○日本は侵略国家であったのか
田母神俊雄氏の「日本は侵略国家であったのか」と題する論文が話題となっている。
田母神俊雄氏は,「防衛省航空幕僚長 空将」という肩書きを有していた方で,その論文は,アパグループの懸賞論文の最優秀賞を受賞したという。
さて,その論文は,アパグループの
サイトでも見ることができるが,「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣だった」ということを一生懸命に訴えようとするもののようである。
ここで,侵略国家であったか否かについて,筆者として思うのは,まず,近現代における国家の舵取りというものは,国内状況のみならず諸々の世界状況の影響下で行うことになるわけだから,戦争ということについても,単なる強盗集団が一方的に仕掛けた現象としては起こりえないであろうということがある。
そういう意味からすれば,日本が戦争を行うに至った諸々の状況を分析し,侵略国家ではなかったと論じることも可能であろうし,そのように論じることにも意義はあるであろう。
また,侵略国家であったか否かについて,筆者としては,もう一つ思うことがあって,それは,少々憂鬱な話である。
すなわち,日本が本物の侵略国家であったならば,あくまで計画的に侵略を行おうとしたはずであり,かつてのように,無謀なまでに戦線を拡大し,補給もままならぬ状態となって,徹底的に敗北し,無条件降伏に至るというような結果にはならなかったであろうということである。
そういう意味では,日本は,到底,本物の侵略国家ではなかったといい得るであろう。
○罠にはまることへの評価
さて,上記にて,日本が侵略国家でなかったと論じることにも意義があると述べたが,公の場に示すとなれば,論じる者の立場によって相応しい論じ方というものがあるのではないかと思う。
この点,筆者が田母神氏の論文で気になったのは,以下の箇所である。
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我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきてなくなって1937年8月15日,日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為,今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。(p1・2)
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さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために,遂に日米戦争に突入し3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった,日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では,日本を戦争に引きずり込むために,アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。(p5)
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ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため,日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。(p6)
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要するに,日本は,罠にはまって戦争に引きずり込まれた被害者だということを繰り返し述べているのである。
筆者としては,一般人の感覚ということであるならば,罠にはめた方が悪いのであって,はめられた側は被害者だという言い分は,あり得ると思う。
しかしながら,自衛隊最高幹部であり国防の重責を担っている筈の人物において,このような発想があるというのは,情けない話であり,また,空恐ろしい話なのではないかと思う。
プロとしての発想ということであるならば,むしろ,国際社会が裏切りと騙し合いが横行する(もちろん,信義も重要であるが)世界であることを前提とし,罠にはめられる方が問題(倫理的観点からの悪ということでなく,戦略的能力の劣であること)なんだという観点に立つべきで,「引きずり込まれた被害者なのである」ということは恥ずかしいことと思わなければならないのではないか。
それにしても,田母神氏の論文を読むと,日本は,コミンテルンの陰謀の罠にはめられまくりであり,そして,罠にはめられまくったことについての問題意識が,現在においてもなお自衛隊最高幹部において欠如しているということを,世界に露呈しているかのようである。
それはすなわち,日本という国は,相変わらず,簡単に手玉に乗せて罠にはめることのできる愚かな国というメッセージになってしまっていたのではないか。
敢えて,自衛隊最高幹部の肩書きで世の中に論文を出すのであれば,かつて罠にはめられたという認定はそれはそれでいいとしても(ただし,あまり陰謀論的なものはレベルの低さを感じさせるであろう),その上で,そのことを十分に問題視しており,現在においては,すでに格段に強力な情報機関が機能しており,相当高度な戦略を実施できる体制ができているというようなことを(多少ハッタリを含ませながらも)述べて,「甘く見るなよ」というメッセージを打ち出してもらいたかったものである。
○占領の巧拙
また,田母神氏の論文に,以下の記載がある。
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我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。(p2)
----引用終了----
田母神氏の論文では,さらに,日本が現地のインフラ整備を行い,大学を設置するなど教育にも力を注ぎ,皇室と李王朝との婚姻関係等について触れた後,以下のように述べる。
----引用終了----
これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは,列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ,フランス,アメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え,大和,朝鮮,漢,満州,蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。(p4)
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確かに,日本の植民地統治は,概ね穏健なものであっただろうと思う。
しかし,それではなぜ,日本ばかりが,後々まで反感を抱かせ続けることとなったのか。
この点については,「THIS IS 読売」1994年8月号の「闇に葬られた皇室の軍部批判 参謀・三笠宮の”危険文書”発見 「読めなかった中国人の心」」と題する記事において,三笠宮殿下が次のように述べておられる。
----引用開始----
一年間の中国勤務中に,日本軍が占領していた主要な場所にはほとんど派遣されました。そしていろいろ見聞しました。その結果,民族心理や風俗習慣などが,日本人と中国人との間でこんなにも違うのかとびっくりしました。日本軍の残虐行為によって,中国人が反日になったのは誰にもよくわかりますが,民族性の相違から,日本人が中国人のためになると思ってやった善意の施策が,中国人にとっては迷惑至極だったり,我慢できないことだったりしたのは,まことに残念でした。
牛や馬などを連れていく時に,日本人は先に立って手綱で引っ張りますね。中国人なら綱をつけないで後から追っていくでしょう。また鵜飼いでも,日本では鵜匠が首にほそびきをつけたたくさんの鵜をあやつります。その技術はすごいと思いますが,中国ではひもをつけない鵜でさかなを捕っています。人間に対する扱いもこれと同じです。
----引用終了----
上記は,1934年当時,三笠宮殿下が若杉参謀の名で支那派遣軍参謀(大尉)として南京に派遣された際の様子である。
なお,派遣当時に書かれた文書として「綿鉄集」というものがあり,そこには以下のように書かれている。
----引用開始----
一,日本と英米の対華政策の差異
中国人は「水」である。いかなる器物にも調和できる。
米英人は「綿」である。肌触りは至極微温的で,いつ水中に入ったのかさえ気づかせない。そして綿が自ら離れる時は,綿は一杯水を吸い込んでいる。
日本は「鉄」である。水に対する威圧は異常なもので,絶対的な圧迫を感じせしめる。しかし鉄が水から離れた時に付着する水量は僅かに数滴にすぎない。
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日本がこの先,植民地統治をするということはあり得ないであろうけれども,この「綿」と「鉄」の問題意識は,振り返ってみる価値があるのではないかと思う。
○「政治に拘らず」
田母神氏の論文については,いろいろなことを考えさせれられてしまうが,今ひとつ,そこには,日本は素晴らしい国なんだという非常に強い思いのようなものが感じられる。
それは,純朴と言えば純朴ということなのであろうけれども,あまりにウブでありすぎるようにも思い,違和感を感じてしまうのである。
ただ,そのウブさというものについて,もしかしたら必然性のあることであるのかもしれない。
筆者なりの推測であるのだが,自衛官というものが,いざとなれば国のために命を捧げる職にある人間であるとすれば,国というものに対して,自らの命を捧げるのに十分な価値あるものと信じたいという欲求を,相当強く有することとなるのかもしれない。
もしかしたら,真面目なタイプほど,そういう欲求は強くなるのかもしれない。
そして,自らの命を捧げるに相応しい価値ある対象ということになれば,それは,神聖で邪悪さのない善なるものそのものとしての「国」という観念を生じることとなるのかもしれない。
ただ,それは勿論,非現実的なことであり,それ故にこそ,「政治に拘らず」ということが求められることになるのであろう。