仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

神話と意味

2017年07月17日 | 浄土真宗とは?
『神話と意味』(クロード・レヴィ=ストロース・訳者大橋保夫)を借りてきて読みました。
この本で語る神話とは、聖書もむくめて「無文字民族」(未開民族)で語り継がれている神話には、人類共通の秩序を見て取ることが出来るというものです。

私は、無量寿経の法蔵菩薩の物語の解釈に参考になるかと思い読みましたが、あまり共通性はないようでした。少し、本の記述を紹介しておきます。



 「…神話はすべて、自然が与える混沌たる事実に知的意味を与えようとする弁証法の試みである」

「神話の物語は気まぐれで無意味で不条理です。とにかく見たところはそうです。にもかかわらず神話の物語は、世界的に反復して現れてくるように思われます。(中略)私の問題は、この外見上の無秩序の背後に、ある種の秩序があるのではないかと探ってみること、ただそれだけでした。」

 「…神話が人間に与える重要なものがあります。自分が宇宙を理解できるという幻想、宇宙を理解しているという幻想です。」


「私たちの社会では、神話に代わって歴史がそれと同じ機能をはたしているのだと言ってしまっても、それは私の信じるところをあまりはずれておりません。文字や古文書をもたない社会においては、神話の目的とは、未来が現在と過去に対してできる限り忠実であること―完全に同じであることは明らかに不可能ですが―の保障なのです。ところが私たちは、未来はつねに現在とは異なるものであるべきだ、ますます異なったものになってゆくべきだ、と考えます。…私たちの心のなかで、神話と歴史のあいだにはある断絶が存在します。しかしながらこの断絶は、歴史の研究によっておそらく打ち破られるでしょう。ただしそれは、歴史を神話から切り離したものとは見なさず、神話の延長として研修することによって可能になるのです。」

現在が歴史によって意味づけられるとうに、現在が神話によって意味づけられるということでしょうか。神話が混沌な世界に秩序をもたらす機能がある。

法蔵菩薩の物語の、今冬たる私の闇の世界が、仏になる私として意味づけられるということなのでしょうか?
ジャンル:
きいて!きいて!
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« キラリ頑張る宗教者 | トップ | 他人の不幸を願う人 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。