皇居の落書き

東宮家を応援するということを基本的なスタンスとしていますが、東宮派ではありません。

民主党の公式:無能×無能=無敵

2011-06-04 01:32:02 | 筆者のつぶやき
それでも、あと数年の未来からしてみれば、今は天国なのであろう。

戯言ですよ。
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休業中

2011-02-16 23:34:16 | 筆者のつぶやき
皆様,ご無沙汰しています。

ブログも更新できず,

申し訳ございません。

私はこのところ,

実生活での行き詰まりにぶつかっており,

パソコンに向かう気力も失せております。

どん底の状態に陥れば,

それはそれで世の中についての新しい観察があるのですが,

経験しないで済むのであればしないに越したことはない,

というようなこともありますね。

そんな風に思ったり,

いろいろです。


このブログでテーマとしている皇室の問題については,

小林よしのり氏が,

ずいぶんと頑張っておられ,

希望を感じています。


それにしても,

日本の将来には,

不幸な予感が募るばかりで,

困ったことですね。


近々,再起を図り,

ブログも再開するかもしれません。

そのときは,

よろしくお願いします。
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このブログも6周年

2010-08-27 01:00:08 | 筆者のつぶやき
このブログは,平成16年8月24日にスタートしたので,すでに6周年が経過してしまった。

ただ,ブログの開始当初に比べ,本当に,日本の将来がよく分からないというか,ますます難しい状況になりつつあると,感じてしまう。

できるだけ,新しい発想を試み,頭の切り替えも必要となってくるのかもしれない。

ただ,それでもなお,堪え忍び続けねばならない試練の時代への覚悟ということは,どうしても必要となってくるのであろう。


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戦前責任

2010-08-16 00:44:06 | 筆者のつぶやき
平成22年8月15日の東京新聞において,山口二郎氏の「平和の裏で」と題するコラム記事が掲載されている。

後半に,以下の記載がある。
----引用開始----
今の日本は,戦争をしていないという意味では平和を謳歌している。しかし,沖縄では多くの住民が米軍基地の圧迫に苦しみ,若者の中には閉塞感のあまり希望は戦争と叫ぶ者もいる。
平和の現状に対する不満や怨念を生み出し,それを無視することは平和を掘り崩すことにつながる。われわれの世代は平和を望んでいるはずだが,知らず知らずのうちに戦前を準備しているのかもしれない。
後世の人々から戦前責任を問われないよう,心したい。
----引用終了----

戦前責任という問題意識は,とても鋭いものであると感じる。
今の日本の状況は,まだまだそこまではというところだと思うのではあるが,ただ,ある段階まで進んでしまえば,もうどうにも止めようが無くなるということになってしまうのであり,それでは手遅れであるわけである。

ここで,この,どうにも止めようが無くなった段階の社会がどのようなものであるかについては,多くの資料があるであろうけれども,その一つとして,以下に引用(「W.ハイゼンベルク著「部分と全体」より)する1933年におけるハイゼンベルク氏と若い国家社会主義の学生との対話は興味深いものであると思う。

これは,ハイゼンベルク氏が大学の先生で,学生の運動に対しては冷淡なスタンスであり,それに対して,学生がハイゼンベルク氏を引き込もうとするという文脈の中でのやり取りである。

学生
「(略)この前の戦争以来,世の中は年ごとにますます悪くなっていく一方でした。われわれが戦争に負けたことも,相手方の方が強かったということも,真実です。そしてそのことは,われわれにそれから何かを学ばねばならないということを意味しています。しかしそれ以後,何が起こりましたか?ナイトクラブとキャバレーを作りました。そして骨を折ること,努力すること,犠牲を払うことは全部軽蔑されました。何とばかげたことでしょうか!戦争は負けた!楽しみたまえ!ここに酒があり,美しい女がいる!そして経済界では,想像を絶する賄賂が横行しています。払わねばならない賠償のためにか,あるいは,人々が一層多くの税金を支払うにはあまりにも貧しくなったためか,政府の財政が苦しくなったときに,政府はお金を単純に印刷しました。それがなぜいけないのか,とおっしゃるのですか?多くの年老いた弱い人々が,それによって彼らの最後の財産をだましとられ,その上,飢えに苦しまねばならなかったのに,それを誰も本気になって心配してやりませんでした。政府は十分なお金を持ち,金持ちはますます金持ちになり,貧乏人はますます貧しくなりました。そして最近の一番ひどい背徳的スキャンダルには,いつも決まってユダヤ人が一枚加わっていたということを,あなたは認められるに違いありません。」

ハイゼンベルク氏
「そしてそのことからあなたは,ユダヤ人がある特殊な人間であると見なし,彼らを侮辱的に取り扱い,そして一連の特に優秀な人々をドイツから追放すること等を正当化しようというのですか?なぜあなた方は,信仰の種類や人種に無関係に,不正を働いたものを罰することを,裁判所にまかせないのですか?」

学生
「なぜならまさにそのことが行われなかったからです。とにかく裁判所はずっと前から政治裁判所になっていて,それはただ昨日の腐敗した状態をなんとか永続させようとし,全民族のためを考えないで,ただひたすら今までの支配階級だけを保護しようとしました。考えてみてください,最もひどい買収,醜聞に対してさえいかに寛大な判決が下されたかを。崩壊の気風は他の多くの所でもよく目につきます。現代的な芸術展では,最もばかげた完全に精神的に混乱したものが,高度の芸術として賞賛せられ,そして単純な人がそれを気に入らないと感じでもすれば,彼はこんな風に言われました。”おまえはばか過ぎるからそれがわからないのだ”と。国家は貧しい人々のことを心配してやったでしょうか?誰も飢えることはないように,立派な社会的な配慮がなされているのだと主張するでしょう。しかし貧しい人々に,それ以上彼らの世話をやかなくてすませるために,彼らが飢えることはないだけのちょうどぎりぎりのお金を与えることだけで十分でしょうか?われわれが実際それを改善したということは,あなたも認められるに違いありますまい。われわれは労働者とともに坐り,われわれは彼らとともに同じナチス突撃隊の訓練を受け,われわれは食料品や衣類を貧者のために集め,労働者とともにデモ行進をしました。われわれが彼らの生活に参加したとき,彼らは幸福であるということをわれわれは肌で感じ取りました。それはとにかく一つの改善です。過去14年間にわたって各人はただ自分の懐のためだけに働きました。ちょっとでも他人を追い越すことができるように,隣の人よりいくらかでもましな洋服を着ること,居間の調度をいくらかこぎれいにととのえること,それだけが生きがいでありました。そして国会の議員諸公は,できるだけ多くの物質的な利益を,自分の属する政党のために絞り出すこと以外には,何をしようとする意志も持っていませんでした。ただひたすらに自分自身の富だけをますますふやそうとして,各人が他人の利欲を非難しました。社会一般のためということについては誰一人として考えてみもしませんでした。そして一致が得られないときには,喧嘩したりインクびんを投げつけたりしましたね。そういう状態は事実,収拾されました。そのことは,何と言っても不幸なことではありません。」

ハイゼンベルク氏
「ドイツ民族は1919年以後になって,初めて自分たち自身で治めることを学ばねばならなかったということ,もはや当局の権威による公正な裁決がなされないときには,他人の権利を自由意志でもって尊重しなければならないことを会得するのは,なかなかそう簡単ではなかったということをあなたは一度も考えてみたことはないのですか?」

対話は,まだまだ興味深く続いていくのであるが,引用はこれぐらいにしておこう。
以上の内容は,もちろん当時のドイツ固有の状況を反映しているものではあるが,それにしても,10年先の日本のどこかで,上記学生と同じような情熱の持ち主による主張がなされて,それが人々の心を打つというようなことになってしまうのか否か。

スカスカの日本となって,そのスカスカであること自体からは,特段の被害が生じなかったとしても,ひとたび,ちょっとした政治的,経済的な衝撃が起これば,連鎖的な崩壊が生じ,多くの人が苦しみを感じることとなってしまうに違いない。
その場合,大きな負のエネルギーが生じることともなって,国家のまともな舵取りができなくなってしまうという可能性も,十分にあり得ることであると思う。

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朝鮮王室儀軌の引き渡しについて

2010-08-11 00:36:15 | 筆者のつぶやき
平成22年8月10日に,日韓併合100年に当たっての内閣総理大臣談話が閣議決定された。

百年前に始まりそれから36年間続いた「植民地支配」に対するお詫びの趣旨であるが,未だにかつての植民地支配について,謝罪談話を発している国というのも,日本ぐらいであるかもしれない。

ただ,地理的に近い国同士の関係というものは,そんな簡単には,蟠りも解消できないものであるのかもしれない。
例えば,近所で発生したトラブルへの対処の難しさについて,心当たりのある人も多いであろう。

ところで,この談話の中で,「日本が統治していた期間に朝鮮総督府を経由してもたらされ,日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌等の朝鮮半島由来の貴重な図書について,韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います。」という箇所があり,テレビなどでも随分と報じられている。

朝鮮王室儀軌は宮内庁が保管する国有財産であるため,引き渡しには国会の承認が必要であるとのことであり,今後,議論になりそうである。

筆者としては,返還せよという圧力に屈しての返還であるなばら実施するべきではないが,日本側の器量として,日本側が主体的に引き渡しをするということであるならば,問題はないのではないかと思う。

将来に向けて,問題を引きずることのないよう,引き渡しの範囲についてきっちりと明確にしておくということは必要であろうし,そのためにも,主体性のある引き渡しへの取り組みということは,必要となるであろう。

おそらく,いわゆる保守派などは,反対の主張を行うのであろうけれども,そもそもが,朝鮮王室儀軌については,日本にとってどうしても必要な宝というわけではないであろう。

であれば,あまり反対などして,中途半端に,嫌々ながら引き渡すというようなことになるぐらいであるならば,むしろ,すっきりと引き渡しをしてしまう方が,よいであろう。

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スカスカの日本

2010-08-09 00:16:02 | 筆者のつぶやき
今年の始めから,次々と報じられる,児童虐待死事件。

また,最近では,所在不明の高齢者のことが,連日,報じられている。

それぞれ,個別の事件においては,それぞれの事情があるのかもしれないが,これだけ件数が多いとなると,現在の日本の共同体としての実質が,スカスカになってしまっているということは,認めざるを得ないのではないだろうか。

昔から,悲惨な事件というものはあっただろうけれども,それにしても,何とも言えない,暗い予感のようなものを,感じてしまうのである。

スカスカ化が進んだ後,一つ大きな衝撃が加われば,バラバラと崩れ去ってしまうかもしれない。
その時に,もう一度,立ち上がろうとする力が,沸き上がることがあるのだろうか。

あまりスカスカ化が進んでしまえば,このブログでテーマとしているところの,皇室という御存在についても,あまり意味を有しなくなってしまうかもしれない。

そこまで行ってしまうかどうか。

世の中について,大きくは何も変わりはないと思い込むこともできそうだけれども、それでも何かが変わりつつあり,いつか嫌でも直面せざるを得なくなる,というようなことになってしまうかもしれない。

暗い予感から,具体的な危機の認識の上に立った危機感にまで,ごく早い段階で進むことができれば,いいのだろうけれども,なかなか難しい。

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不安と共に

2010-01-04 00:47:02 | 筆者のつぶやき
大晦日までに,何か記事を書こうと思っていたのですが,あまり考えがまとまらず,とうとう年が明けてしまいました。

今もまだ,あまりまとまっていません。

街中にて,お正月の景色を目にすると,何となくお目出度いような,少しホッとするような気持ちにもなったりします。

ただ,それでも,新年に対する漠然とした不安感のようなものを,私は,感じてしまいました。

○東宮家の迎えるこれからの問題について
このブログでは,ここ数年,東宮バッシングの問題を考えてきましたが,昨年中に,随分と状況が変わったように思いました。

西尾幹二氏,保阪正康氏,橋本明氏といった,随分と非道くてお粗末な言論をする人たちもいましたが,かつてのような千代田派を発信源とするバッシングというものは,あまり見られなくなったように思います。

おそらく,ご即位20年の節目ということもあって,皇室内部において,次代の在り方については,皇太子殿下に任せることとし,あまり細かく批判をしないようにしようというような,何か切り替えのようなものがあったのかもしれません。

もちろん,西尾氏のような人たちのバッシングというものは,今後もあるかもしれませんが,もともと,あまり関係のない人たちの,訳の分からない主張については,あまり脅威ではないと思っています。

それよりも,皇室内部の雰囲気が変わったとなれば,それに伴って,新しい問題が生じることになるのではないかと思います。
それは,まず何と言っても,東宮家として,将来の皇室象をどのように形成するのか,そのイメージの具体化を,如何に早期に図るかという問題です。

これは,バッシングに耐えるという以上に,厳しく,難しい問題であると思います。

ここで,将来の皇室象ということに関し,そもそも象徴天皇制の在り方をどのように考えるかという問題があるわけですが,私としては,皇室と無数の国民との関係性ということが基本になると考えています。

すなわち,皇室の在り方は,皇室の意向のみではなく,かといって,国民の意向のみでもなく,象徴天皇制に関わりを有する無数のあらゆる立場との関係性によって,形成されるものであると,考えるわけです。
これは,皇室としてやりたいことをやるということでも,単なる受け身とも,異なるものです。

しかし,このように考える場合,「無数のあらゆる立場」を相手にしなければならない皇室の側の負担は,とても大きなものとなります。

そこで,結局は,どこかで割り切って,自身の主観で判断をしたり,自らの希望を取り入れたり,あるいは受け身に徹したりということをしなければ,何も始まらないということになってしまうのかもしれません。

ただ,皇太子殿下は,この点について,あくまでも,非常に丁寧に,真正面から,模索しようとされてこられました。
そのことは,平成17年2月21日の記者会見における,皇太子殿下の以下の発言にも,よく表れていると思います。

----引用開始----
私は,これまで公務について,皇室としての伝統を大切にしながら,天皇陛下をお助けしつつ,国民の幸せを願い,困難な状況にある人々に心を寄せて,国民と苦楽を共にしていきたいと申してきました。また,時代は大きく変わっており,その時代の皇室として何が求められているかを的確に感じ取り,時代に即した公務の内容を考えていく必要があるとも述べてきました。それは,自分が何をやりたいかという以上に,私たちが置かれている,目まぐるしく変化する現代という時代の中にあって,自分が何をすることが,国のため,そして国民のためになるかということを模索することです。そして,それらは,陛下もおっしゃっておられるように,公務をしながら見いだせるものと思っています。
----引用終了----

ここで,東宮家を応援する立場として,そのような真摯な御姿勢を讃えるということは,ある意味簡単なことではあるのですが,私としては,状況の難しさのようなものを改めて感じるようになりました。

そもそも,皇室と国民との関係性については,どこまで追求しきれるかということがありますし,100%の追求というのは不可能(というよりも,100%という概念自体が,そもそも成り立たないかもしれません)であろうと思います。

そこを敢えて真摯に追求しようとすればするほど,きりのない話となってしまい,いつまで経っても,関係性を踏まえた皇室像のイメージが具体化しないということになる可能性もあると思うわけです。
逆に言えば,早く具体化するためには,適当なところで割り切ってしまうのが近道ということにはなるでしょう。
しかし,適当なところで割り切ってしまえば,象徴天皇制の在り方としては,純度が落ちることになってしまう。

本物を見つけ出すための試みをあくまでも続けるか,それとも,妥協してしまうか。
そういう何とも悩ましい選択の問題ということが,あるのではないかと思うわけです。

○新しいご公務の模索について
ここで,一つの妥協の仕方として最も無難なのは,今の天皇皇后両陛下の在り方を,出来るだけそのまま,そっくりに引き継ぐということが考えられます。

今の両陛下の在り方については,世の中の支持率も高いですし,世襲制という観点からすれば,そのまま引き継ぐことの正当性ということもありますし,また,さすがに,両陛下として真摯に務めてこられたが故の,質の高さということがあります。

妥協という言い方をしましたが,実際に実行するのは大変なことでありますし,大変である分だけ,質の高さが保障されるということでもあると思います。

ただ,おそらくは,今の両陛下の在り方をそのままそっくり引き継ぐべきというようなことは,既にこれまでにも相当に,東宮家に対し,両陛下のご希望としても伝えられたことでしょうし,それが圧力として表れたこともあったのではないかと思います。

しかし,それに対しては,これまたおそらく,皇太子殿下としては,あくまでも妥協はしませんというご姿勢を貫かれたことであるのでしょう。

そのご姿勢は,見方によっては,両陛下の在り方の否定であるとか,軽視であるとか,十分に理解していないとか,そういう風に映ることがあったのかもしれません。
それが,おそらくは,千代田派によるバッシングにもつながったのかもしれません。

さて,バッシングの問題は,今回は,とりあえず脇に置くこととしますが,殿下のこだわりは何かということについて,改めて,考えてみる必要があるように思います。

私としては,殿下において,もちろん,両陛下の在り方のすばらしさは誰よりも理解しているに違いないと思っています。
ただ,殿下としては,将来の皇室の在り方については,象徴天皇制の在り方の追求という観点に遡って,あくまでも,皇室と国民との関係性ということから,捉え直したいという思いがおありだったのではないかと思います。

そして,そのような観点から捉え直し,やはり今の両陛下の在り方に行き着くということになるのであれば,殿下としても,迷わず受け入れられたのではないかと思います。

ただ,この点,将来の皇室の在り方の模索について,実際の作業がどの程度進んでいるのか,私には分かりません。

先に引用した殿下の記者会見でのご発言の中で,「時代は大きく変わっており,その時代の皇室として何が求められているかを的確に感じ取り,時代に即した公務の内容を考えていく必要がある」とあることを踏まえますと,やはり,両陛下の在り方が形成された頃とは,状況がだいぶ変わっているということにはなります。

ただ,そのような時代状況の変化を踏まえて,将来の皇室の在り方として,今の両陛下の在り方をそのまま引き継ぐということでは対応できないという結論に至っているのか,それとも,時代状況の変化ということ自体が,まだまだ把握しきれていないのか。

私の憶測ではあるのですが,もしかしたら,まだまだ後者の段階であるのかもしれません。
このように書くと,東宮家の資質を低くみているように受け取られてしまうかもしれませんが,そんなつもりは全くありません。

それだけ,現在の日本の置かれている状況は複雑であり,時代を読むのが困難な状況にあるということです。

また,象徴天皇制の在り方が,皇室と国民との関係性を基本としている以上,皇室の将来像については,そもそも,皇室の方々個人で考えることが可能な問題ではなく,日本国の将来を考える多くの人々の叡智が必要でした。
しかし,日本国の将来をまじめに考えるような人材は,現在では,ほとんどいなくなってしまった。
そういう問題もあると思うのです。

考えれば考えるほど,難しい。
先に皇太子殿下の記者会見のご発言を引用しましたが,そのご発言の箇所に続いて,殿下は次のように述べています。
----引用開始----
私の公務の在り方については,この一年様々な議論があり,宮内庁参与なども含めていろいろ検討してくれました。私としては,これらを参考にしてよく考えてきましたが,先に述べた基本的な考え方に今も変わりはありません。
----引用終了----

これは何を意味しているのかということにつき,私なりの解釈としては,まず,既に新しいご公務について,宮内庁参与といった相当にハイレベルな方々が,できる限りの助言はされて来られたということが一つあります。
そして,その助言で示された内容自体については,立派なものであったろうとも思うわけです。
ただし,その助言については,おそらくは,従来の皇室の在り方ということにのみ着目し,皇室にふさわしいという観点でのみ考えられたものであって,現在の日本の状況がどうであるか,将来の日本の状況はどのようになるかという観点から遡ったものではなかったのではないか。

そして,そうであるが故に,それは,皇太子殿下が求めているものとは,異なっているということとなり,「私としては,これらを参考にしてよく考えてきましたが,先に述べた基本的な考え方に今も変わりはありません」というご発言につながることとなったのではないかと思います。

私としては,正直なところ,宮内庁参与の方々に同情してしまいます。
彼らとしては,出来る限りのことはしたと思うのです。

しかしながら,改めて考えてみれば,日本国の象徴としての在り方の話であるわけですから,やはり,レベルはどこまでも高く維持するべきであるでしょうし,妥協していいという問題でもないのでしょう。
そもそもの根本的な問題は,今の日本の指導層において,日本国の将来というものを,真剣に考える人がいなくなってしまったことなのではないか。

そう考えると,皇室の将来の在り方の模索という課題は,日本国の将来の在り方ということが背景にあるのであって,皇室の将来の在り方のイメージが具体化しないということは,裏を返せば,日本国の将来の在り方がよく分からない状態にあり続けているということでもあるのであって,いずれ,国民一人一人に降りかかってくる問題となるのかもしれません。

○舵をとる際に必要となるもの
ここで,日本国の将来ということが問題になるわけですが,それを真剣に考える人がいなくなったと言ってしまうと,やや語弊があるかもしれません。
よりよい将来を望んでいるという意味であるならば,むしろそのように考えている人が大多数であることでしょう。

ただ,よりよくなって欲しいという希望ということとは別に,日本国の将来について,あくまでも現実的に考えようとする人がどれだけいるのかとなると,それは極めて少ないのではないか,ということです。

私も,あまり人のことは言えないところがあって,自分の人生について,5年後,10年後どうなるかということについては,何となく今の生活の状態がそのまま続いているということを,無意識のうちに前提にしてしまっているわけです。
今の状態が続くという保障は,何もないのにかかわらずです。
同じような感じの人は,意外と多いのではないでしょうか。

もちろん,このような一個人の将来の話であるならば,あまり大した問題ではないのかもしれませんが,果たして国レベルにおいて,実態はどうなのでしょうか。
この点については,単に私が知らないだけで,実際には,きちんとした客観的予測がなされているのかもしれません。
その可能性を留保した上で述べるとすると,国家の舵取りに際しては,まず,このまま進めばどうなるかということの客観的な予測があって,その上で,そこに何か問題があればそれを回避するという対応策の検討ということになると思うわけです。
そして,この客観的な予測を打ち立てる作業と,問題回避のための対応策の検討の作業とは,それぞれ区別することが肝要であると考えます。
しかし,この点,民主党にしても自民党にしても,客観的な予測と対応策との区別ということは,ほとんどしていないように感じられます。

このことについては,暗い予測となる場合には,既存の政策のネガティブな評価になってしまうという難しさもあるでしょうし,あるいは,日本の社会が今後どうなるのかは自分たちの手で決められるというような間違った全能感によって,客観的な予測を打ち立てることなどナンセンスだという思いもあるのかもしれません。

しかしながら,人口の減少やとどまることのない少子高齢化,あるいは地球温暖化といった,大きな流れともいうべき問題もあるわけで,様々な不確定要素があることを留保した上でも,5年後,10年後のことについては,予測を示すべきではないかと思うわけです。

そして,その予測については,難しい専門用語やら数式でもって,分かる人にだけ分かるように示すのではなくて,国民の誰にでも分かるように示すべきであると思います。
未来を予測するということは,なかなか刺激的な作業ですし,幅広に研究者の見解を求めることで,叡智を集めることもできるでしょうし,また,そのような予測は事後的に検証可能ですので,政策を打ち立てる主体の手堅さ,確かさというものを,国民が知る手がかりにもなると思うわけです。

○あと10年
仮に,今後,将来の予測という作業が行われ,それが定着していくこととなれば,その一つの効果として,皇室の将来の在り方につき,皇室と国民との間において,具体的なイメージが共有されていくことにもなるのではないかと思います。

もちろん,皇室の将来の在り方の把握のためだけに,将来の予測を国家的に取り組むといのは,無理があると思います。

ただ,私の勝手な根拠のない憶測ではありますが,早ければあと数年で,これまで国民の生活を支えていた様々なシステムが破綻し・・・というよりも,破綻という実態に目を背けることができなくなるような状態となり,これまでの人生設計の概念が通用しなくなる時期に入るのではないかと予想しています。

そのような状況となれば,自ずと,日本の将来ということは多くの人々の切実な関心事となるでしょうし,日本国の象徴の在り方についても見つめ直されることとなるに違いありません。
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「侵略国家であったのか」という論文

2008-11-08 01:40:21 | 筆者のつぶやき
○日本は侵略国家であったのか
田母神俊雄氏の「日本は侵略国家であったのか」と題する論文が話題となっている。

田母神俊雄氏は,「防衛省航空幕僚長 空将」という肩書きを有していた方で,その論文は,アパグループの懸賞論文の最優秀賞を受賞したという。

さて,その論文は,アパグループのサイトでも見ることができるが,「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣だった」ということを一生懸命に訴えようとするもののようである。

ここで,侵略国家であったか否かについて,筆者として思うのは,まず,近現代における国家の舵取りというものは,国内状況のみならず諸々の世界状況の影響下で行うことになるわけだから,戦争ということについても,単なる強盗集団が一方的に仕掛けた現象としては起こりえないであろうということがある。

そういう意味からすれば,日本が戦争を行うに至った諸々の状況を分析し,侵略国家ではなかったと論じることも可能であろうし,そのように論じることにも意義はあるであろう。

また,侵略国家であったか否かについて,筆者としては,もう一つ思うことがあって,それは,少々憂鬱な話である。
すなわち,日本が本物の侵略国家であったならば,あくまで計画的に侵略を行おうとしたはずであり,かつてのように,無謀なまでに戦線を拡大し,補給もままならぬ状態となって,徹底的に敗北し,無条件降伏に至るというような結果にはならなかったであろうということである。
そういう意味では,日本は,到底,本物の侵略国家ではなかったといい得るであろう。

○罠にはまることへの評価
さて,上記にて,日本が侵略国家でなかったと論じることにも意義があると述べたが,公の場に示すとなれば,論じる者の立場によって相応しい論じ方というものがあるのではないかと思う。

この点,筆者が田母神氏の論文で気になったのは,以下の箇所である。

---- 引用開始----
我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきてなくなって1937年8月15日,日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為,今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。(p1・2)
----引用終了----

----引用開始----
さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために,遂に日米戦争に突入し3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった,日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では,日本を戦争に引きずり込むために,アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。(p5)
----引用終了----

----引用開始----
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため,日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。(p6)
----引用終了----

要するに,日本は,罠にはまって戦争に引きずり込まれた被害者だということを繰り返し述べているのである。

筆者としては,一般人の感覚ということであるならば,罠にはめた方が悪いのであって,はめられた側は被害者だという言い分は,あり得ると思う。

しかしながら,自衛隊最高幹部であり国防の重責を担っている筈の人物において,このような発想があるというのは,情けない話であり,また,空恐ろしい話なのではないかと思う。

プロとしての発想ということであるならば,むしろ,国際社会が裏切りと騙し合いが横行する(もちろん,信義も重要であるが)世界であることを前提とし,罠にはめられる方が問題(倫理的観点からの悪ということでなく,戦略的能力の劣であること)なんだという観点に立つべきで,「引きずり込まれた被害者なのである」ということは恥ずかしいことと思わなければならないのではないか。

それにしても,田母神氏の論文を読むと,日本は,コミンテルンの陰謀の罠にはめられまくりであり,そして,罠にはめられまくったことについての問題意識が,現在においてもなお自衛隊最高幹部において欠如しているということを,世界に露呈しているかのようである。
それはすなわち,日本という国は,相変わらず,簡単に手玉に乗せて罠にはめることのできる愚かな国というメッセージになってしまっていたのではないか。

敢えて,自衛隊最高幹部の肩書きで世の中に論文を出すのであれば,かつて罠にはめられたという認定はそれはそれでいいとしても(ただし,あまり陰謀論的なものはレベルの低さを感じさせるであろう),その上で,そのことを十分に問題視しており,現在においては,すでに格段に強力な情報機関が機能しており,相当高度な戦略を実施できる体制ができているというようなことを(多少ハッタリを含ませながらも)述べて,「甘く見るなよ」というメッセージを打ち出してもらいたかったものである。

○占領の巧拙
また,田母神氏の論文に,以下の記載がある。

----引用開始----
我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。(p2)
----引用終了----

田母神氏の論文では,さらに,日本が現地のインフラ整備を行い,大学を設置するなど教育にも力を注ぎ,皇室と李王朝との婚姻関係等について触れた後,以下のように述べる。

----引用終了----
これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは,列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ,フランス,アメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え,大和,朝鮮,漢,満州,蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。(p4)
----引用終了----

確かに,日本の植民地統治は,概ね穏健なものであっただろうと思う。
しかし,それではなぜ,日本ばかりが,後々まで反感を抱かせ続けることとなったのか。

この点については,「THIS IS 読売」1994年8月号の「闇に葬られた皇室の軍部批判 参謀・三笠宮の”危険文書”発見 「読めなかった中国人の心」」と題する記事において,三笠宮殿下が次のように述べておられる。
----引用開始----
一年間の中国勤務中に,日本軍が占領していた主要な場所にはほとんど派遣されました。そしていろいろ見聞しました。その結果,民族心理や風俗習慣などが,日本人と中国人との間でこんなにも違うのかとびっくりしました。日本軍の残虐行為によって,中国人が反日になったのは誰にもよくわかりますが,民族性の相違から,日本人が中国人のためになると思ってやった善意の施策が,中国人にとっては迷惑至極だったり,我慢できないことだったりしたのは,まことに残念でした。
牛や馬などを連れていく時に,日本人は先に立って手綱で引っ張りますね。中国人なら綱をつけないで後から追っていくでしょう。また鵜飼いでも,日本では鵜匠が首にほそびきをつけたたくさんの鵜をあやつります。その技術はすごいと思いますが,中国ではひもをつけない鵜でさかなを捕っています。人間に対する扱いもこれと同じです。
----引用終了----

上記は,1934年当時,三笠宮殿下が若杉参謀の名で支那派遣軍参謀(大尉)として南京に派遣された際の様子である。
なお,派遣当時に書かれた文書として「綿鉄集」というものがあり,そこには以下のように書かれている。
----引用開始----
一,日本と英米の対華政策の差異
中国人は「水」である。いかなる器物にも調和できる。
米英人は「綿」である。肌触りは至極微温的で,いつ水中に入ったのかさえ気づかせない。そして綿が自ら離れる時は,綿は一杯水を吸い込んでいる。
日本は「鉄」である。水に対する威圧は異常なもので,絶対的な圧迫を感じせしめる。しかし鉄が水から離れた時に付着する水量は僅かに数滴にすぎない。
----引用終了----

日本がこの先,植民地統治をするということはあり得ないであろうけれども,この「綿」と「鉄」の問題意識は,振り返ってみる価値があるのではないかと思う。

○「政治に拘らず」
田母神氏の論文については,いろいろなことを考えさせれられてしまうが,今ひとつ,そこには,日本は素晴らしい国なんだという非常に強い思いのようなものが感じられる。
それは,純朴と言えば純朴ということなのであろうけれども,あまりにウブでありすぎるようにも思い,違和感を感じてしまうのである。

ただ,そのウブさというものについて,もしかしたら必然性のあることであるのかもしれない。
筆者なりの推測であるのだが,自衛官というものが,いざとなれば国のために命を捧げる職にある人間であるとすれば,国というものに対して,自らの命を捧げるのに十分な価値あるものと信じたいという欲求を,相当強く有することとなるのかもしれない。
もしかしたら,真面目なタイプほど,そういう欲求は強くなるのかもしれない。

そして,自らの命を捧げるに相応しい価値ある対象ということになれば,それは,神聖で邪悪さのない善なるものそのものとしての「国」という観念を生じることとなるのかもしれない。
ただ,それは勿論,非現実的なことであり,それ故にこそ,「政治に拘らず」ということが求められることになるのであろう。
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一休み

2008-09-20 00:10:41 | 筆者のつぶやき
この9月には,2歳になった悠仁親王殿下の写真も公開された。
筆者としては,皇室典範論議との関係では,いろいろな思いを抱いているのであるが,それでも,こうして写真を見てしまうと,やはり,とても可愛いなと思ってしまう。
子どもたちが幸せになれるような制度のあり方というものを,何とか考えていきたいものである。

ところで,このブログの読者より,天皇皇后両陛下と秋篠宮ご一家による葉山ご静養中の写真を掲載したサイトを教えてもらったのであるが,面白いと言えば面白いような,不思議な気持ちにさせられてしまった。

沖合の船に天皇皇后両陛下と秋篠宮ご一家の皆さんが乗っていて,それが浜辺に戻ってきて,大勢の人に引き上げられる様子が写されているのだが,何とも。

あまり立派とは言えない木造の船で,また,皆さん,救命胴衣を身につけていて,まるでどこかから逃れてきたかのような風情なのである。

御安全の確保という観点からは,仕方ないのかもしれないけれども,その救命胴衣の鮮やかさが船の,何というか,とても豪華とは言えない感じを殊更に浮き立たせるかのようであり,うーん,こういうシーンもアリなのだろうか,と何とも言えない気持ちにさせられる。

また,これまた何ともな話であるが,皇居のお堀に,火薬を詰めた消火器が発射されるという事件があった。
犯人は,即応予備自衛官に採用されていた人間あるとのことである。

消火器の発射ということ自体は大したことではなかったけれども,何とも自衛隊というものの緩みを感じさせられる。
また,今回の犯行が本当に愉快犯であるということであるならば,要するに,遊び半分で皇居が標的とされたということであり,それだけ皇居というものの神聖性が失われているということであるのだろうかと,寂しい気持ちにさせられる。

それにしても,いろいろな情報があるものだなと,久しぶりにネット上を見て回ったところ,なかなか素敵な記事を見つけることができた。

「歴史を裏切る。。。? 」

テンポが良くて知性を感じさせる文章であり,「はぁ〜,すっきりした!」
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このブログも4周年

2008-08-24 00:17:33 | 筆者のつぶやき
このブログは,平成16年8月24日にスタートしているので,4周年を迎えることになる。
よく続いたものだなと思う。

書き続けるということは,ものを考えるという営みにおいて,意義のあることであると実感する。
頭の中で考えているだけであれば,何となく同じ過程の堂々巡りとなってしまい,長い時間を経ても,あまり進展しないかもしれない。
それが,こうして,書き出していけば,書き出した内容を,ある程度は客観的に眺めることもできるし,また,書き出した分だけ,新しい発想が湧いてくるということもあると思う。
そして,何とか新しい発想でもって,象徴天皇制の円満な未来を模索したいものだと思う。

それにしても,例えば,今から10年後,皇室は,どういう状況になっているのだろうか。
そのころも,まだ,このブログは,続いているのだろうか。
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