仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

京枡

2016年11月07日 | 日記
久しぶりにNHK大河ドラマ『真田丸』を見ています。

ラジオ深夜便「明日へのことば」で、以前『真田丸』の時代考証人が講演したことがあります。その時聴いたのか、真田丸4月17日(日)に放送された第15回で、予てから計画していた検地がなかなかうまく進まない、それは各地方によって米の量を図る升の大きさがバラバラだからだ、という議論がされていました。

そこで秀吉が、じゃあどうすればいいかと、主人公の真田信繁(幸村)に訊ね、信繁は「枡の大きさを統一すればいいのではないでしょうか」と答え、升の大きさを全国で統一することになった、とありました。

これはネットで見ると、各地は今まで通りの枡を使っていたが、その枡を統一したというよりも、公定計算枡の升を京枡として、京枡に換算して計量したということが正しいようです。

以下はネットからの無断借用です。

「京枡」とは、畿内一帯で行われた「京都十合枡」のことで、10合=1升となる十合枡(じゅうごうます、十合斗)です。永禄11年(1568年)に上洛した織田信長は「京都十合枡」を領国内統一の枡として採用し、豊臣秀吉も太閤検地の石盛決定や年貢徴収の際にこの枡を用いたとあります。

米の単位は、兵一人が1食に食べる米の量を1合とし、兵一人が概ね1年間に食べる米の量1,000合(1合×3食×365日≒1000合)を1石とされ、石高は軍事動員力を示す単位としても用いられるようになったともあります。また、1石の米を収穫できる田の面積が1反だそうです。

勉強になりました。

検地の折りに使う竿を、間竿(けんざお)と言うそうです。長さを測るための竹製の竿で検地竿(けんちざお)ともいう。とあります。

間竿には1尺ごとに目盛りが振られ、両端はすり減らないように銅で包まれていた。とあります。

間竿の長さ、すなわち1間の長さは、地域によって違いがあったが、おおむね6尺5寸であったが、やはり上記の太閤検地の際に全国で6尺3寸に統一され、江戸時代には6尺1分と定められ、明治時代に6尺(尺 = 181.818182 センチメートル)と定められた。とあります。
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