仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

弱さの思想

2017年07月27日 | 日記
“弱者に優しい社会を”、毎日新聞夕刊(29.7.26)の一面です。昨26日が、障害者施設「津久井やまゆり園」ので入所者殺傷事件から1年を迎えた報告記事でした。

“弱者に優しい社会”、大事なことであり言わんとするところは分かりますが、本来、「弱者に優しい」という考え方には、“これが弱者”と弱者を固定してしまうので、考え方としては不十分です。これは障害者も同じです。弱者が弱者の意味が見出され、差別なく受けいられていく社会が理想です。その為には“弱者”の中になる、普遍的な価値のようなものが見出され行く必要があります。少し、“弱者”について書いてある本を紹介し、理解を深めたいと思います。


『弱さの思想』(高橋源一郎・辻信一)。この本は二者の対談集ですが、“弱さ”の中にある重要なキーワードを探るといった対談で、「弱くある知恵」の重要性を指摘しています。対談者の高橋氏は、弱さの研究をやっていて感じたこととして、 “「おかげさま」とか「ありがとう」といった感覚にこそ人間の本質であり、またその弱さが共同体の中心にもあるのでしょう”と述べています。またイギリスの「こどものホスピス」が紹介され、死んでいく子どもという最弱の存在がまわりを変えると次のようにあります。“死んでいくこどもっていうのは最弱の存在でありながら、周りを変える力があるんです。真ん中にいる子どもたちに、みんなはやさしい視線を注いでいる。そして、みんな物静かで、多分ずっと考えてるんです、いろんなことを。そして、不思議なことに微笑みを絶やさない。…一番弱い存在の子どもが、周囲をそういうふうに変えていくわけですね”。 “弱さ”は決して否定されるべきものではなく、その“弱さ”から生まれていく恵みに焦点を当てた本でした。

毎月開催している「がん患者・家族語らいの集い」も、この弱さをありのままに認めて行くことを大切にしています。その弱さを肯定する営みの中に、自分を支えてくれている存在や、すでに恵まれていることや、その弱さを肯定していける考え方などが見えてきます。
しかし人は、自分の“弱さ”を直視することが苦手です。直視することを避けたり、自分の中にある強い部分に依存しがちです。弱い自分を弱いままにさらけ出すことは、弱い自分を肯定してくれる場の力や考え方が必要なのでしょう。
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