日本の真実

日本人自身が知らない「世界に誇るべき日本の真実の姿」を様々な面から紹介するブログです。

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麻生外相 インド外相と初の「日印戦略対話」を実施

2007-03-31 00:12:42 | Weblog
22日、麻生太郎外相は来日中のムカジー・インド外相と外務省飯倉公館で会談し、アジア地域の安全保障問題などを協議する、初の「戦略対話」を行いました。これは昨年、麻生外相がインド訪問の際に提案して合意したもので、実現に向けムカジー外相の訪日を要請していましたが、今回開催の運びとなりました。
麻生外相は中国の国防費増額や衛星破壊実験に対して懸念を表明し、ムカジー外相も宇宙の軍事利用に反対する旨の返答をして、中国の軍事的脅威に対し懸念がある点で意見が一致しました。
来月上旬には日米印の3ヶ国で初の共同軍事訓練を行うことが決まっており、これに先日、安保共同宣言に署名したオーストラリアを加えた4ヶ国で、増強が進む中国の軍事力に対抗する体制作りは着々と進んできているようです。ここで気を緩めることなく、協力国との連携や情報収集を進めてほしいと思います。

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20070323k0000m010103000c.html
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007032200066
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070315AT3S1501815032007.html

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史上初 パリ・オペラ座で歌舞伎公演が実現!!

2007-03-28 00:42:26 | Weblog
23日、パリ・オペラ座(オペラ・ガルニエ)で市川團十郎さん、海老蔵さん親子らの市川家による歌舞伎公演が開幕しました。1875年の開設以来、130年余りの歴史を誇るパリ・オペラ座で、歌舞伎の公演が行われるのは初めてのことです。
演じられたのは歌舞伎十八番の「勧進帳」と舞踊劇「紅葉狩」。「勧進帳」では團十郎さんが弁慶を、海老蔵さんが富樫を、市川亀治郎さんが義経を演じ、弁慶の見えを切る姿や六方を踏む場面に観衆からは「ブラボー!」の歓声が上がり、大きな拍手が鳴り響きました。
また演目の途中では、一座の9人が裃姿で並んで「口上」に臨み、團十郎さんは「歴史あるオペラ座で歌舞伎が出来て大変光栄です」とフランス語で挨拶。他の出演者も全員がフランス語で自己紹介して、満員の観客を沸かせました。
この後、團十郎さんは舞台から客席をにらむ「にらみ」も披露。終演後には繰り返されるカーテンコールに応えて、出演者全員が「紅葉狩」の衣装のまま舞台に上がって挨拶。大勢の観客がスタンディングオベーションを送り、最後まで拍手が鳴り止みませんでした。
翌日の記者会見で團十郎さんは「歴史的な公演を終えられた。今まで経験したことのないプレッシャーを感じた。」と振り返り、「勧進帳」で弁慶と関守の富樫が詰め寄る場面を引き合いに出して、「歴史の重みが私に詰め寄ってくるのを感じた。」と語りました。
会見の席では、23日にフランス政府から團十郎さんに芸術文化勲章「コマンドゥール」が、海老蔵さんに同「シュバリエ」が授与されたことも発表され、正に歌舞伎界だけでなく、我が国にとって歴史的な日となりました。
美にうるさいパリジャン、パリジェンヌたちを虜にした日本の「歌舞伎」、これからも日本人の美の伝道師として世界で活躍してくれることを願います。

http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070324/bnk070324002.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070324i203.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070325k0000m040095000c.html

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人形浄瑠璃の吉田簑助さんに仏「コマンドゥール」勲章

2007-03-27 01:40:35 | Weblog
共同通信によりますと、18日、人形浄瑠璃文楽の人形遣いである吉田簑助さん(73)がフランスの「コマンドゥール」勲章を受章し、授与式が駐日フランス大使公邸で執り行われました。コマンドゥールはフランス政府より授与される「レジオン・ドヌール」勲章の一つで、芸術文化勲章の中では最高峰に属します。受章理由は簑助さんがこれまでフランスで行ってきた文楽公演の実績などが評価されてのことだそうです。
授与式で、フランスのルリデック駐日大使は「素晴らしい芸でフランスの観客を魅了し、国を超えた芸術文化の発展に貢献した」と簑助さんを称えました。
脳卒中を患い、言葉が不自由な簑助さんに代わって、元NHKアナウンサーの山川静夫さんが「これまで文楽を熱心に見てくださったフランス、日本の皆さんのお陰です。ますます芸道に精進したい」とお礼の文章を代読しました。その後、簑助さんはお礼として弟子の桐竹勘十郎さん、勘十郎さんのご子息の吉田簑次さんと共に文楽「お園」を演じられたそうです。
「芸術の国」フランスで我が国の「文楽」が最高の評価を受けたことをうれしく思います。吉田簑助さん、どうかこれからもお元気で。

http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070318/bnk070318004.htm
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007031801000649.html
http://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/article.aspx?id=20070318000420

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日本の記念すべき日 其の七 3月26日 硫黄島陥落

2007-03-26 00:22:13 | Weblog
◎日本軍 20,129名、米軍 6,821名 が戦死。太平洋戦争最大の激戦が終結
 (昭和20年:1945年)

1941年12月に開戦した太平洋戦争で序盤は戦局を有利に進めた我が国でしたが、翌1942年6月のミッドウェー海戦での敗北を機に戦局が一変し、物量に勝る米軍の攻勢に防戦一方の戦いを余儀なくされました。
1944年2月にマーシャル諸島を占領した米軍は、6月のマリアナ沖海戦で日本軍に大勝。我が国が「絶対国防圏」としていたマリアナ諸島を占領し、そこからB-29による日本本土爆撃を開始しました。
マリアナ諸島の陥落により、硫黄島は本土防衛の要衝として、その重要度が一気に高まりました。硫黄島を拠点にマリアナ諸島を攻撃してB-29の本土爆撃を阻止したい我が国と、硫黄島からなら航続距離の短い米軍戦闘機でもB-29の本土までの護衛が可能なことから、硫黄島を占領したい米軍との間で、現地での衝突が必至の情勢でした。
そのような状況下の1944年5月、栗林忠道陸軍中将は小笠原地区を拠点とする第109師団長に着任、6月に硫黄島入りしました。
それまでの日本軍は島での戦いに「水際殲滅戦法」を用いていましたが、グアムやサイパンなどでは上陸前の艦砲射撃によって大きな損害を出し、全て敗北に終わったことから、栗林は「水際殲滅戦法」が米軍には通用しないと判断。島の地下に洞窟を掘り、そこに立て籠もって持久戦を行う作戦を進めました。洞窟陣地の設営は米軍の上陸直前までの数ヶ月間続けられましたが、硫黄島地下の暑さと硫黄ガスの影響で作業は捗らず、計画では全長28キロのところ18キロまでしか完成しませんでした。
一方、米軍は10月、米太平洋艦隊司令長官 チェスター・ニミッツ海軍大将がホーランド・M・スミス海兵隊中将に硫黄島攻略を発令し、翌1945年2月15日に硫黄島に向け、マリアナ諸島を出発しました。16日の記者会見でスミス中将はこう言っています。「攻略予定は5日間、死傷は1万5千を覚悟している。」
2月16日、米軍は硫黄島への空爆と艦砲射撃を開始。
19日朝9時、米軍は島への上陸作戦を開始。これに対する日本軍からの反撃は無く、米軍は続々と上陸を続けました。しかし10時過ぎ、突如日本軍は波打ち際の米軍に猛烈な射撃を開始。栗林は弾薬を効果的に使用する為、米軍本隊の上陸を待っていたのでした。これにより米軍は五百名以上の死者を出す大損害を蒙りました。
それでも物量で圧倒する米軍の上陸は阻止出来ませんでしたが、日本軍はその後も洞窟を利用した組織的な抵抗を行い、米軍が「5日間で陥落する」と豪語していた硫黄島では3月に入っても戦闘が続けられました。
3月15日、米軍は硫黄島の完全占領を発表。
16日、栗林は大本営へ向け訣別電報を送りました。
その中に、有名になった次の句が記されていました。
 
 「国のため重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

21日、大本営は硫黄島玉砕を発表。
26日、栗林中将以下数百名の日本軍は米軍に最後の総攻撃を敢行、栗林以下大勢が戦死し、硫黄島の戦いは終結しました。

米軍上陸から戦闘終結まで36日間、米軍の戦死者6,821名、負傷者21,865名。スミス中将が予言した「攻略予定は5日間、死傷は1万5千」を大幅に上回る大損害を米軍に与えた戦いでした。
本土からの支援を全く受けられず、撤退も許されず、行く先には死しか無い状況の中でこれだけの戦いを続けた日本軍は正に見事としか言いようが無く、只々敬服するのみです。

それから40年後の1985年2月19日、日米双方の退役軍人らが参加して、戦没者合同慰霊祭が硫黄島で行われました。かつて敵として戦った国同士が、戦闘の慰霊祭を合同で執り行なったのは世界中で硫黄島以外に例がありません。
参加した両軍の元兵士たちはお互いに歩み寄り、握手を交わし、抱き合って涙を流したそうです。

昨年末、日米で封切られたクリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」により、国内外で硫黄島の戦いと栗林中将が再評価されたことをとても喜ばしく思います。

最後に、ニミッツ海軍大将が残した言葉を紹介します。
「硫黄島上で戦った人の間で、類稀な勇気は共通の美徳だった。」

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羽田空港の新滑走路 30日に着工

2007-03-24 02:21:06 | Weblog
12日、国土交通省は羽田空港に4本目の滑走路を建設する工事を、30日に着工すると発表しました。当初は昨年3月に着工の予定でしたが、漁業関係者との補償交渉が難航して、約1年間遅れ、これにより新滑走路の運用開始予定は2009年末だったのが、2010年10月に延期となりました。
新滑走路が使用されるようになれば、航空機の発着枠は現在の年間約30万回から約40万回に、約4割増えることになります。国土交通省は約10万回の増便分のうち、約3万回をアジアを中心とする近距離国際線に充てるとのことです。
羽田空港はかつてはアジア有数のハブ空港として機能していました。しかし、国際線を羽田から引き継いだ成田空港は、その利便性の悪さや利用料金の高さなどにより、各国の航空会社から敬遠され、現在、アジアのハブ空港は韓国の仁川空港や中国の上海空港、香港空港などに取って代わられてしまっています。
今回着工される新滑走路により、将来、羽田が再びアジア有数のハブ空港に返り咲いてくれることを期待しています。

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20070312AT3S1201K12032007.html
http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/070313/sng070313005.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070310i212.htm

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安部総理「日豪安保共同宣言」に署名 米国以外の国と初の安全保障協力

2007-03-21 13:44:50 | Weblog
13日、安倍総理は来日中のオーストラリアのハワード首相と首相官邸で会談し、両国の外務・防衛閣僚による日豪安全保障協議委員会(2プラス2)の新設などを盛り込んだ「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名しました。日本が米国以外と安全保障分野で共同宣言を発表したのは初めてのことです。
宣言は①2プラス2の新設、②テロ対策や災害救援活動での協力、③自衛隊と豪州軍との共同訓練及び行動計画の策定 などが明記されました。これにより米国を含めた3ヶ国での安全保障協力体制がより強化されることになります。
これで我が国の安全保障体制は長らく日米安保条約のみだった状態からようやく脱却しました。これはとても大きな一歩だと思います。「他国に頼る」防衛体制から「自分の国は自分たちで守る」体制へ。私たち一人一人も意識の改革が必要だと思います。

http://www.sankei.co.jp/seiji/seisaku/070313/ssk070313005.htm
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070313it14.htm
http://www.asahi.com/politics/update/0313/019.html

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「米国版ノーベル賞」フランクリン・メダルを受賞 戸塚洋二氏

2007-03-19 00:12:32 | Weblog
12日、米国のベンジャミン・フランクリン協会は戸塚洋二・東京大特別栄誉教授(65)に2007年の「ベンジャミン・フランクリン・メダル」(物理学部門)を授与することを発表しました。
同メダルは凧を用いて、雷が電気であることを証明した実験で有名な米国の物理学者、ベンジャミン・フランクリンを記念して1824年に創設された賞で、毎年、物理学、工学など6部門における世界の優れた科学者、技術者に贈られています。我が国からはこれまでにノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏、カーボンナノチューブを発見した飯島澄男氏、青色発光ダイオードを開発した中村修二氏などが受賞しています。
戸塚氏はノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊・東大特別栄誉教授の後を継いで素粒子の観測を行い、1998年に観測施設「スーパーカミオカンデ」で、質量が無いとされていた素粒子ニュートリノに質量があることを発見しました。今回の受賞はこの発見が評価されたもので、カナダのサドベリー・ニュートリノ観測所のアーサー・マクドナルド所長との共同受賞となりました。
同メダルは米国版ノーベル賞とも言われていて、恩師の小柴昌俊氏も2003年に受賞しています。戸塚氏自身、かねてよりノーベル賞の有力候補と言われており、今回の受賞でノーベル賞の受賞にも一歩近付いたでしょうか。朗報を期待したいですね。

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070312AT1G1203012032007.html
http://www.asahi.com/international/update/0312/012.html
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070312ik21.htm

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「米国で最も称賛される企業」トヨタが第3位に選出!!

2007-03-17 07:41:55 | Weblog
5日、米国の著名な経済誌であるフォーチュンは、2007年版の「米国で称賛される企業」20社を発表し、トヨタ自動車が第3位にランクインしました。米国以外の企業で唯一のランクインであり、また日本の企業が3位以内に入ったのは初めてのことだそうです。
第1位は大手電機メーカーのゼネラルエレクトリック(GE)が2年連続で選出され、2位は昨年5位だった大手コーヒーチェーンのスターバックスが入りました。上位3社は環境対策に取り組む姿勢が評価されたそうです。
米国以外の企業が選ばれるのが難しい中で唯一選ばれたトヨタ自動車。今年は売り上げも世界トップに立ちそうな見通しで、正に世界企業と言っていいでしょう。我が国の誇りですね!!

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070306-00000148-jij-biz
http://www.sanspo.com/sokuho/0306sokuho020.html
http://www.chunichi.co.jp/flash/2007030601000207.html

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日本の記念すべき日 其の六 3月14日 江戸城無血開城決定

2007-03-14 00:21:51 | Weblog
◎勝海舟と西郷隆盛が会談し、江戸城の無血開城が決定
 (慶応4年:1868年)

江戸時代末期、倒幕派と佐幕派の争いが激化し、遂に1868年1月3日に下された王政復古の大号令を機に戊辰戦争が勃発しました。その緒戦である鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は敗れ、薩長軍は江戸に大軍を進めて、江戸市中が戦火に見舞われる恐れが出てきました。
東征軍(薩長軍)による江戸城総攻撃を目前に控えた3月13日、幕府全権陸軍総裁の勝海舟は江戸・三田の薩摩藩邸に東征軍参謀の西郷隆盛を尋ね、会談を行いました。停戦を望む勝と総攻撃も辞さない西郷との交渉は一度は物別れに終わりましたが、翌14日再度会談を行い、「公のために」という勝の説得に西郷も応じて、無血開城が決定しました。江戸城は一戦も交えること無く、4月11日に新政府軍に明け渡され、当時の江戸市民150万人の命が救われました。
世界の歴史に名を残す革命では、その多くに流血の惨事が伴い、中には旧政権の関係者が処刑される悲劇さえ起こっています。フランス革命しかり、ロシア革命しかり。
そんな中にあって一滴の血も流すことなく平和裡に政権の交代が行われた、この江戸城無血開城は正に私たち日本人が世界に誇るべきものと言っていいと思います。
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世界に好影響を与える国 日本が第1位 BBC調査

2007-03-12 00:11:03 | Weblog
6日、英国放送協会(BBC)は米メリーランド大学と共同で行った国際世論調査の結果を公表し、日本はカナダと並んで「世界に好影響を与えている国」の第1位であることが明らかとなりました。
調査は昨年11月から今年1月にかけて、27ヶ国の約2万8000人を対象に行われ、日本、英国、カナダ、中国、フランス、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、ロシア、米国、ベネズエラの12ヶ国と欧州連合(EU)が世界に好影響を与えているか、悪影響を与えているかをそれぞれ聞きました。結果「好影響を与えている国」は日本がカナダと並ぶ54%でトップで、以下EU53%、フランス50%、英国45%と続き、一方「悪影響を与えている国」はイスラエル56%、イラン54%、米国51%、北朝鮮48%となりました。
日本は27ヶ国のうち、中国と韓国を除く25ヶ国で「好影響」が「悪影響」を上回りました。インドネシアでは8割以上が日本を「好影響」としたそうです。
現在、米国下院に従軍慰安婦非難決議案が提出され、我が国は米国の一部左翼メディアの批判に曝されていますが、実際は世界からこれだけ好感を持たれています。この結果を見ても、今回の一連の非難決議案騒動は中韓からのみの影響であり、全世界的なものではないと言うことが出来ます。
中韓のごり押しに負けずに頑張って戦っている阿部総理に大きな拍手を送りたいと思います。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007030600182
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070307i103.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070310AT2M1000510032007.html

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世界初 細胞から歯の再生に成功 東京理科大の研究グループ

2007-03-09 00:07:30 | Weblog
先月、東京理科大学の辻孝・助教授(再生医工学)らの研究グループは、マウスの胎児から取り出した歯胚(歯のもとになる組織)を培養して、完全な歯を作ることに成功したと発表しました。2月18日付の米科学誌「ネイチャーメソッズ」(電子版)に発表されました。
研究グループは、全ての臓器や組織が上皮細胞と間葉細胞と呼ばれる2種類の細胞の相互作用により形成される点に着目し、マウス胎児の歯胚から取り出した両細胞を酵素でバラバラにして、それぞれの細胞の塊を作成。それをコラーゲンのゲルに入れて培養し、出来た歯の種を大人のマウスの抜歯した跡に移植したところ、22回中17回歯が再生したとのことです。再生した歯にはちゃんと血管や神経が通り、歯と歯茎の間にある歯根膜も出来ていたそうです。
グループは今回、同様の方法で毛の再生にも成功し、今後、肝臓や腎臓などの臓器の再生を目指すとのことです。
再生医療分野には強い我が国ですが、これだけ高い確率で組織そのものを再生させたという報告はこれまで無いようです。快挙ですね!!

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070219i505.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/news/20070219ddm001040011000c.html
http://www.asahi.com/life/update/0219/003.html?ref=rss

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トヨタ 米国の人気自動車レースに日本車で初参戦

2007-03-06 00:03:12 | Weblog
先月18日に開幕した米国の人気自動車レース「NASCAR(ナスカー)」の最高峰カテゴリーであるネクステルカップ・シリーズに、今シーズンよりトヨタが日本車メーカーとして初の参戦をしています。
ナスカーは全米ストックカー・レース協会(NASCAR)が主催するレースで、ネクステルカップ・シリーズは年間36戦が予定されています。米国で生産、販売されている市販車を改造した車両を使用し、スポーツ部門のテレビ視聴率で、アメリカンフットボールに次ぐ2番目の高視聴率を取る、米国で最も人気のあるモータースポーツです。
フロリダ州のデイトナビーチで行われた開幕戦「デイトナ500」で、トヨタチームはカムリで参戦した4台のうち、2台が完走。D.ジャレットが22位、M.ウォルトリップが30位でした。
トヨタは2003年に同じく米国の人気自動車レースであるインディカー・シリーズの最高峰レース「インディ500」を制覇しましたが、2005年限りで同シリーズより撤退しています。
今回新たに参戦したナスカーはレースの結果が翌日の販売に影響を与えると言われており、今年売り上げ世界一を目指すトヨタとしては、是非とも好成績を残したいところです。頑張ってほしいですね!!

http://www.us-racing.net/modules/weblog0/details.php?blog_id=965
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/ms/20070216vi41.htm
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2007021700241

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世界に誇る日本人の発見 医学生物学編 その六 脚気の予防法

2007-03-03 00:26:30 | Weblog
◎脚気の予防法を確立:高木兼寛

明治時代、日本では脚気が大流行し、多くの死者が出ておりました。特に海軍将兵の脚気の罹患率は3割近くに達していました。しかし当時脚気の原因は不明で、治療法や予防法も無く、罹ると死に至る恐ろしい病でした。
1849年、現在の宮崎県に生まれた高木は医学を志し、鹿児島医学校でイギリス人医師ウィリアム・ウィリスについて医学を学んだ後、1875年にイギリスに留学しました。1880年帰国し、海軍軍医に着任した高木は脚気の研究に取り掛かりました。
彼は海軍で脚気に罹るのはほとんどが兵卒、下士官で、士官が罹らないことに注目し、食事の違いに気付きました。当時、士官は西洋式の食事だったのに対し、兵卒、下士官は白米中心の和食でした。このことから高木は、脚気は蛋白質の不足が原因で起こる病気であると考えました。
折りしも1883年、軍艦「龍驤」が航海中に船内で脚気患者が続出し、死者が25名発生するという大惨事を引き起こしました。これを受け、高木は兵食の改善を提案しましたが、脚気の原因を細菌とする陸軍と対立したため、大規模な航海実験を計画しました。それは軍艦「筑波」に「龍驤」と同じ条件で航海させ、食事だけは麦飯やパンに代え、副食をきちんと摂らせるというものでした。
1884年、軍艦「筑波」は出港し、数ヶ月後1通の電文が届きました。
「ビャウシャ、イチニンモナシ。アンシンアレ」
「筑波」では一人の脚気患者も発生せず、高木の食事原因説がこれで立証されました。これにより海軍では兵卒の食事に麦を加えるなどの改善を行い、脚気の発生数はゼロになりました。
一方、細菌原因説を主張する陸軍は高木の航海実験の後も、軍医の森林太郎(鴎外)などが麦飯の導入に強硬に反対し、白米中心の食事が続けられました。その結果、脚気による死者がその後も続出し、日清・日露戦争で大量の犠牲者を出しました。特に日清戦争では脚気による死者数が戦死者数を上回るという結果になりました。
その後、ビタミンが発見され、脚気の原因は高木が考えた蛋白質不足ではなく、ビタミンB1の不足であるということが分かりました。高木の業績は世界的に評価され、「ビタミンの父」と呼ばれるようになりました。彼の業績を称え、南極大陸の岬の一つには「高木岬」という名前が付けられています。
高木は他にも現在の東京慈恵会医科大学の創設や、日本初の看護学校の設立などの業績を残しました。
そして、高木はこんな言葉を残しています。
「病気を診ずして病人を診よ」
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