仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

信教の自由

2017年02月12日 | 都市開教
昨日(29.2.11)、櫻井 圀郎(日本の神学者、神学校教師、神学博士、法学博士。元東京基督教大学教授)先生とお話する機会を得た。
この方は、京都仏教界の拝観料告訴等、多くの宗教法人裁判に関わってきた人で、ご著書『教会と宗教法人の法律』( 2007/3)について、一昨日紹介したところです。

短い時間でしたが、自分自身が信教の自由について、無知であるというよりも、関心を寄せていなかったことを自覚しました。『教会と宗教法人の法律』に、信教の自由について、宗門校(宗教団体が運営する学校)であっても、所属生徒の礼拝等の拒否は守られるべきものであるといったことが書かれているので、その点をお訊ねした。

「当然です。信教の自由を守らなければならない学校が、信教の自由を守らなくてどうなりますか。東京基督教大学に所属した最初のことは、それが問題となりました。礼拝を強要したり、礼拝を単位にしたり、当初は理解してもらうのに苦労しました」(意趣)とのこと。

名古屋のペット霊園の課税問題でも奮闘されたようで、ペット霊園が宗教行為でないと判決されたために、その後、ペット霊園が一般の営為行為となったために、ペットへの追悼行為の尊厳性が失われ、物を扱う商売のようになったと語っておられました。

信教の自由の本質は何か、今度お会いしたら訊ねてみます。
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