日本の真実

日本人自身が知らない「世界に誇るべき日本の真実の姿」を様々な面から紹介するブログです。

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ロン・ティボー国際コンクール ピアノ部門で田村響さんが優勝!!

2007-10-31 00:05:53 | Weblog
28日、若手演奏家の登竜門と言われるロン・ティボー国際音楽コンクールのピアノ部門最終選考会がパリで行われ、愛知県安城市出身の田村響さん(20)が優勝しました。同コンクールピアノ部門での日本人の優勝は1992年の野原みどりさん以来15年振りで、5人目となります。
今年のコンクールには26ヶ国から162名のピアニストが参加し、予選を突破した6名が臨んだ最終選考会で、はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を演奏し、見事、栄冠に輝きました。
田村さんは昭和61年、愛知県安城市生まれ。3歳からピアノを始め、現在はオーストリア・ザルツブルクにあるモーツァルテウム音楽大に留学しています。これまで数多くのコンクールに出場し、2002年に園田高弘賞ピアノコンクールで史上最年少1位を獲得。同年、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリも受賞し、2006年には出光音楽賞も受賞しています。
今年は6月に開かれたチャイコフスキー国際コンクールのバイオリン部門で神尾真由子さんが優勝しましたが、それに次ぐ日本人若手音楽家の国際コンクール優勝をとてもうれしく思います。まだ二十歳の田村さん、これからの世界での活躍を大いに期待しております!!

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071029/erp0710292014005-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20071029it04.htm?from=top
http://mainichi.jp/enta/art/news/20071029k0000e040013000c.html

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日本の記念すべき日 其の二十七 10月30日 「教育ニ関スル勅語」発布

2007-10-30 01:58:36 | Weblog
◎アデナウアー西独首相も毎日暗誦していた(明治23年:1890年)

1890年10月30日に発布された「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)は、戦前の我が国の道徳教育の根幹を成すものでした。かつての西独のアデナウアー元首相が、教育勅語を独語に訳し、自分の書斎に掲げ、毎日暗誦していたことは良く知られています。
戦後、廃止されてしまいましたが、日々、残酷な事件の報道が絶えない今の時代に、再び必要なものではないかと思います。

以下、明治神宮のホームページより引用させて頂きました。
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html

【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~

【教育勅語の十二の徳目】
孝行(こうこう)         親に孝養をつくしましょう
友愛(ゆうあい)        兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦(ふうふ)ノ和(わ)    夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友(ほうゆう)ノ信(しん)  友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜(けんそん)        自分の言動をつつしみましょう
博愛(はくあい)         広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学(しゅうがく)習業(しゅうぎょう)  勉学に励み職業を身につけましょう
智能(ちのう)啓発(けいはつ)     知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器(とくき)成就(じょうじゅ)      人格の向上につとめましょう
公益(こうえき)世務(せいむ)     広く世の人々や社会のためになる仕事に
                      励みましょう
遵法(じゅんぽう)        法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇(ぎゆう)          正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう

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日本の記念すべき日 其の二十六 10月29日 東海丸遭難事故

2007-10-29 00:31:26 | Weblog
◎久田佐助船長が自らの命を犠牲にして、57名の乗員乗客を救う(明治36年:1903年)

1903年(明治36年)10月28日午後11時、青函連絡航路の客船「東海丸」は乗客乗員104名を乗せ、吹雪の中、青森港を出港、函館に向かいました。東海丸は時化(しけ)の中を進み、翌29日午前4時半頃、函館の手前29キロの矢越岬沖を航行中に、ロシアの貨物船プログレス号が東海丸の右舷に衝突しました。
船長の久田佐助は乗員乗客の退船準備を進め、5隻の救命ボートに乗員乗客を退避させましたが、自らはただ一人船に残り、非常汽笛を鳴らし続けました。東海丸は衝突後僅か30分で沈没し、久田船長は船と運命を共にしました。久田船長は日頃から奥さんに「自分の船が遭難し、1人でも死者が出たら自分の事だと心得よ」と語っていたそうです。
5隻の救命ボートのうち3隻は転覆し、47名が犠牲となりましたが、非常汽笛の音を聞いて戻ってきたプログレス号が生存者を収容し、57名が救出されました。
久田船長の勇敢な行動は日本全国に報道され、戦前の小学校の教科書にも掲載されました。また国内だけでなく、英国にも伝えられ、久田船長は「世界の名船長」と称えられたそうです。
現在でも久田船長の故郷である石川県能都町では、毎年10月29日に記念式典が行われています。
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仏語版「源氏物語」がフランスで出版

2007-10-28 07:21:54 | Weblog
日本の古典文学の最高峰の一つである、紫式部の「源氏物語」の仏語版が、先月フランスで出版されました。全五十四帖がルネ・シフェール氏の翻訳でフランス語に完訳され、日本や欧米の美術館が所蔵する12世紀から17世紀の源氏絵520点がカラーで盛り込まれた全3巻、1256頁の豪華本です。
出版したのはフランスのディアンヌ・ドゥ・セリエ出版で、同社のディアンヌ・ドゥ・セリエ社長が7年がかりで準備し、出版にこぎつけたそうです。
価格は480ユーロ(約8万円)で、初版は3500部。日本でも先月20日に発売されました。
来年2008年は源氏物語千年紀(我が国の記録に明確に現れる年から一千年)ということで、国内だけでなく海外でもだんだん盛り上がりつつあるようです。
「源氏物語」は正に我が国の誇れる文化ですね。これを機にフランスでも多くの人に読まれてほしいと思います。

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071022/erp0710222006005-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20070615bk01.htm
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007060700185&genre
=M1&area=K1H

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世界初、モーター・アシスト(MA)式ハイブリッド車両開発 JR北海道

2007-10-27 06:28:28 | Weblog
10月23日、JR北海道が開発した「モーター・アシスト(MA)式ハイブリッド車両」が公開されました。同式のハイブリッド車両は世界初です。
ハイブリッドは、内燃機関(エンジン)、蓄電池(バッテリー)、電動機(モーター)を組み合わせた複数の動力源を持つもので、環境への負荷が少ないとして、近年特に注目が集まっています。
ハイブリッド車両としては、JR東日本が別タイプのハイブリッド車両を開発し、営業車しては世界に先駆け、既に今年8月2日より小海線で営業を開始しています。
今回開発されたJR北海道タイプの特徴は、モーターが発電機を兼ねていることで、それにより、発電機とモーターが別タイプのJR東日本タイプより、大きさ、費用が半分の装置に小型化することが出来ました。
発車の時はモーターだけで動き、時速が45キロ以上になるとディーゼルエンジンが始動し、状況によっては、モーターとディーゼルエンジン両方同時に稼働も可能で、より円滑な運行が可能となりました。低速時にモーター稼動のため、騒音も軽減されます。
燃費も、従来のディーゼル車より15~20%良くなり、排出する二酸化炭素や窒素酸化物も低減できるとのことです。
燃費もよく、環境にやさしく、音も静か。
2015年に、新函館(仮称)-札幌駅間の在来線に登場する予定とのこと、楽しみですね。(山)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071024-00000009-mai-bus_all
http://www.sanyo.oni.co.jp/newsk/2007/10/23/20071023010005451.html
www.jreast.co.jp/press/2005_2/20051105.pdf
http://www.yomiuri.co.jp/photonews/photo.htm?ge=1&id=5366

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日本の記念すべき日 其の二十五 10月25日 バレーボール世界選手権で日本女子チームが初優勝

2007-10-25 06:24:02 | Weblog
◎「東洋の魔女」誕生(昭和37年:1962年)

バレーボールが考案されたのは19世紀末のことですが、世界選手権が始まったのは戦後の1949年(男子)、1952年(女子)です。日本は男女とも1960年に初参加し、男子は8位、女子は2位でした。
当時、女子バレーはソ連が圧倒的に強く、第3回大会まで3連覇を果たしていました。一方、国内では大阪府貝塚市の実業団チームである日紡貝塚が1959年以来連戦連勝を続けていました。チームを率いる大松博文監督の過酷なトレーニングは有名でした。
同チームは1961年8月から2ヶ月間欧州遠征を行い、22戦全勝を記録。世界一のソ連を破った時、地元の新聞は「東洋の台風」「魔法使いの娘たち」と書き立てました。
翌1962年10月、第4回世界選手権がモスクワで開催されました。12人中10人が日紡貝塚の選手で構成された日本代表チームは6連勝を記録し、25日、同じく6戦全勝の地元ソ連チームと優勝を懸けて対戦。セットカウント3-1でソ連を破り、初優勝を飾りました。7試合で1セットを失っただけの完璧な優勝。「東洋の魔女」日本女子代表チームが誕生した瞬間でした。
2年後の1964年10月23日、東京オリンピックで初めて正式競技となった女子バレーボールの優勝決定戦が行われました。世界選手権の時と同じく日紡貝塚主体で構成された日本代表チームは3-0のストレートで再び宿敵ソ連を破り、見事に金メダルを獲得。「東洋の魔女」のニックネームが世界中に広まりました。
日紡貝塚(1964年にニチボー貝塚に名称変更)チームはその後も連勝街道を驀進し、1966年8月にヤシカに敗れるまで258連勝を記録しました。
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高さ173m 世界一高いエレベーター試験塔が完成!!

2007-10-23 00:16:04 | Weblog
先月26日、三菱電機は愛知県稲沢市にある稲沢製作所の構内に建設していた、高さ173メートルのエレベーター試験塔が完成したことを発表しました。高さ173メートルは地上40階建てのビルに相当し、エレベーター試験塔としては世界一の高さということです。
同製作所にはこれまで6つの試験塔があり、一番高いものが65メートルのものでした。それでエレベーターの試験を行なってきましたが、超高層ビルが増えて、現行設備では対応しきれなくなってきた為、一昨年12月から建設を進めていました。建造費は約50億円ということです。
この試験塔を使って、分速1000メートルを超える世界最高速エレベーターの開発などに取り組むということです。
我が国のエレベーター技術は世界一を誇り、世界最高速のエレベーターを東芝と三菱が競い合っています。現在の世界最高速は、東芝エレベータが2004年12月に開発した、台湾・台北市の高層ビル「TAIPEI101」のエレベーターで、分速が1010mです。その前は三菱電機が開発した横浜ランドマークタワーのエレベーターが世界一でした。
果たして新しい試験塔で、三菱が世界最高速エレベーターの座を奪還することが出来ますでしょうか?注目です。

http://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2007/0926.htm
http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200709270042a.nwc
http://www.nikkeibp.co.jp/news/const07q4/546830/

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世界初、携帯型DNA解析装置を開発 NEC

2007-10-21 08:12:14 | Weblog
先月25日、NECはDNAの抽出から解析までを一貫して行えるポータブル型DNA解析装置を開発したことを発表しました。持ち運びの出来るDNA解析装置は世界で初めてということです。アイダエンジニアリングとの共同開発で、警察向けに来年度の製品化を目指すとのことです。
DNA解析は警察の事件捜査に用いられていますが、現在は事件現場で採取した試料を研究施設に持ち帰って、調べています。解析には複数のプロセスが必要で、複数の装置で分析を行う為、採取してから結果が出るまで最低1日は掛かっています。
今回開発されたDNA解析装置は、大きさが幅500mm×奥行400mm×高さ200mm。アタッシュケース位の大きさで、事件現場に持ち込んで分析することが可能です。
また複数の解析プロセスをこの1台で行うことが可能で、装置の処理速度の高速化により、抽出から解析までを約25分で完了させることが出来るとのことです。
1日以上掛かっていたDNA解析作業が25分で出来てしまうとはすごいですね。警察の事件捜査に大いに貢献してくれそうです。

http://www.nec.co.jp/press/ja/0709/2501.html
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070925i401.htm?from=navr
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/25/news114.html

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我が国初の国産ジェット旅客機の離陸、秒読み開始! 三菱重工業

2007-10-19 00:08:19 | Weblog
今年6月、当ブログでも紹介した、初の国産ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」、10月9日、三菱重工業が受注活動を始めると発表しました。
国産旅客機の開発は、昭和37年以来ほぼ半世紀ぶり。日本の技術力から考えると意外な気がしますが、米国大手航空会社などが市場を占めていたためで、近年、小型機のニーズが高まり新規参入の可能性が広がりました。
MRJは、主に国内線など近距離地域を結ぶ小型のジェット旅客機で、従来より燃費を2~3割向上させ、騒音が少ないのも特徴です。日本の省エネ技術は、他の分野でも世界で抜きん出ていますが、大量の燃料を消費する旅客機では、その効果も大です。
今後の受注状況を見極めて来年3月を目途に、事業化の可否を決めるとのことですが、国産旅客機復活、心待ちにしています。(山)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000954-san-bus_all
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071015-00000001-omn-ind
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000124-mai-bus_all

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世界初!!楽曲ダウンロード数1000万突破 宇多田ヒカル

2007-10-17 00:09:08 | Weblog
4日、EMIミュージック・ジャパンは同社に所属する歌手、宇多田ヒカルの今年1月から9月までの楽曲ダウンロード(DL)販売総数が、1049万1000件を記録したことを発表しました。DL総数はパソコン向けの音楽配信と、「着うた」「着うたフル」「着信ムービー」などの携帯電話向け音楽配信のダウンロード数を合計したものですが、それが1000万DLを超えたのは世界で初めてということです。
今年の1月5日に配信を開始し(発売は2月28日)、7月にDL数700万を超える世界記録を達成した「Flavor Of Life」(TVドラマ「花より男子2」のイメージソング)を筆頭に、今年発売した他3曲と旧曲のDL数を合わせて、1000万DLを超えました。「Flavor Of Life」は発売前に既に200万DLを超えていたそうです。
歌の売り上げ=レコードやCDの売り上げ枚数、と思っていたのですが、時代は変わりましたね。何はともあれ、世界記録はすごいです!!

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/
CK2007100402053696.html
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200710/gt2007100406.html
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/04/17083.html

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トヨタの燃料電池車、大阪―東京間を水素無補給で完走に成功

2007-10-15 00:12:10 | Weblog
先月28日、トヨタ自動車は水素を燃料とする燃料電池車「トヨタFCHV」で公道走行試験を行い、大阪―東京間、約560キロメートルを水素を補給することなく完走したと発表しました。
今回の試験車両はトヨタ「クルーガー」に燃料電池を搭載したものですが、燃料電池の出力制御システムを改良するなどして、従来の燃料電池より燃費を約25%向上させました。また、燃料の水素も高圧貯蔵タンクの採用により、貯蔵量はこれまでの2倍の6kgとなりました。満タンにした時の走行可能距離は従来の燃料電池車は330kmでしたが、試験車両はその約2.5倍の880kmの走行が可能ということです。
走行試験は午前5時20分に大阪府庁前を燃料電池車2台で出発。エアコンを使用しながら、名神、東名高速などを時速80キロメートル前後で走行し、午後2時過ぎに東京・お台場に到着しました。
これまでの燃料電池車は燃料充填1回での走行可能距離が短く、実用化に向けての障害となっていましたが、今回の走行試験で小型のガソリン車の走行可能距離約500kmを上回り、実用化に向けて大きく一歩踏み出しました。
生産コストが高い点で、今すぐの実用化は難しいですが、先日お伝えした「貴金属を使用しない燃料電池」などの技術開発が進めば、この点も近いうちにクリアされるのではと思います。一日も早い実用化を期待しております。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/im20070928AS1D2807728092007.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/
CK2007092902052441.html
http://www.asahi.com/business/update/0928/NGY200709280010.html

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ルービックキューブ世界大会で日本人が優勝!!

2007-10-13 15:53:15 | Weblog
5日からハンガリーのブダペストで開かれていた「ルービックキューブ」世界大会の決勝が7日行われ、最も注目度の高い縦横奥行き各3列の標準タイプ部門で、北海道釧路市の釧路工業高等専門学校建築学科2年、中島悠さん(16)が優勝しました。競技は5回の試技のうち、一番上と下を除いた3回の平均時間で競いますが、中島さんは3回の平均で12秒46を記録し、2位に0.59秒の差を付けて、見事栄冠を獲得。競技終了後にルービックキューブ考案者のエルノー・ルービック氏から直々に表彰され、賞金5000ユーロ(約83万円)を獲得しました。
同部門の3位には、日本大会で優勝した茨城県つくば市の土浦日大高校1年、郡司光貴さん(15)が13秒05のタイムで入り、より難しい各5列部門でも、大阪府東大阪市の産業技術短大2年、大艸尊之さん(20)が1分50秒46で3位に入りました。
ハンガリーの建築家であるルービック氏が考案したルービックキューブは、1979年に発売されると世界的な大ヒットとなり、1982年には第1回世界大会が開かれました。その後、ブームが去って、世界大会も開催されていませんでしたが、近年、インターネットで攻略法が広まってブームが再燃し、2003年に第2回大会が開かれてからは、隔年で開催されています。
4回目となる今大会は、世界33ヶ国から263名が参加し、各3列、4列、5列部門の他、片手や目隠し、足だけで解く部門など合計17部門で競技が行われました。
ルービックキューブと聞くととても懐かしいのですが、今ブームになっているとは知りませんでした。それにしても12秒とはすごいですね!!

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071008i212.htm?from=navr
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/10/09/04.html
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20071009-OHT1T00043.htm

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63年前の今日10月12日の出来事

2007-10-12 00:08:11 | Weblog
◎台湾で「飛虎将軍」と称えられる日本人のお話

大東亜戦争末期の1944年、敗色濃厚の日本軍に対し米軍は各地で攻勢を掛けていました。同年10月12日午前7時過ぎ、米軍のグラマンF6F戦闘機約40機が、台湾南部の台南を襲撃。日本軍は台南と高雄から零戦三十数機が迎撃しましたが、最新鋭のF6Fに旧式の零戦は太刀打ち出来ず、多くの機が撃墜されました。
その中の一機、杉浦茂峰少尉が操縦する機も被弾して操縦不能となり、台南の北西にある「海尾」という町に墜落しそうになりました。その時杉浦少尉は機首を上げて、町外れの田畑に機を向け、そこまで行ってから機を脱出しました。機は無人の田畑に墜落し、海尾の人々の命は救われましたが、杉浦少尉は脱出後にパラシュートに機銃掃射を受け、墜落死しました。
戦後、海尾の人たちは、自らの命を捨てて町を守った杉浦少尉の御霊を慰めるため、1971年に祠を建てました。最初は4坪の小さな祠でしたが、1993年には30坪の大きな廟に立て替えられました。廟の正面には「鎮安堂飛虎将軍廟」と書かれ、祭壇の両脇には、日本と中華民国の国旗が立てられていて、毎日、朝には「君が代」が斉唱され、午後には「海ゆかば」が歌われるそうです。
廟には遠方からも近郊からも礼拝者が毎日訪れ、日本からの礼拝者も絶えることがないということです。
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日本の記念すべき日 其の二十四 10月10日 東京オリンピック開幕

2007-10-10 00:08:32 | Weblog
◎我が国初、アジア初のオリンピック開催(昭和39年:1964年)

1959年5月、西ドイツのミュンヘンで開かれたIOC総会で、第18回オリンピック競技大会の開催地投票が行われました。前年に立候補していた東京都は全56票のうち34票を獲得し、デトロイト、ウィーン、ブリュッセルを大差で破って、我が国初、アジア初のオリンピック開催が決定しました。
東京オリンピックは元々1940年に第12回大会が開かれる予定でしたが、日中戦争の影響によって1938年に開催権を返上することとなり、その24年後にようやく開催へとこぎつけました。
快晴に恵まれた10月10日午後1時50分、改修された国立競技場で開会式が始まりました。君が代演奏、選手団の入場に続いて、午後2時50分、昭和天皇陛下がオリンピック開会を宣言。これにより第18回オリンピック競技大会が正式に幕を開けました。
大会は24日までの15日間開催され、世界94ヶ国、地域から5000人以上の選手が参加して、20の競技で技を競い合いました。我が国からは過去最多となる355名の選手が参加し、16個の金メダル、5個の銀メダル、8個の銅メダルを獲得しました。16個の金メダルはアテネオリンピックと並んで、現在でも1大会の最多獲得数です。
この大会から正式種目となった柔道で、我が国は4階級全制覇間違い無しと言われながら、無差別級で神永選手がオランダのヘーシンクに敗れる大波乱があり、我が国の柔道界に大きな衝撃を与えました。またバレーボールもこの大会から正式種目となり、「東洋の魔女」と言われた日本女子バレーボールチームが見事に金メダルを獲得。日本中が沸き上がりました。また体操、レスリングでもそれぞれ5個の金メダルを獲得する活躍振りでした。
また東京オリンピックの開催に向けて国内のインフラ整備も進み、10月1日には東海道新幹線が開通。首都高速道路も開催に合わせて整備が進みました。
この東京オリンピック開催は、1945年の敗戦から徐々に復興の道を歩んでいた我が国が、ようやく世界の第一線に復帰したことを象徴する出来事と言っていいと思います。

参考資料:JOCホームページ 東京オリンピック
http://www.joc.or.jp/past_games/tokyo1964/index.html

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自動車排ガス用触媒の貴金属を9割削減 マツダ

2007-10-09 00:13:28 | Weblog
1日、マツダは自動車の排ガス浄化用触媒に使用される白金やパラジウムなどの貴金属の使用量を、従来の70~90%削減出来る技術を開発したと発表しました。
自動車の排ガス浄化用触媒は、表面に白金やパラジウムなどの貴金属が固定されていて、それらが排ガス中の窒素酸化物(NOx)や一酸化炭素(CO)と反応して、分解する仕組みとなっています。排ガスが高温の為、触媒は使用し続けると、貴金属が熱で大きな固まりとなって、性能が低下する為、その分多くの貴金属を使う必要がありました。
マツダは貴金属の粒子を直径5ナノ(1ナノは10億分の1)メートル以下という極小サイズにして、触媒のセラミックス材に埋め込む技術を開発。この触媒を使用し続けても、貴金属は埋め込まれている為、移動して固まりになることはなく、従来の70~90%の貴金属使用量で、従来と同じ性能が維持出来るということです。貴金属粒子を10ナノメートル以下の大きさで、触媒に固定することに成功したのは世界で初めてだそうです。
近年、環境問題への関心が高まり、触媒に使用される貴金属の量は増加の一歩をたどっています。その結果、貴金属の価格は高騰を続け、その使用量削減技術が世界的に注目されています。
先日、ダイハツが世界で初めて、電極触媒材料に白金を使わない燃料電池を開発したことをお伝えしましたが、今回マツダもそれに続き、我が国の企業はこの分野では最先端を行っているようです。これからも世界をリードしていってほしいと思います。

http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200710020006a.nwc
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20071001AT1D0108G01102007.html
http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200710010056.html

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