日本の真実

日本人自身が知らない「世界に誇るべき日本の真実の姿」を様々な面から紹介するブログです。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

世界初、人工飼育していたオオサンショウウオ同士による産卵

2007-09-29 00:05:14 | Weblog
12日、広島市安佐動物公園で人工飼育されていたオオサンショウウオ同士による産卵がありました。人工飼育されたオオサンショウウオ同士での産卵は世界で初めてです。
産卵したのは園内生まれで人工飼育されているメスの「コイ」(16歳10カ月)で、約300個の卵を産卵し、同じく園内生まれのオス「ヤビ」(17歳10カ月)が放精したということです。また、別のメス「イガグリ」(26歳10カ月)も卵500個を産卵し、来月中旬から下旬に掛けて孵化する見通しということです。
オオサンショウウオは国の特別天然記念物で、同動物公園では1979年に世界で初めて人工飼育下での繁殖に成功しています。
来月の3世誕生が今から待ち遠しいですね。卵の一部は22日から、園内ぴーちくパークの「どうぶつ子育ての家」で公開されていますので、お近くの方は是非見に行かれてはいかが。

http://www.asazoo.jp/
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070918/wdi070918005.htm
http://osaka.yomiuri.co.jp/animal/20070919kn01.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本の記念すべき日 其の二十三 9月27日 昭和天皇陛下、マッカーサーと会見

2007-09-27 00:14:46 | Weblog
◎陛下の命懸けの御言葉がマッカーサーの態度を改めさせる(昭和20年:1945年)

昭和20年9月27日午前10時前、昭和天皇陛下はGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーとの会見に臨まれる為、皇居を出発されました。陛下は黒のモーニングとシルクハットを召され、石渡宮内大臣、藤田侍従長、筧行幸主務官、通訳の奥村参事官ら6名が同行しました。
午前10時過ぎ、陛下を乗せた車は米国大使館に到着しましたが、マッカーサーは自分の力を日本人を示すため、お出迎えをしませんでした。代わりに2人の副官が大使公邸玄関で陛下を出迎えました。陛下は通訳の奥村と共に中に招かれ、そこでマッカーサーと約35分間、会談されました。
会談の内容について、陛下はマッカーサーとの約束を守り、一切口外しませんでした。しかし、マッカーサーは自らの回顧録「マッカーサー回想記」の中で、会談内容についてこう書き記しています。

「天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決に委ねるため、お訪ねした。」 私は大きい感動にゆすぶられた。死を伴うほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までも揺り動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じ取ったのである。」
(「マッカーサー回想記」より引用)

マッカーサーは当初、お見送りもしない予定でしたが、会談が終わった後、陛下を玄関までお見送りしました。陛下の御言葉が、マッカーサーを感動させ、傲慢な態度を改めさせたのでした。
翌年1月、マッカーサーは陛下の戦争責任追及に反対する旨の電報を陸軍省宛に打ち、米国政府は陛下の戦犯訴追を見送りました。こうして我が国はその後、復興の道を歩むこととなりました。
世界の歴史の中で、自国の戦争責任を負うと発言したのは、昭和天皇陛下ただお一人です。そのことをとても誇りに思います。更に陛下の御言葉により、国家分断等の大きな災厄を免れることが出来、今を過ごせることを改めて感謝致します。
(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「マダム・バタフライ世界コンクール」で村上敏明さんが優勝!!

2007-09-26 00:08:28 | Weblog
22日の産経新聞によりますと、16日よりモルドヴァ共和国のキシニョフで開催されていた「第9回マダム・バタフライ世界コンクール」で21日、最終審査が行われ、テノール歌手の村上敏明さん(35)が優勝しました。日本人の優勝は今回が初めてです。
同コンクールは、20世紀前半にイタリアの作曲家プッチーニのオペラ「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」を歌って世界的な名声を博したオペラ歌手、三浦環さんを称えて、昭和42年に第1回大会が東京で開催され、その後、2,3年の間隔で第8回まで開催されていましたが、平成4年のバルセロナ大会以降、中断されておりました。
今回は第1回大会優勝者、マリア・ビエッシュさんの母国であるモルドヴァ共和国で、15年振りの開催と相成りました。
村上さんのほか、ソプラノの野中百合子さん、テノールの笛田博昭さんも参加し、それぞれ第1位を受賞しました。
村上さん、野中さん、笛田さんは、来年1月23日に東京オペラシティコンサートホールで行われる「ウイナーズコンサート」に出演するそうです。
三浦環さんにちなんだコンクールで、日本人の優勝が無いというのは寂しいので、良かったです。村上さん、野中さん、笛田さんの今後の活躍に期待しています。

http://www.madama-butterfly.org/index.html (公式サイト)
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070922/ent070922000.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界初の3D着せ替え広告を公開 高島屋新宿店

2007-09-24 00:32:55 | Weblog
20日、高島屋新宿店は世界初となる3D映像の着せ替え広告を報道陣に公開しました。1階JR口特設会場に設置されたスクリーンに、俳優 渡辺謙さんの娘でスーパーモデルの杏(アン)さんが歩いたり話したりする立体画像が映し出されました。
企画したのは、同店7階に婦人服ブランドショップ「ザ・ビュー・オブ・アンタイトル」を出店している、アパレルメーカーの「ワールド」。来店客がタッチパネルの「デート」「ワーク」「パーティー」「ホリデー」など12種類の場面のどれかを選んで押すと、杏さんがその場面の衣装を着た立体画像が映し出され、着せ替え人形のように楽しむことが出来ます。
21日から今日24日まで、正午から午後8時までの間、一般公開されています。一見の価値有りですね!!

http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070920/sng070920005.htm
http://www.chunichi.co.jp/s/chuspo/article/2007092001000674.html
http://www.nissenmedia.com/today/index.php?no=13692

(信)
コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

世界最大のゲーム展示会「東京ゲームショウ2007」が開幕!!

2007-09-22 14:22:14 | Weblog
20日、コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が主催するゲーム展示会「東京ゲームショウ2007」が千葉市の幕張メッセで、23日までの4日間の日程で開幕しました。過去最多の217社が出展し、ブースの数も昨年を上回る1735ブース、702本の新作ソフトが公開されます。これまで世界最大だった米国のゲーム展示会「E3」が、今年から規模を縮小したため、本展示会が世界最大となりました。
「E3」縮小の影響もあってか、海外からの出展は欧米、中国など19ヶ国から97社と、昨年の約2倍に増え、世界的な注目を集めています。
今年の出展内容は、携帯ゲーム機用、携帯電話用のゲームソフトが初めて全体の5割を超え、また「体感ゲーム」のソフトが多く見られるのが特徴ということです。
20日の来場者数は2万9783人で、CESAは4日間の来場者数を18万人と予想しています。
今日、明日は一般公開となります。ゲーム好きの方は是非、見に行かれてはいかが!!

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/top/index.cfm?i=2007092003632b1
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070920i505.htm?from=navr
http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070920/sng070920004.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界初、ヤマメにニジマスを産ませることに成功 東京海洋大学

2007-09-20 00:18:54 | Weblog
14日、東京海洋大学の吉崎悟朗准教授らの研究グループは、ヤマメにニジマスの精子と卵を作らせて、ニジマスを産ませることに成功したと発表しました。研究成果は14日付の米科学誌「サイエンス」に掲載されました。親と異なる種類の子供を産ませることに成功したのは、他の動物も含めて世界で初めてのことです。
同グループは2004年に、ヤマメの雄にニジマスの精子を作らせることに成功しましたが、ニジマスの精子は全体の0.4%しか作られず、残り99.6%はヤマメの精子でした。また2006年にはヤマメの雌にニジマスの卵を産ませることにも成功しました。
今回、同グループは不妊処理したヤマメの稚魚に、ニジマスの精原細胞を移植したところ、雄雌共にニジマスの精子と卵を作り、交配させて産まれた稚魚は全てニジマスでした。産まれたニジマスはDNA解析でも通常のニジマスと変わらないことが確認され、繁殖能力があることも確認されました。
この技術を応用して、例えば数が減っているクロマグロをサバに産ませることも可能になるということで、今後、資源保護などへの活用が期待されています。

http://www.jst.go.jp/pr/announce/20070914/index.html
http://www.sankei.co.jp/culture/kagaku/070914/kgk070914000.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070914AT1G1302M13092007.html

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ノーベル賞受賞者候補に飯島澄男・名城大学教授と戸塚洋二・東京大学特別栄誉教授

2007-09-18 00:06:55 | Weblog
11日、米の文献データ会社であるトムソン・サイエンティフィックは、毎年恒例のノーベル賞受賞有力候補者を発表しました。17名の研究者が候補となり、日本人では日本電気(NEC)特別主席研究員の飯島澄男・名城大学教授と、高エネルギー加速器研究機構の前機構長である戸塚洋二・東京大学特別栄誉教授の2名が、物理学賞の候補に名を連ねました。
この発表はトムソン社が2002年以来、ノーベル賞の物理、化学、医学生理学、経済学の4部門について毎年、ノーベル賞受賞の発表前に行われているもので、これまで候補に上がった54名のうち4名がノーベル賞を受賞しています。
候補者の推薦理由として、飯島教授は「物理、化学分野の革命を起こすきっかけとなったカーボンナノチューブの先駆的な研究に対して 」、戸塚栄誉教授は「ニュートリノ振動および質量の発見における指導的役割に対して」が挙げられています。
日本人ではこれまでに「エルビウム添加ファイバー増幅器」を半導体レーザで駆動する方法を発明し、昨年候補に上がった中沢正隆氏を始め、5名が選出されています。
2002年に小柴昌俊氏、田中耕一氏が受賞して以来、日本人の受賞はありませんが、5年振りの受賞がなりますでしょうか?期待しています。

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/nobel2007/
http://www.sankei.co.jp/culture/kagaku/070911/kgk070911001.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/
20070912k0000m040060000c.html

(信)
コメント (1)   トラックバック (4)
この記事をはてなブックマークに追加

日本の記念すべき日 其の二十二 9月16日 軍艦「エルトゥールル号」遭難事件

2007-09-16 00:32:43 | Weblog
◎沈没船の生存者たちを住民が徹夜で救出(明治23年:1890年)

1887年に皇族の小松宮殿下夫妻がオスマン帝国(現トルコ)のイスタンブールを訪問した返礼として、オスマン帝国皇帝アブデュル・ハミット二世は、使節団を我が国に派遣することを決定しました。1889年7月、使節団を含む609名の乗員を乗せた軍艦「エルトゥールル号」はイスタンブールを出発。翌1890年6月、横浜港に無事入港しました。使節団は熱烈な歓迎を受け、3ヶ月間我が国に滞在しました
9月14日、使節団を乗せたエルトゥールル号は、帰路に就くため横浜港を出発。2日後の9月16日夜、エルトゥールル号は和歌山県串本町沖合の熊野灘を航行中に台風の暴風雨に巻き込まれ、紀伊大島の樫野崎灯台近くの岩礁に衝突、機関部が爆発して、午後10時半頃に沈没しました。
乗員は荒れる海上に投げ出され、特使オスマン・パシャを含む乗員540名が犠牲となってしまいましたが、一部の乗員は樫野埼灯台下に流れ着き、断崖を這い登って灯台に遭難を知らせました。灯台守からの連絡を受けた大島村(現在の串本町)の住民たちは夜を徹して救助活動に当たりました。住民たちは生存者を背負って島の崖を登り、冷え切った生存者たちの体を自らの体で暖めて、命を救ったそうです。
またこの時、大島村は台風により出漁できなかったために食料が少なく、生存者たちに食料を提供して、村から食料が無くなってしまいました。すると住民たちは、いざという時の為に蓄えていたサツマイモや鶏まで提供して、生存者たちの看護に努めたそうです。衣類も浴衣をある分だけ供出するなどして、救出に尽力した結果、69名の乗員が無事救出されました。
遺体の収容作業にも手を尽くし、引き揚げられた遺体は、遭難現場の岩礁近くの樫野埼の丘に丁重に埋葬されました。
この事件の報を知らされ、大いに心配された明治天皇の命により、69名の生存者は軍艦「金剛」「比叡」の2隻に乗せられて、無事オスマン帝国に帰還しました。
それから95年後の1985年、イラン・イラク戦争の最中、イラクのサダム・フセインは「今から40時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を打ち落とす」と宣言。イラン在住の外国人が自国機で続々と脱出する中、我が国は政府の対応が遅れて救援機が飛ばず、日本人は現地に取り残されてしまいました。その時、2機のトルコ航空機がテヘラン空港に到着、残っていた日本人216名全員を乗せて離陸し、全員無事に帰国することが出来ました。
トルコの人たちはまだイランに大勢残っていたのに、日本人を先に助けてくれたのは、この95年前の出来事があったからでした。トルコの人たちは歴史の授業でこの出来事を教わり、皆知っているそうです。
私たちも1985年のことを忘れず、トルコの人たちを見習って、何かご恩返しが出来ればと思います。
(信)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界に誇る日本人の発明 その九 CVCCエンジン

2007-09-15 13:18:47 | Weblog
◎世界一厳しい自動車排ガス規制を世界で最初にクリア(1972年)

1970年12月、米国で「改正大気汚染清浄法」が発効しました。マスキー上院議員により提案されたこの法律は、通称「マスキ―法」と呼ばれ、自動車排出ガス中の有害物質である一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物を従来の車の10分の1にすることを義務付けました。この法律はあまりの厳しさから「絵に描いたモチで終わるのではないか」と言われた程で、業界では達成不可能と言われていました。
二輪車製造メーカーとして創業した本田技研工業が、四輪車ビジネスに本格的に参画し始めたのは、1960年代半ばのことでした。1964年から、まだ当時の日本では遠い存在だったフォーミュラ1(F1)に欧米以外の国からの初参戦を果たし、技術開発を進めていました。
しかし、この頃から日米で大気汚染の問題が深刻化し、自動車の排ガス規制が強化され始めました。本田技研でも1966年に大気汚染対策の専門研究室を発足させ、1968年限りでF1より撤退したこともあって、研究所では排気ガス対策の研究を集中して行っていました。「マスキ―法」の施行が本田技研に知らされたのは、そのような時でした。
社長の本田宗一郎氏は、マスキ―法の施行が四輪の最後発メーカーである本田技研にとっては、大手自動車メーカーに追いつく絶好の機会であると考え、それまで以上のスピードで低公害エンジンの開発が進められました。F1レースで培った「ガソリンを完全に燃焼しつくす」技術を乗用車のエンジンに持ち込み、1972年に全く新しい方式のエンジン「CVCCエンジン」が完成しました。同エンジンは副燃焼室を持ち、そこでガソリンを完全に燃焼しつくして、排ガス中の大気汚染物質を減少させるという新技術が導入されていました。
同年12月、本田技研はCVCCエンジンの試作車を米国EPA(環境保護局)に持ち込み、マスキー法適合第1号として認められました。こうしてCVCCエンジンは、達成不可能と言われたマスキ―法を世界で初めてクリアしたエンジンとなりました。
1年後の1973年12月、このCVCCエンジンが搭載された初の市販車「CIVIC CVCC」が発売され、翌1974年、マスキー法の審査に合格、完成車としてもマスキー法適合第1号となりました。「CIVIC CVCC」は1974年から4年連続して米国EPAでの燃費1位を記録するなど 低燃費・低公害車として高い評価を受け、日米で大ヒットを記録しました。
2000年3月に発行された、米国自動車技術者協会(SAE)の月刊機関誌「AUTOMOTIVE ENGINEERING」で、「CIVIC CVCC」は読者投票により、20世紀優秀技術車(Best Engineered Car)の1970年代優秀技術車に選ばれました。
「CVCCエンジン」により、日本の自動車技術は初めて世界に認められました。日本車が「低燃費で、品質がいい」という評価が海外で固まったのは、これ以降のことでしょう。今、トヨタが世界一の自動車メーカーを目指していますが、その原点にはこの「CVCCエンジン」があると思います。
(信)


コメント   トラックバック (3)
この記事をはてなブックマークに追加

世界最大級の半導体工場が完成 東芝

2007-09-13 00:27:30 | Weblog
4日、東芝が建設を進めていた半導体「NAND型フラッシュメモリー」の製造新工場が三重県四日市市の四日市工場内に完成しました。12月から生産を開始するということです。新工場の生産能力は300ミリウエハー換算で、最大月21万枚ということで、半導体工場としては世界最大級だそうです。
NAND型フラッシュメモリーはデータの一括書き込みや消去が可能な半導体メモリーで、電源を切ってもデータが消えないのが特長です。USBメモリーに使用されている他、携帯電話、携帯音楽プレーヤー、デジタルカメラなどにも使用されています。
新工場は東芝と米のサンディスクが共同で総額約6000億円を出資して建設したもので、当初は月2500枚を製造、08年後半には月8万枚に増産する計画です。
現在、フラッシュメモリーの世界シェアは韓国のサムスン電子がトップで、東芝は第2位ですが、来年にはシェアを40%まで伸ばし、世界一を目指すとのことです。
元々、フラッシュメモリーを開発したのは東芝でしたが、サムスン電子の攻勢により、世界シェアトップを奪われておりました。新工場建設を機に是非、世界シェアトップを奪還してほしいと思います。

http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=169194&lindID=1
http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070905/sng070905000.htm
http://www.yomiuri.co.jp/net/feature/20070905nt0d.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ブドウ糖で発電する「バイオ電池」で世界最高出力を達成 ソニー

2007-09-11 00:26:37 | Weblog
先月23日、ソニーは植物に含まれる栄養源であるブドウ糖から電気を発生させる「バイオ電池」を開発したと発表しました。今回開発した電池の形状は39ミリ角のサイコロ型で、出力は50ミリワット。「バイオ電池」では世界最高出力となります。この電池を直列に4個接続して、携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」のメモリータイプでの音楽再生に成功したということです。
バイオ電池は、ブドウ糖が酵素により分解する反応を利用して電気エネルギーを取り出すもので、反応後は炭水化物と水が残ります。ブドウ糖は植物が光合成で生成するもので、自然界に豊富に存在する為、調達がしやすく、また二酸化炭素や有害物質などが発電時に発生しない為、環境に優しいことから、これからのエネルギー源の一つとして期待されます。
出力の面ではまだまだ現行の電池に及ばないことから、すぐに実用化という訳には行かないでしょうが、とてもクリーンで、無尽蔵に近いエネルギー源ですので、早急に開発が進んでくれることを期待します。

http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=168130&lindID=4
http://www.asahi.com/business/update/0823/TKY200708230315.html
http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070824/sng070824002.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日立の高速鉄道向け車両が鉄道発祥の地 英国に初上陸!!

2007-09-09 00:12:22 | Weblog
先月23日、日立製作所が製造した鉄道車両が、英国南部のサウサンプトン港に到着しました。今回到着したのは1編成6両の在来線用高速車両で、新幹線の技術が応用されているということです。鉄道発祥の地である英国に日本製の鉄道車両が走るのは今回が初めてです。
ロンドン中心部のセント・パンクラス駅と英南東部のアシュフォードを結ぶ109キロを、最高時速225キロで走行する予定とのことで、近く試験走行が始まり、来年12月から運行されます。2012年のロンドン五輪の競技場のあるストラットフォードまで、セント・パンクラス駅から約7分で行けるということです。
日立は今回の納入分も含め、計29編成174両を受注しており、運行開始までに全車両が納入されるということです。
とうとうやりましたね!!19世紀半ばに我が国に英国からもたらされた鉄道が、約1世紀半後の21世紀初めに英国に逆輸出されるとは、何とも感慨深いです。世界レベルにある我が国の鉄道技術が、本場英国でも評価されたことをとてもうれしく思います。

http://www.afpbb.com/article/economy/2271543/2040428
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/
20070824k0000e040029000c.html
http://www.jiji.com/jc/p?id=20070824092432-5480505

(信)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界初 トヨタ、2009年度の世界販売台数1000万台超え!!

2007-09-07 21:42:14 | Weblog
先月31日、トヨタ自動車は都内で経営説明会を開き、グループの日野自動車、ダイハツ工業を含めた2009年の世界販売台数を1040万台とする計画を発表しました。販売台数が年間1000万台を超えるのは世界の自動車メーカー史上初めてとなります。
計画では、09年はアジア市場での大幅な上積みを見込んでいます。更に欧州市場の拡大も見通し、ハイブリッド車の拡充など環境、安全に配慮した車作りを進めて、販売台数増加を目指すとのことです。
トヨタは今年の販売予定台数934万台が達成される見通しで、米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて世界一になることがほぼ確実ですが、更に来年の販売台数は980万台を計画しており、達成されれば1978年にGMが記録した最多年間販売台数、約955万台の世界記録を更新することになります。
年間1000万台販売というのは本当にすごいですね。これが達成されれば、トヨタは正に名実共に世界一の自動車メーカーということになると思いますが、その分責任も重大なものになっていくと思います。販売台数世界一の達成と共に、「地球環境配慮」でも「群を抜く世界一」だと言われる企業になってほしいと願います。

http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070831/sng070831016.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20070831AT1D3105W31082007.html
http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2007083100942

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界初、お酒の原料をDNAで特定 食品総合研究所

2007-09-05 00:18:44 | Weblog
先月9日、農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所は日本酒を分析して、原料の米の品種を判別する技術を世界で初めて開発したと発表しました。この技術を応用して、ワインの原料であるブドウの品種判別も出来るということで、これまで出来なかった醸造酒の原料の偽装を確認する方法として期待されます。
日本酒やワインなどの醸造酒は原料のDNAが微量に残っている為、このDNAを調べれば理論的には原料を特定することが可能です。しかし、実際は発酵の過程で原料DNAがほとんど分解してしまうことや、日本酒を造るのに麹菌や酵母を使うので、それらのDNAと混ざってしまうことから、原料のDNAのみを分離することが困難でした。
同研究所では麹菌や酵母由来のDNAを増幅させずに、原料米のDNAのみを増幅させるプライマー(核酸の断片)を選定し、更に酵素などを使って糖やたんぱく質などを除去し、効率良くDNAを抽出・精製出来る方法を開発しました。
この方法で市販の日本酒を調べたところ、「コシヒカリ100%」表示品からコシヒカリ特有のDNAが検出されなかったり、「山田錦100%」表示品から他品種の米DNAが検出されたということがあったそうです。
とても画期的な開発ですね。これまでお酒の原料は、消費者が確認しようにも出来なくて、表示を信じるしかありませんでしたが、この方法が実用化されれば、安心してお酒を飲むことが出来そうです。

http://www.nfri.affrc.go.jp/research/press/070809.html
http://www.sankei.co.jp/culture/kagaku/070809/kgk070809001.htm
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070809it02.htm

(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本の記念すべき日 其の二十一 9月3日 王貞治、通算756号ホームラン達成

2007-09-03 00:09:11 | Weblog
◎ハンク・アーロンを抜く世界記録を樹立(昭和52年:1977年)

昭和51年10月11日、読売ジャイアンツの王貞治は対阪神戦で、山本和行から通算715号ホームランを放ち、ベーブ・ルースの714本を抜きました。これで、王の通算ホームラン数はハンク・アーロンの世界記録755本に次ぐ第2位となりました。この年は716号まで記録を伸ばし、ハンク・アーロンにあと39本と迫りました。
そして昭和52年、このシーズン、王は順調に本塁打数を伸ばし、8月28日の対ヤクルト戦で松岡弘から754号を打ち、あと1本。31日の対大洋戦で三浦道男から755号ホームランを放って、遂にアーロンに並びました。
9月1日、2日の試合ではホームランが無く、いよいよ9月3日、本拠地 後楽園球場での対ヤクルトスワローズ23回戦。先発の鈴木康二朗に対して1打席目は四球を選びました。続く第2打席は3回裏1アウトランナー無し。カウント2―3からの6球目、内角のシュートをフルスイングすると打球はライトスタンドへ。時刻は19時10分。日本中が沸き返った瞬間でした。ハンク・アーロンの持つ通算本塁打記録を塗り替える、756本目の本塁打はこうして達成されました。
政府はこの栄誉を称えて、この年創設されたばかりの国民栄誉賞を王に贈ることを決定し、王は栄えある受賞第1号に輝きました。
昭和55年に現役を引退しましたが、通算本塁打868本は今も世界記録です。
現在もソフトバンクの監督として、大病を克服してグラウンドに立ち続ける王監督。どうかこれからもその雄姿を私たちに見せ続けて頂きたいですね。
(信)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加