STILL LIFE

近親者への連絡

子供に何を教えるか

2017-06-14 | 日記
「のびのび子育て」パックンのインタビュー。
子供二人、地元の公立小学校に通っている。
パトリックは、日本の学校教育は素晴らしいと思っている。
学力レベルが高いだけでなく、道徳や集団生活のマナーも
指導してくれる。
アメリカでは予算も時間もほとんど割かれていない
音楽や芸術などにも力を入れていて、レベルの高さに本当に驚いた。
私もそう思いますよ本当に。

欠けている点があるとすれば、先生が一方的に情報を伝えるだけ
先生の発言量が圧倒的で、生徒に疑問を投げかけ考えさせる、発言させる、
或いは子供同士で意見をやり取りすることが少ない。
大人しく座って先生の話を聞くというスキルは身につくが
自分で考えたり、自分の意見を言う能力を伸ばすということでは
改善の余地があると。
これは低学年なら改良されてきている気がする。
でも親は本当にそう。子供たちが大人しく黙って
じっと座っていないと途端に不安になるらしい。

ちなみに新入社員の均一性について、
一体誰がそれを要求しているのかといえば
とりもなおさず私らの世代なんだよね。
40代にもなれば会社で責任ある役職についているはずで
人事でどういう人を取るか決められる立場でしょう。
なんだかいつまでも若者の気分で
「個性がない」と人が言われるのを聞くと
「"おっさん"たちが抑圧するからだ」
とまるで自分が"大人たち"から言われたみたいに反発するけど、
自分の子供に教育するのでも、そう振る舞わなければいけないと
教え込んでいるのは親の世代。
つまり個性を消し、同調性の高い子を優れた人として選んでいるのは
いつの間にか大人の立場である、私達自身なのだった。
私達世代が実際に若かった頃、散々小馬鹿にし、忌み嫌った父親の世代と
なんのことはない、全く同じように子供を教育している。
人は親をいくら恨んでも、結局親にされたのと同じようにしか
子供を扱うことができない。
これが難儀なところよねえ。

でも、均質性の追求自体は仕方がないと思う。
資本主義は結局、他社、外国など他集団との戦争なので、
自軍の兵隊に同じ背景、同じ思想を持ち
団結、信用できる同質な人間を選ぶのは
当然と言えるし
チャップリンのモダンタイムスのように
機械部品として瑕疵のない均一な製品を選ぶのが当然なのだ。


昔これまた宮台さんの本に
新興住宅地の中流家庭の「見栄の張り合い」方
についての研究というのがあった。
全員が一部上場企業勤めのご家庭の、自家用車の選び方。
いきなりアメ車とかポルシェみたいな突き抜けた外車に乗ってたら
競争にならない、ルール違反なので仲間に入れてもらえない。
国産車、セダンという枠の中で、よその家より少しだけ高価な車を選ぶ、
その僅かな差異を競うんだそう。
こういう微妙な競争は、学校選びや会社などにも適用される。
そのルールの延長先にリクルートスーツもあるのだろうと思う。
ほぼ同じ、というのが大前提のルール。
その同じ中で、当事者たちだけに通じる僅かな違いを競う。
それが彼らにとっての個性であり自由、ということだったかと。
経済水準や学校教育など、背景の大きく異なる人はそもそも選ばない。
背景が違ってしまうと、話が通じないので、自由が失われてしまう。
なので仲間に入れてもらうため、皆ギリギリまで同質性をアピールすることになる。



この先、今ある仕事の半数は消滅するとも言われている時代に
何を教えるべきか。
「特定の技術を磨いたところで、そのスキルが全く不要な世の中に
なっているかも知れません。
パソコンのプログラミング技術をどれだけ学んだとしても、
パソコン自身がプログラミングまでこなす世の中になっていれば、
そのスキルはもう何の役にも立たない、ということにも。」

まったく。
というか将来をちょっとでも真剣に考えれば、ここまではすぐに思い至るはず。

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