フランスへの階段

2007年7月27日に男の子を出産しました。フランスなのに産んだ病院が偶然ながら母乳至上主義で・・・

謹賀新年 2012

2012-01-02 23:28:28 | 日々感じたこと

明けましておめでとうございます。

去年2011年に撮った最も清々しい写真を新年の為に選んでみました。

 

意外や意外、4月の半ば桜の季節に近所で撮った写真が一番美しかった。

へえー、いいとこに住んでますね なんて誤解されそうな。

写真写りが良いにもほどがある。

 

それとも、私の目の方が節穴なのでしょうか?

もしそうなら...今年はファインダーを通してでなくこの目で

この町のありのままの美しさを実感したいものです。

(引っ越す前に...ええ引っ越しますよ 汗

 来年かいとが小学校に上がる前には!)

 

節穴と言えば、人は見たい物しか見ないということを思い知らされた昔の出来事。

協力隊でウズベキスタンに派遣されて半年ほど経った頃

私の顔にぽつぽつと赤い吹き出物ができてきた。

それは日に日にひどくなって周囲の人も話題にするのをためらう中

私は、毎日鏡を見ながら

まだ残ってるけど前より良くなってるな

と心の底から思っていた。

ほんとに見えてなかった。

これはもしかしたら、拒食症の人がいくら痩せてもまだまだ

自分が太っているように見えるのと同じ状況かもしれない。

つーか、逆か。

 

とにかく ありのままを見るのは難しい。

思い込み無しで。

 

思い込みが強くて冷静な判断が出来ないところがあるので

今年は、思い込みを和らげたい。

思い癖 とも言える。

あとは健康!

が今年の目標です。

12月中 風邪が治りきらず辛かったので。

 

2012年、皆様の幸せを心からお祈り致します。

どうぞ一度でも多く温かい気持ちになれますように。

 

 

 

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秋の日に仏像のある公園に行った

2011-11-14 15:41:49 | 日々感じたこと

ちょっとだけ 非日常ってわくわくします。

雪景色とか台風とか、こんなに積もった落ち葉とか。

週末に家から30分ほどで行けるベルギーの公園に行って来ました。

ここにはずっと行ってみたくて、というのも 仏像と茶室があると聞いていたからです。

仏像はなかなか立派でした。

でも簡単な金網で囲ってあったのが...適当な日本語が出て来ない!!教えて、どなたか...

日本では囲いが無くても、仏像に登ったりいたずらをしない。

私はそこに穏やかな信仰心を見た気がました。

 

公園の中に美術館もあります。敷地は広くて茶室は見つけられませんでした。

この町はイタリアからの移民が多くイタリアンコミュニティーがあって

庶民的なイタリアンレストランが目につきます。

公園のベンチでおしゃべりしてるおじいちゃんはイタリア語で話してたし

二人の娘を追いかけるお父さんは「ガブリエラ」だの「パウラ」だの

イタリア風な名前を呼んでいました。

ここでも旅に出たようなかすかな非日常。

現実を生きろよ、私 という声が今 内から沸き上がって来ましたが。

こんな風に日本を身近に見つけては暮らしています。

ちなみにこの美術館の名前は まりえもん。(Musee Royal de Mariemont)

これも日本の誰かを彷彿とさせます。

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幼稚園ノート

2011-11-12 19:03:49 | 日々感じたこと

これが年中になってからの幼稚園のノートの中身。

ただの線なのに、公衆トイレの落書きにも似た猥雑さを感じさせる。

エゴンシーレ。。。?

これとか、

これも線。

 

縦線、横線、斜め線となぜこんなに線にこだわるかというと

今年からアルファベットを習い始めるからだと気づきました。

確かにまっすぐな線が書けない事にはアルファベットは書けない。

そして今のかいとには、まっすぐな線を書くのは楽ではない。

その証拠に数字を書くドリルは、うまくできないからやらない。

プリントされている単語と同じ紙切れを選んで下に貼るというアクティビティ。

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息子の言語習得記録 成長と病気に関する覚え書き

2011-11-11 00:00:20 | 息子の言語習得記録

〈櫂人のおもな記録〉

生後直後からよく泣いていた。退院してすぐにコリックが始まる。

2歳半まで、夜2、3回起きる。

3歳になるまで風邪、病気によくかかる。病は鼻水から始まりなかなか止まらない。そして鼻水がのどに降りて行く為、夜に何度も起きる。(その時の機嫌は最悪で親は叩き起こされた上に泣きわめかれ怒り狂われる)

胃腸も弱く、抗生物質を飲むとひどい下痢になる。

2歳過ぎから原因不明の下痢になる。9ヶ月間続く。原因は、牛乳に含まれるラクトスだったようだ。

2歳半で漢字を教えてみる。その後、半年に一回ぐらい、思い出してはやっている。*

3歳過ぎで大方トイレができるように。

3歳半でおしゃぶりを完全に卒業。スペイン行きの車の中でおしゃぶり要求の2時間に渡るmax泣きに耐える。

4歳、あいのあが産まれてから、他のストレスがかかると布団の上に故意におしっこをして意思表示。

幼稚園2年目で、思わぬ行き渋り。環境の変化に弱い、デリケートな面があると判明。

二人目が産まれる前後は、一人目の事を気にかけてケアしているが、無事にその時期を乗り越え安心してはいけない。ケアは続けなければならない。新学期の頃、かいとにストレスが溜まり悪さが増え親を怒らせてばかりいたのはケアが足りていなかったせい。

喜怒哀楽ははっきりしているが、意思表示は屈折している事も判明。(思っている事、不満をストレートに言わない。または自分でも感情を持て余してか、何と言っていいか分かっていない)

学校を行き渋ったのは、フランス語環境へのストレスもあると思う。本によると、子供は柔軟だといえども新しい言語環境への適応には相当のストレスがかかると書いてあった。家では日本語を話すのが基本方針だったが、かいとのストレスを軽くする為ならその方針を見直す考えでいる。目下のところ、言語療法士、放課後の補習と現在はフランス語のサポートに力を注いでいる。

最近、ひらがなかるたをして遊ぶ。

すごろくでも楽しく遊べる。

しまじろうのDVDを喜んでみている。もしかしたら彼の歳より小さい子向けの物かもしれない。

日本語の勉強をかねて、いただきもののワークブック(数や迷路、反対語など)をやったりしている。気が向いた短時間だけ。

 

*私が積極的に働きかけた唯一の教育。体の部所など、一文字の漢字とその絵を書いたカードを作って、最終的には漢字だけを見て読めるようにする。半年に一度くらいしかやらないが、いつか漢字を習う時の負担が少しでも軽減されればという願いから。ひらがなは51文字だからいつかは覚えるが、漢字は限りが無いと言っていい。先日、抜き打ちで漢字だけ見せて答えさせたら13枚のカードのうち6枚覚えていた。ちょっと手応えを感じた出来事。

漢字から入ったので、ひらがなかるたで遊び出したとき、かるたに書いてあるひらがなを指して「漢字?」と聞いてきた。大人の日本語学習者には漢字と平仮名のちがいを説明してたけど、幼児にはいったいなんて言えばいいんだろう。

100円ショップで買った漢字のワークブックも気に入って見ていた。絵からどのように漢字が出来たかという説明は子供にとって分かりやすい。

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息子の言語習得記録 11-2

2011-11-10 11:00:18 | 息子の言語習得記録

9月から新学期が始まり、年中になった。

9月終わりからフランス語がよく出てくるようになった。

一方、発音が不正確で、(人の事言えないが)なかなか言わんとしていることが通じない事もある。

 

発音が不正確だった例

-スリ モンテ シャンピニオン

モンテは モンジュ-mange と言うべき。

-サ オヌ チューパ!

チューパ ではなく トウッシュパ-touche pas

 

文単位で話すようになった例

-サ マルシュ-Ca marche

シャオスーの家のDVDプレーヤーが動き始めて。

-コモン サヴァ?-Comment ca va?

リチャードに聞いていた。

-エレ ラ-Elle est la

カタツムリはどこにいるの?とフランス語で聞かれて。

 

二人でパズルで遊んでいる時の会話。

かいと:セ ラ?-C'est la? スリラ?もよく言っている。

リチャード:ノン ノン!

かいと:セ パ ラ?C'est pas la?

二人を見ていた私に向かって、

^オナ ジュエ アヴェック サ-On a joue avec ca

次のパズルのピースに取りかかろうとするとき

-alors....

と呟いていた。

 

他人にこれは自分のだと伝えたい時

-セ モワ

を使っていた。C'est le mien を提示しておいた。

 

イーニゴとごっこ遊びをしていてなぜかフランス語で話していた。

- Je suis monstre. Je ne suis pas Kaito. 僕はモンスター。かいとじゃないの。

-Il est parti. モンスターは行っちゃった。

 

私とごっこ遊びをしていて(かいとはカタツムリ役)

-J'ai pas jambs. 僕は足が無い。

 

フランス語の動詞

-Il a disparu. Il est parti. 〜perdu.←主語は何だったか忘れた。

☆今の時点で使う動詞は過去形が多い。日本語でもたしか、過去形から使い始めた。

 

-Il travaille. これは現在形。

シャオスーと電話で少し会話が出来た。

-Oui....oui....Ca va.   Moi aussi malade.

 

☆フランス語はまだまだとはいえ、一日中フランス語のアニメを見ていた日にはフランス語で話しかけて来たので、ちょ・っ・ぴり日本語への危機感も感じたりして。バイリンガル時の親の気持ちはすぐ揺れ動く。

ちなみに言語療法士には、家でもフランス語を少し話すように、そうしないとなかなか上達しないと言われた。

現在、フランス語で話すのはごっこ遊びの時。(例:先生ごっこ。私に先生役をやらせる。)

 

☆幼稚園で必要な子供に対する補習制度がある。かいとは必要性が認められ、今週から幼稚園の後、居残り。少数の子供たちとフランス語でコミュニケーションを取る場が与えられた。これは月、火、木の放課後30分程度。月曜日は病欠したため火曜日に初参加したが、初めての先生だったということで、ほとんどしゃべらず、しゃべっても蚊の鳴くような声だったということ。これもいつもの事。そのうち慣れるでしょう。

☆「バイリンガルと言語障害」学苑社 という本を読み始めた。その中で、”3歳後半から4歳にかけてが成長が著しい時期”だという記述があった。

 

その他

相手が何を言っているかへの興味が高まって来た。

-フランス語のテレビを見ていて、「いま何て言ったの?」と聞いてくるように。やばい!

ママも分かんなかった と答えたら「アニマールって言ったよ」と返された。ちなみに彼が知りたいのは一つの単語ではなくて会話の大きい流れの要約。

-両親が冗談を言って笑っていたら「何て言ったの?」と聞いて来た。笑いを説明するのは難しい。した途端に無粋になってしまうから。

-「ずきんって?」かいとにそんなこと言われたらパパはずきんってしちゃうから言っちゃ駄目というと。わからない言葉が出てくると質問するように。

 

表現

-ありがとう と言ったら「おやすいごよう」と答えた。

-「とにかく〜!」と言って自分の主張を通そうとする手段を覚えた。レストランで、まず手を拭いて!というと、とにかく〜!トイレ行きたいの!と言って怒った。

-「やっぱり、きのこだよ」 それは、きのこじゃないんじゃない?というと。

(だって水族館の写真だよ。くらげだろ。)自分の意見を再主張。

 

列挙の「に」

-あんぱんマンにバイキンマンにドキンちゃんに ホラーマンもいっしょ。

 

 

 

 

 

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息子の言語習得記録 11

2011-10-13 12:30:03 | 息子の言語習得記録

まず言語療法士の事。

半年前、4月ごろに予約を入れて行ってみた。

事故や病気で言葉が不自由になった人達に言葉の訓練をする場所というイメージがあったが

健康な子供達も多く来ている。かいとのように複数言語習得者は少ないだろうが、フランス人の子供で

一定の音が発音できなかったり、言葉の発達が遅かったりする(これは予想)幼稚園、小学生ぐらいの子達を見かける。

私たちが出会った療法士は若い女の先生で、日本語を少し知っていた。

(”ねこ”とか動物や家族の名称、”見る”等簡単な動詞。あとは”温泉”も知っていた。)

私たちの状況を理解してくれて、語彙を増やして文を作るような第二言語習得用のサポートをしてくれているので通っている。

一回30分。保険に入っていれば、全額そこから出る仕組みで実質無料。(シビアな人に言わせれば無料な訳ない!高い保険料払ってるんだという言い分になる。)

あいのあ出産前に3、4回、9月に新学期が始まってから3回行った。

 

遊び友達。

裏のアパートに住む中仏カップルの息子、リチャード(3歳)と気があってよく遊んでいる。

リチャードは中国語よりフランス語が強く、普段フランス語で話すので、かいとがフランス語を話す動機が高まった。

去年1年幼稚園に通ったが、ついにかいとの口から友達の名前が出る事は無かった。そのかいとが初めて自発的に話題に出すリチャード。

 

言語習得記録をまとめるのは6ヶ月ぶりになるが、その間出産を挟んでいたせいか今回かいとの誤用をあまり拾えなかった。

それより印象に残った文章を書き留めてある。(彼の内面・心理が垣間みられるような文)

 

-誤用

物の移動を表す”から”、”に”

「ママ、ママから これ」かいとが私にプレゼントを渡そうとして。

正しくは 「ママに これ」

「ママからのプレゼントよ」とも言う。私にプレゼントを渡す場面で。

正しくは「ママへのプレゼントよ」

 

「ありたい」

「あるといいな」「あってほしいな」という場面で。

 

存在分の”いる”と”ある”自動修正

「〜がいる」と言った後に「...ある」と言い直したりする。

主語が物か人かに注意を払いつつある。

 

存在文の助詞”に”と”が”

「みて、ねこちゃんよ、ねこちゃんにいた」

直後、「ねこちゃんがいた...」とつぶやいていた。

 

”上”と”中”間違えてる

「いすの中に なにかある。なにかしら...」

中という場面で上と言っていたり。例)服の上に入った 等。

 

「持って行く」と「置いて行く」

「ぱぱー、だめよ おべんとー持ってっちゃ」

現実には、弁当を忘れて行った事を責めている。

 

「名詞+になる」

「めちゃくちゃく なる」と数回言っていた。

 

「借りる」と「貸す」

「パパのかぎ、かしてもいーか?」中国人風な疑問文の”か”?も。

正しくは「かりてもいい?」

 

-接続詞と、〜たら、〜と、〜けど、〜のに、〜てから 等 文をつなぐ言い方が増えて来た

「おわったら おしえてね」私がシャワー浴びていると。

「そのあいだ〜」

「ところがある日 そりがこわれてしまったんです」あんぱんマンから。

「わたしはまだ寝てるけど あいのあちゃんは?」

「ふうしゃ(風車)、みつけたら おしえてね」車の窓から外を見ながら。

「さっきは あんなにいたのにね」同じく車から外を見ながら。牛の事を話している。

「ほんとはいやだけど わかったわ」歯を磨かないとおしおきだと言うと。

「このハート(青)にふれると みんなに迷惑をかけてしまうの」あんぱんマンのロールパンナ役をしながら。

「せっかく なかよしになったのに。またパンプローナにいきたいな」

ピラールがスペインに帰る時に。しかしこの文は本心とはかけ離れている!

産後の手伝いにプラールが1ヶ月ほど滞在中に、かいとはおばあちゃんとの関係が悪化。

おばあちゃんがいる部屋には近寄らなかった。(今は忘れたようだが)現実は この逆。

「アイスクリーム たべてから だっこね。あいのあちゃん。」

「うんちだけじゃなくて おしっこもでたよ」うんちでた?と聞くと。

 

 

-心理が現れているような、意味深な一言

「しゃぼんだま、もうやめるかなあ...しゃぼんだまひめも おこってる。」

あんぱんマン映画シリーズの中のプルンちゃん役。

挫折しているキャラクターを好んで演じる事からかいとの自信が無い一面が見られる。

同じプルンちゃんの話から

「あのこ、どんなにれんしゅうしても ちいさいしゃぼんだましか...(言葉を濁す)...こと、きにしてたのかしら。」

小さいシャボン玉しかふけない事に自信を無くしヤケになっているプルンちゃんの友達の台詞を急に口した。

「ぼく そらを とびたいんです...」

プーさんのクリスマスムービーのイーヨーの役。自分の願いをかなえるのは無理だと言ってサンタさんにお願いをしないイーヨー。無理な願いとは、空を飛びたいというもの。イーヨーのようにバリトンの低い声で演じるので笑える。ここからも、自分の希望はあってもそれをかなえるのは無理だとあきらめそうなかいとの心理が見られるような...

 

夜3回も起きて私を呼ぶかいと。(あいのあ出産前 5月19日)この時期、夜起きる事が多くなった。

1、ママ おきたの。しんぱいです。

寝る前、「かいと心配なの?あいのあちゃんが来てもママはかいとのこと大好きだよ」と言い聞かせたからか。

2、ママ おきて。

3、(泣いて)ぬれちゃった。

おむつを脱いでいて、おねしょしていた。←2回呼ばれたが、私が来ないので、私を呼ぶために意図的におむつをとっておしっこしたのかも。今思うと。

もっと小さい時から、呼んでも親が来ないとかいとはよく「おしっこ(がでる)」と言っていた。効き目は100%。

3回目に行って(布団とシーツお取り替え)優しく注意するとうれしそうだった。

「あした ようちえんいってから あんぱんまん みるよ」(この頃、朝幼稚園の前にあんぱんまんを見るとだだをこねていた)

と天使のような笑顔で。

 

閉じ込められた夢

「ママ、ゆめみた。かいとがハンバーガーたべてると ママがおこってかいとをなげた。」

え、窓から投げたの?と私が聞くと

「このなか(おもちゃのお城)にぽいって なげた。」

私がかいとをせまい所に押し込めている、つまり我慢させている 彼のストレスに気づいていない という意味がある?

9月に入って新学期が始まった頃。2年目で、もう幼稚園に慣れていると思いかいとのことを気にかけていなかったが、実際はクラスと先生が変わってすごいストレスを貯めていた。

 

フランス語の発話とその他の気づいた事はその2に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コリック〜赤ちゃんの腹痛〜

2011-09-08 14:47:16 | 日々感じたこと

これで困っているお母さんにもしかしたら朗報が。

私は一番目の子も二番目もコリックがありました。

コリックはうちの母は知りませんでしたが

こちらでは赤ちゃんが泣き止まないとコリックだ 

というぐらいよく耳にする言葉です。

 

一番目は産まれて一週間後から

二番目は3週間後からコリックがはじまり

夜泣き昼泣きが始まり

親の神経が隙減らされる日々が始まりました。

ミルクを飲んでから空気がおなかにたまっていたり(げっぷやおならが多い)

しゃっくりで横隔膜が振動するように腸がびくびくっと動くことで

分かります。

 

かかりつけのお医者さんにコリックが始まったようだと告げると

二つの事を処方してくれました。

1、ミルクを与える前にぬるま湯をスプーン一杯飲ませる

2、授乳間隔を2時間半は開ける

 

うちの子の場合は、これでかなりコリックが治まりました。

 

ちなみにお腹に空気がたまるのは、ミルクを飲む時に空気が入るというより

腸内で消化する際に、空気が生産されるからだそうです。

そしてぬるま湯を先に飲ませる事で、水がその空気を吸収してくれる

(ここは理解にあまり自信無い)と説明されていたと 思います。

また、授乳間隔を空けるのは、腸への負担を軽くするため。

 

穏やかな日々が訪れますように。

 

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フランス語試験 DELF B1 傾向と対策 (続き)

2011-09-08 14:42:25 | フランス語

途中にしたままでしたがやっと続きが書けます。

5月に試験を受けて6月の終わりには結果が出ていたのですが

合否を知るのにインターネット上のサイトに行って、自分の受験番号を探すよう言われました。

ただ、その受験番号というものは試験日に提示され、自分でメモして来た番号なので

(なぜ一枚の紙切れをくれない!?それとも環境に優しいと感心するべきか?)

万一写し間違いをした場合、合否が正確に判定できないのです。

きちんと証書(アテスタシオン)を受け取るまでは安心できないと思って

証書を見るまで控えてました。

合格してました。

やっぱり楽観的な自分を再認識しました。笑

ところで、その証書ですが、日本的常識なら自動的に向こうから送られてくるのを

待っているのが普通だということになるでしょうが、こちらは違います。

まず6月20日頃にこんなメールが届いて

 

〜テスト結果が出ました

これこれのサイトで合否を確認ください

証書の準備も整っていますので大学に取りに来られますよう、

代理人に頼む場合は委任状をご持参ください〜

 

近辺に住んでる人ばかりではないのに郵送などについては一言も触れず。

私は結果通知のあった直後に出産したので、問い合わせもせず

7月までほったらかしにしてありました。

まさか、期限切れになって証書がもらえないんでは...

ありえる、フランスではありえる。

と少し心配になりながら。

 

7月に電話してみたところ、担当者は夏休み中で8月終わりまで戻らないが

メールで頼めばもちろん郵送してくれるとのこと。

担当者が戻ってくる頃を見計らってメールを出すと快諾してくれました。

 

ここで一つの疑問。

なぜに、"必要な方は郵送もできます"の一言を知らせないのだろう。

それだけでフランス語フランス常識に不自由な外国人はどぎまぎしてしまうのに。

たぶん、仕事を極力増やしたくないからだ。

(私も私も!と多数の受験者に頼まれたらメンドー、だから秘密にしておく)

笑うかもしれないけど、この理論・思考は広く深く

フランスを覆っている。

 

そしてフランスで生きる姿勢をまた確認した。

ここでは 何事も

自分から取りに行く 

能動

その姿勢が大切だ。そうすればかなり親切に対応してくれる。

これは受け身の姿勢に慣れている日本人にはかなり億劫な行動。

 

またまた前書きが長くなった。

まだ書いてなかったのは読解と口頭試験についてだ。

まず読解。

いつものように大きい設問が二つ。

設問1は、夏休みが終わって新学期が始まるが、ダンスのお稽古ごとをしたい。

楽しい環境でお金はこのくらい、何時からどのへんで習いたいのだが

どのダンス教室が最も適しているか選びなさい。という問題。

以下にダンス教室が6つぐらい紹介してあってそれぞれの特徴が書かれている。

読解というより情報収集力を見る感じ。

設問2はページの3分の2ぐらいの量の文章があって、その後に選択問題と筆記問題があるもの。

内容は、近年のコミュニケーション手段の変化(携帯のメッセージ、eメールなど)が

若者のフランス語力に及ぼす影響について。

今まで読んだ中で一番分かった気がしていたが、結果を見るとそうでもなかったらしい。

なので私は読解については多くは語れない。

ただ言えるのは、2つ目の読解の設問で筆記形式のものが多めだったように思える。

 

口頭試験

3つの部分に分かれる。

1、自己紹介

2、短い記事を読んでそれに関して自分の意見を述べる

3、ロールプレイ

2の為の記事は15分ほど準備する時間が試験の前に別室で与えられる。

3の指示は紙に書かれているが試験管の前で渡される。

これは、うまく行った と内心思っていた口頭試験。でも結果は予想をずっと下回っていました。

敗因を私なりに分析すると

まず、10以上はあると思われる裏向きに並べられたカードを二つ選べと言われ

二つ選んだ。続いてタイトルだけ見てどちらか一つを選べと言われる。

「自宅学習(学校に行かず家で親が子供を教育する)について」

「交通、車について」

私はTVのドキュメントを見て知識のあった「自宅学習」の方を選んだのだがそれは失敗だった。

なぜかというと、あまりに身近な主題はぺらぺらと軽口が叩けない。

重すぎて。

手のかかる4歳の息子がいるわたしにとって、

子供が学校に行っている間心底ほっとしている私にとって、

始終子供と一緒、離れる時間がない、子供がずっと家にいる

なんて状況は客観的に考えるにはレアすぎた。

 

結果、ぜんぜん理論的なトークが繰り広げられず

「子供によりますが、わ、私にはできません。距離が 必要なので...」

試験管は怪訝な顔。まったく説得できずに終わった。

 

1と3が順調に終わったのでかなりよく出来た気がしていたが、もしかしたら

この理論的に繰り広げるトークが一番ポイントが高いのかもしれません。

 

スコアは

聞き取り  18

作文    18

読解    15

口頭    16

 

作文は練習の甲斐あって予想を上回る。

今後の課題は読解です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あいのあ・ベイビー

2011-08-11 06:56:32 | 日々感じたこと

うちにあいのあベイビーがやって来ました。

2011年6月26日に3400gでこの世に生を受け、いまぐんぐん成長中です。

名前は日本語では”あいのあ”、こっち表記ではAinhoaと書く事にしました。

ところで、出産は日本のように麻酔無しの自然分娩でした。

妊娠後期に担当医に聞かれた時、少し迷いました。

二人目だし、麻酔無し(腰の辺りの部分麻酔)で産もうかな〜と。

フランスのこの病院で、麻酔無しで産む人はいるのか聞くと

いるがちょっとだけ。理由があって麻酔が使えない人達 という答えでした。

前回、麻酔の量を手元のボタンで調節できた記憶があったので

〜今思えば、微弱陣痛で促進剤を使ったあまり一般的なケースじゃなかったけど〜

麻酔無しでいけそうなら、自分でボタン押さなきゃいいんじゃん という結論を軽く出し

一応麻酔ありということで 話を進めました。

 

でも、そんな覚悟じゃ、ボタンが手元にあったらぜったいにぜったいに押す

という事を知りましたよ。実際。どーにも頼るものが無くなった時に。

私の場合明け方4時半に少量の破水があって、それからこちらの意に反してどんどん出産が進み

6時20分には産まれていたので、麻酔医も病院にいなかったし、いたとしても間に合わなかったでしょう。

予想外の展開に 痛みに強くいざとなったら肝が据わっている

という自己評価とはうらはらに、パニック。

頭の中で事の成り行きを整理できず、しかも真面目に勉強してないから今後の展開が見えない!

これが一番 不安でした。

ビジョンが ない。

今は 出産の この辺だという見通し。

そして、分娩台にやっとのこと上がった私に助産婦さんは

あと15分で産まれるよ とおっしゃられ

それから のたうち回る私と 目が合うと気まずそうに逃げて行く看護婦さん!

ほとんど無痛分娩の国では、看護婦さんは痛がる妊婦への対応に困っていた。

でも、変に励まされたら、怒りが込み上げて来たかもしれないので、それは良しとしよう。

たとえば、数回いきんでも出て来なかったとき

助産婦さんは私の手を取り、

「ほら、あいのあの頭よ。」と私を勇気づけるために触らせましたが

その時わたしが心中で思った事は

   だから、 なんじゃい

でした。

あの最後のいきみを言葉にすると

私が今まで感じた最高の無力感。

ぜったいに不可能で無理な事をやらされている感覚でした。

出口が無いのに

漬物石か地蔵の頭がぐいぐい降りてくる

恐怖。

私の傍らでついていたイーニゴは、普通に励ましてくれていましたがある時点で

「めぐ、あいのあちゃんも苦しいんだよ。

 真面目にやって。」

(少々いらっとしている↑)

 

まじめ...?

真面目の意味が わからなーーーい


でも、もう終わりました。

今回は あいのあにしてやられました。



 

 

 

 

 

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村上春樹 バルセロナでのスピーチ

2011-06-14 09:50:17 | 日々感じたこと

harukiさんが送ってくれるまで知りませんでした。

私の愛するカタルーニャで村上春樹が賞を受けたという事を。

早速、スピーチを聞いてみた。

 

素晴らしかったです。

私は文章からどうしても、まずその著者の人柄を感じてしまう。

予測しなかった事ですがこのスピーチから今までの村上春樹の文学作品が

ひも解けたような、気がしました。

その文学作品の根底には彼の信念、人となりが陣取っている事を

再認識しました。

スピーチという形で語る事によって

彼が憎んでいるもの、大事にしているものが一層明確にされたように思います。

そしてその思いは昔から変わらず一貫しているという事も。

初期の「1973年のピンボール」や「羊をめぐる冒険」、時間が経ってから書かれた

続編「ダンスダンスダンス」で語られている 資本主義社会への疑問が

私の頭に浮かびました。

 

搾取しているような気がする”という台詞が「1973年のピンボール」で

広告代理店に勤める主人公によって幾度か語られていました。

 

スピーチでは”効率”=”利益が上がる”という言葉を出して、それを電力会社が最優先し

国も容認したために道を踏み外した今の日本を指摘。

(電力生産の為に、原発が一番効率がいい)

 

作品に頻発していた”便宜的”という言葉もスピーチの中に出て来ました。

(ほんとうは危険な原発をメディアを買収して安全だと国民に思い込ませ

原発が無いと電力不足で夏にエアコンが使えなくなるぞと脅し

原発に反対する人々に対して、非現実的な夢想家というレッテルを貼り

現実を見なさい」と主張した原発を促進した人たち。

でも彼らの言う現実とは本当の現実ではなく

彼らの主張を通す為の便宜的な現実だったのです。)

 

一番一番よかったところは

普通の日本語で、当たり前の事を、きちんと話したこと。

世界的な作家が、格好つけて人々を煙に巻いたような言葉を

一言も使わずに。

それが外国の人たちに向けてだけでなく私たち日本人にとっても

最も大切な事だと思う。

 

彼の作品の中に”工場”や”小人”など黙々と作業する人々が

良きもの、微笑ましいもの、一般市民の象徴として出てくるけど

村上春樹さんはそれらを愛し、自分もそうあろうと

努力し続けている人なんだと再確認した。

 

他にも”無常”という仏教から来た世界観についても触れていて

これも作品とリンクするところが多く興味深かったです。

 

彼は人前で話す事を最も苦手としていて

マスコミには出ず、幼少の頃は一時期言葉を失って

治療に通っていたとどこかに書いてあった

と私は記憶しているけど

その方が、いまや世界で一番注目をあびる日本人のスピーカーに

なっているというのも

人生の妙

といえばいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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