仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

宗教と科学のあいだ

2017年04月21日 | 都市開教
『宗教と科学のあいだ』 [法蔵館・武田 龍精著]、著者は龍谷大学教授で、浄土真宗を哲学的に理解しようと研究されている方です。

「現代における仏教とキリスト教の衰退」について次のようか書いたおられました。

仏教とキリスト教かともに衰退してしまった根本の原因には次の一点がある。
 このことを七十五年以上も前に指摘したのは、アルフレッド・N・ホワイトヘッドという人物であった。彼は、一九一〇年。パートランド・ラフッセルと共に、数理論理学史上の記念碑的著作と評される『フリンキピア・マテマティカ』(Principia Mathematwa数学原理)を発表した数学者であり哲学者であった。自著『宗教の形成』 (Religion In The Making「 1926」で彼はそのことを論じているのである。
 第一に、仏教もキリスト教も共に、それぞれのうらにみずからの教義を理論的に充分跡づけている哲学をすでに持ち合わせていると主張してきたこと。すなわち教義や哲学的な理論のうえに安住し、ともに閉鎖的な姿勢を取り続けてきたこと。
 第二には、ホワイトヘッドが第三の伝統と呼ぶ「自然科学’」に対して、キリスト教はあまりにも闘争的な態度を取ってきたし、仏教はあまりにも無関心な態度を取り続けてきたこと。(以上)

さらに次のように西谷啓二の言葉を引用して紹介しています。

西谷によれば、宗教と科学とが相克関係にあるのは、両者を媒介するような哲学的立場がいまだ確立されていないだけである。本来、理性の立場に立つ哲学は、宗教の貫性的立場にも、また科学の悟性的立場にも、ある意味において同じように連なっており、両者を内面的に媒介する立場にある。しかし、いまだそのような両者を媒介できるような「新しい哲学」の立場が、理性のうちに打開されていない。「新しい哲学」の成立にこそ、宗教と科学とが再び統一される地盤か成り立つ可能性があると、西谷は、宗教と科学との積極的な統一の可能性を主張する。(以上)

仏教哲学という分野がありますが、真宗を哲学的に理解する学問がもっと盛んになっても良いのでしょう。
上記の本は、その研究書です。
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