさからくるものかと思ったけど
そうでもない。感情は誰にでもあるけれど、
感情のロジックが違うらしい。
「なんでだと思う?」ととりあえず自分で想像させるけれど、
これがいわゆる「空気読めない」というやつかなと。

お笑いというのは差別的なもので
可笑しければ可笑しいほど解る人は絞られ、
外縁からどんどん人を排除してゆくものだけど
その機能は逆利用もできるもので、解ったフリをして同調して笑い
それによって自分も身内であることを伝えるという機能もあるように思う。
昔友人が「笑うって、負けることだよね」といみじくも言ったように
当然心を開く=負けなければ、笑うということもできない。
胸襟を開いたことの表れでもある。

Aも、解る笑いもあれば、解らないものも多い。
最初笑えないのはテンポの速さについて行けてないのかと思ったけど、違う。
何が面白いのか説明しなければいけない時点で、
既に相手は同じ感情のロジックは持っていないことが判明しているので
面白さはわからない。断絶...

「何を解し、解さないか」というこのパターンは個人の差なのかというと、
AのパターンとTさんのパターン
果ては義母のパターンは非常に良く似ているので
遺伝もあるかと思う...
どういうお笑いにウケるかというような微細なことにさえ、遺伝がある......

人にものを教えるのが非常に上手い人というのがいる。
付き合いの長さ、愛情の寡多とはあんまり関係がなさそう。
「相手がどこまでわかっているか」
を察知する能力に非常に長けているのだと思う。
Tさんも義母も、果ては恐らくAも、これが非常に苦手で
こちらがB地点からの経過を聞いているにも関わらず、
何度聞いても「それは私ももう知ってるよ」という
A地点以前からの説明を始める。
或いはまず質問には答えず、そこに至るまでの自身の感情の起こりから説明しだす。
いわゆる日本人の好きな経過論。
「お皿何枚必要?」に
「ええと、あれは、○○が今、お菓子を持ってきてくれたんだよ。
だからそれをみんなで今出して食べちゃおうかって」から始まる。

自分の担当者のいない大きい会社の窓口に電話してたらい回しの時のような
お互いどこまで話わかってるんだろ...という効率の悪さに少し近い。

だからと言って彼らが心の論理を獲得していないかというと
全くそんなことはない。
感情のロジックにも認識にも、数かぎりない種類があり、
どんなロジックを持つか、どの認識能力の長短がどう功を奏しているかは
人によってそれぞれ違うのだ。



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