STILL LIFE

近親者への連絡

自我パイ

2017-03-19 | 日記
‪倫理・道徳のこと - 名もない花
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/70915/69672/112453838‬

この「"わけ"(ストーリー)」と言っているものが「物語」であり
"心"の論理というものであり、
猪瀬さんか伊東氏の言っていた「本質」というものである。

新道徳論。
自我パイ、という言葉。
以前は、パイの一人食いは許されず
親や家族に分け与える分、親戚、地域の人、果ては国に分け与える分
とほとんど配ってしまって残りは僅かだった。
自己利益だけ追求しては生きられなかった。
その代わり、人に分け与えた分同じだけ自分も貰えたし、
もし自分が人に与えられない困難な事態が起きても
人から充分もらって生き続けることができた。
今はパイをくれるのは親しかいない。
パイをくれる人の少ないのを「寄る辺なき社会」と言う。
どれだけ自我パイを独り占めするようになっても、
親が子供を育てることだけは最後まで残った。
その親から子への自我パイの分与さえ、親が渋るようになり
育児を究極まで外注するようになる。
お金を払って有償でやってもらうというのは、
自我パイをもらっていることにはならない。
自我パイの独り占めが、今のあらゆる道徳の問題の
全ての根源である..と。
全くその通りと思う。





少し前にはごく普通だった、パイの交換という行為が
驚くほどすっかり忘れ去られてしまい、
全ての人間関係がお金絡みにとって代わられてしまった。
お金の絡まない人間関係は、逆に不審がられるようになった。
パイの分け与えという感覚をそもそも知らない世代さえ増えてきた。
自我パイとはようするに無償の愛のことで、
これを愛を知らない社会と呼ばずに何と呼ぼうかという。


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 関ジャニ横山 | トップ | 野焼き »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。