仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

与格構文

2016年10月01日 | 日記
本日(28.10.1)より、本願寺では伝灯報告法要。8時30分出発で法要に参拝してきます。

さて引き続き『群萌』からの話題です。佛木道宗(福井市笹谷町本覚寺)氏が、「与格構文」(よかくこうぶん)について紹介されていました。その部分のみ転載してみます。

『南御堂』(真宗大谷派難波別院発行5月号)で、中島岳志(東京工業大学教授、報道ステーションコメンテーター)氏が、「与格構文」という、北インド地方で使用されているヒンディー語の構文について、次のように語っています。
例えば「私はあなたを愛している」は、「私にあなたの愛がやってきて留まっている」と表現します。「風邪をひいた」にしても「私に風邪がやってきて留まっていること表現するそうです。
 「私が」ではなくて、「私に」と表現するところに注目です。
 中島氏は「自分が合理的に選択したものというより、自分の意思を超えた力が働いている」と捉えます。すると「私が念仏する」を与格では「私に念仏がやってきて留まっている」ということになります。まさしく、私たちが訪ねる聖人の語るところ、如来の「他力」の働きは、そこに通じているのではないでしょうか。
 それはまた、カウンセリングの表現としても「私に、あなたの言葉が、やってきて留まっている・:」となります。
 中島氏は続けて、「言葉が私にやってきて留まっている。私が言葉を所有しているのではない。言葉は私の能力ではない。私が言葉の器なのである。言葉は私に宿り、また次の世代に宿る。私がいなくなっても、言葉は器を変えて継承されていく。(中略)親鸞は『言葉の器』になりきることによって何か表現できると考えた宗教家である」と結んでいます。(以上)

与格を『広辞苑』で引くと〝格の一つ。主として動詞の表す作用を間接的に受ける対象(ニ格)を示すのに用いる。

この主語に「に」をつける与格構文は、親鸞聖人の阿弥陀仏を主格として語る「約仏」、「(私に)廻向したまえり」といった表現と同じ考え方のようです。
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