仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

単輪の念珠

2017年05月06日 | セレモニー
『月間住職』(2017.5月号)に珠数について宗教民族研究者の豊嶋泰國氏が「僧の持ち物とされなかった珠数が必須仏具になったわけ」を執筆されていました。興味のあるところだけ転載し紹介します。

冒頭で、仏教者に不叮欠の数珠と述べたが、実は日本仏教やチベット仏教などの北伝仏教に限った話である。というのはスリランカやタイ、ベトナムなどの南伝仏教では数珠を使用しないからである。
 理由は、南伝仏教の比丘や比丘尼に厳格に定められている持物(所肩物)として三衣一鉢・三衣六物・十三資具衣があるが、数珠は含まれていないためである(『四分律』など)。
 もっとも、北伝仏教系の比丘の十八物においても数珠は入っていない。ではどうして、北伝仏教系の仏教者が数珠を常に持つようになったのかといえば、浄上教や密教の影響によるものとされる。つまり、念仏僧や密教僧が数珠を必ず用いたので広また。中国仏教でも数珠か使われたため、日本には仏教伝来と同時期に伝わったとされている。聖徳太子愛用の蜻蛉玉金剛子(とんぼめこんぼうし)の数珠や、インド僧の菩提僊那が聖武天皇に献じた菩提子の数珠が正倉院に収蔵されている。これらは現存する日本最古の数珠である。


 数珠が庶民の仏具となったのは鎌倉時代以降である。百八顆の三分の一の三十六親の数珠は浄土宗が携帯用として使用する。浄土宗大樹寺(愛知県岡崎市)の第十三代住職登誉が初めてこれを作り、水禄三(1560)年に徳川家康に献じたという伝説がある。(以上)

単念珠は江戸時代からあったということです。徳川家康は単輪の念珠を持っていたのかと興味を持ちました。
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