書店で求めた『ひとまず、信じない - 情報氾濫時代の生き方』 (中公新書ラクレ・押井 守著)の序論に、次のような言葉がありました。
ネットの中には惡竟に満ちたデマが飛び交っている。50%外れる天気予報と、100%外れる天気予報はどちらが信用できるか。よく冗談で言われることだが、もちろん100%外れる天気予報の方が信用できる。予報と遠の天気を予測すればよいからだ。(以上)
100%外れる天気予報は、100%当たる天気予報と隣り合わせにあるということです。何か、浄土真宗の「(凡夫は)絶対に救われないから(阿弥陀仏に)救われる」の論理に似ていて興味深い。浄土真宗では、救わなれないことが明らかになるという救いです。100%当たらないということも、その中にある種の覚真があります。100%という覚真です。
ネットの中には惡竟に満ちたデマが飛び交っている。50%外れる天気予報と、100%外れる天気予報はどちらが信用できるか。よく冗談で言われることだが、もちろん100%外れる天気予報の方が信用できる。予報と遠の天気を予測すればよいからだ。(以上)
100%外れる天気予報は、100%当たる天気予報と隣り合わせにあるということです。何か、浄土真宗の「(凡夫は)絶対に救われないから(阿弥陀仏に)救われる」の論理に似ていて興味深い。浄土真宗では、救わなれないことが明らかになるという救いです。100%当たらないということも、その中にある種の覚真があります。100%という覚真です。