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ワンネスの死生観と自己観と世界観

2017-07-29 17:04:23 | ワンネス
「悲の心理内観:3」において、バーナデット・ロバーツ氏は、第一段階の体験からワンネスを導いておられます。

『 キリスト教の伝統的な考え方における自己喪失とは、一般的にエゴ(ロウアーセルフ)が変容するかなくなるかということで、神との合一のもと、ハイアーセルフあるいは真実の自己に到達することと同様に見られています。

この場合、自己は個性を持ち続け、「自分」という存在の感覚を失うことはありません。

      ~ 中略 ~

「静寂点」は、自己としての生が生まれ、同時にその中に消えていくこともある場所です。  

      ~ 中略 ~

自己とは存在のすべてであり、肉体と魂であり、心と感情であり、その力の源と静寂点は神によって保たれていると当然のように思っていたのです。

自己の最深部は神とつながって私たちは一つなんだから、どんな真実の自己も神と離れようがないと思っていました。 』、と述べています。


上記をまとめてみます。

バーナデット・ロバーツ氏のワンネス時代の死生観は、静寂点が神(ブラフマン)であり、静寂点(神)から自己としての生が生まれ、自己の生が終われば静寂点(神)の中に自己が消えていくとされています。

自己の最深部は神(静寂点)とつながって、私たちは一つなんだから、どんな真実の自己も神と離れようがないと思っておられたのです。

自己観は、自己は個性を持ち続け、「自分」という存在の感覚を失うことはありません。一般的に、エゴ(ロウアーセルフ)が変容するか、なくなるかということです。

世界観は、自己と存在すべてはワンネスですから、自己とは存在のすべてであり、肉体と魂であり、心と感情であり、その力の源と静寂点は神によって保たれている、と当然のように思っておられたということです。


バーナデット・ロバーツ氏は第一段階の体験から「ワンネス」を導かれたのに対して、釈尊は第一段階の体験から「縁起の法を知っていること」を導かれたのでした。
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