仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

亀井勝一郎氏の話

2017年06月16日 | 浄土真宗とは?
寺報の法話原稿です。

『日本書紀』には、徳・慈・仁という漢字を、“うつくしび”と訓読しています。飛鳥・平安時代の人たちは、「美」という文字に対して、“自分より弱い者に対して抱くいつくしみの感情”を読み取っていました。その美を姿として表現したものが仏像です。仏像の美は、慈しみの表現でもあります。

昭和の評論家である亀井勝一郎(1907-1966)氏の話です。亀井は函館の富裕な銀行家の長男として生を受けています。中学に通うある雪の朝、亀井は、金ボタンのついた極めて上等な羅紗服に、暖かい外套にくるまって家を出ようとした。そのとき、玄関で電報配達の少年と出くわします。彼は小学校の学芸会で共演したある同級生でした。つぎはぎだらけの地厚な木綿布の服を着、地下足袋をはいて、ひびだらけの手に電報をもっていた。この偶然の再開に、ふたりははにかみながら微笑を交わし、少年は「君はいいなあ」という言葉を残し冷気のなかに去っていきます。
 以後、亀井の心に、この出来事は、富める者の負い目として刻まれます。東京帝国大学の美学美術史学科にすすみ、この富める者の負い目は、学内でのマルキシズムの政治活動へと向かわせます。そして、治安維持法容疑で逮捕、2年半にわたる獄中生活です。亀井21歳の舂のことです。
思想転向の上申書を出して出獄するが、思想転向への煩悶に苦しみ、昭和12年秋、自己の再生をはかるべく大和路におもむきます。
亀井は、中宮寺の如意輪観音の思惟の御姿を見て、その深い瞑想の姿、半眼の眼差し、柔らかい指先の技巧の見事さに、一切の惨苦を征服した永遠の微笑を認め、今までの煩悶を忘れ、ありのままの自分を受け入れる扉が開かれます。
その時の感動を『大和古寺風物詩』に「一切の惨苦を征服したのちの永遠の微笑でもあろうか。いま春の光が燦爛とこの姿を照らして、漆黒の全身がもえあがらんばかりに輝いて見える」と記しています。美が貨幣価値で計られる昨今、慈を“うつくしび”と訓読した飛鳥の時代の人々の豊かさが思われます。

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