☆何処へ向かうのか?
これから自分は何処へと向かっていくのだろうか?
全く予想が出来なかったとしても、向かっていく方向に安心感を覚えます。
季節が移り変わるように、人生にも変化があります。
区切りという言葉がありますが、今までずっと自分自身に流れ込んで来ていた状況に、変化の前兆を感じる瞬間があります。
人生は、ある一定のサイクルで、絶えず変化を繰り返しているようです。。。
そろそろ変わる。。。という予感があり、変化の予感と共に、意味が解らなくても、次なるものに向かうための準備が始まるのです。
準備といっても、次に何が始まるのか?など解りもしないのに。。。です^^;
何故かやらなければいけないことでも出来たかのように、行動や感情に変化が起き、興味の対象や、見るもの聞くもの〜耳に入ってくるものが確実に変わってきます。
変化が起こり始めると、アンテナの向きが変わっていくのです。
明らかに、次なる人生のためへの変化です。
そうこうしているうちに〜次なる変化の対象が人生の目的になっていくのです。
自分の意思で変化を起こすのではなく、自然と何かが入れ替わる感覚です。
その変化を眺め、何が起こるのか楽しみにしながら〜その時を待つのです^^
やがては〜その下準備の意味を知らされる事となります。
なかなか行動を起こしにくかった事なども、時期が来ると、そうも言っていられない気忙しい状況となり、自分が望んでいるのか?何かに突き動かされているのか?の境目のような心境ではありますが、今までの慣れ親しんだ環境が好ましく思えなくなったり、それ以外の対象に熱い情熱が込上げてきたり。。。
確実に好みや価値観が変わってきますが、飽きたという事ではないようです。
何かある事をしなければいけないような気になるのです。
あたかもこれが前々からの人生の目的だったかのように。。。
やがてはその感情が次なる目標となり、その方向へと進路を変えていくのです。
こう考えると〜何度も人生の目的を達成する場面に、立ち会って来たことになります。
この感情は、自分の内なる眠っていた感情なのか?はたまた、大きな枠の中で偉大なる存在に動かされているだけなのか?錯覚に陥る事もあります。
不思議になってしまうほど、それは巧妙で完成度が高いのですが、全く不自然さを感じさせないものなのです。
だからといって、全く自分の意思に反する事ではない、意志というものに対しての、愛あるサポートであることは間違いないようですが。。。
次なる予感も感じたから起こるのか?前から設定されていた事なのか?
この微妙な時間差は、占いの場面で時々不思議に思うのですが、自分の発言した言葉や押し寄せる感情が、ただ現実化されたのか?はたまた、ただ予知しただけの事なのか?判断がつきにくい時があります。
自分自身の日々の出来事に対してもそうです。
押し寄せる感情は、実際予感するからこそ出てくる言葉であって、直感で感じ取っただけの事で、先を読んだ。。。という事なのかもしれませんが。。。自分の意思や言葉が未来を変えるのか?予感だけなのか?時々境目がないのを感じます。
きっとこうなっていくであろう。。。などと感じる事が、実生活の中でも実現化する状況に遭遇する時を、何度経験しても新鮮で不思議な感覚がします。
ですが。。。感じる事に対して、余分な感情まで付け加えないようにしなければいけません。
不要なものを加えただけで、微妙に状況は変化します。。。
そのまま。。。を感じ、見つめることですね。
人生の何かが変わる時とは、果てしなく続く大海原にでも放り出されたような気分にもなりますが、レイキが側にいてくれることで、細かな不安はあったにせよ、きっとどうにかなる。。。大丈夫。。。と思えるのが不思議ですね。
ただ単に腹が据わったというだけのことかもしれませんが。。。^^;
レイキの精神性向上の行き着く先に、どんな時でも静寂を保っていられる心境になれるというのは、結果的には、全ての過程で、騒いでも、落ち着いていても、結果はさほど変わらないから。。。ということを理解できたからだとも言えそうです。
逆に騒ぐ事で、状況を腐らせてしまう場合も多いのでは。。。
実際自分自身を疲れ果てさせ、不安を増幅させ、健康を害する方向性へと向かわせているのは、他の誰でもなく〜自分自身なのでしょう。
直感を働かせ、敏感なのは良いのですが、どのような状況に陥っても、未来を信じる心がないと、小さな事ばかりに意識が集中してしまいます。
やるべき事が不完全だと、どうしても不安が付きまといます。
人と比べてどうか?ではなく、自分自身が一生懸命に取り組んだ、自信を持てただけで、胸を張っていられる状態だという事でもあり、充分頑張っているという事なのではないでしょうか?
日常から逃げない生活を続ける事で、安心が手に入るようです。
不安に怯える事もなくなりそうです。
その積み重ねの行き着く先は、自分の力ではどうにもならない範囲の事に関しては、宇宙に、神に任せよう。。。人智を尽くし天命を待つ。。。という心境の確立なのかもしれません。
人生には〜待つしかない状況の時が結構多いのを感じます。
その待つ事が、また一番辛い事かもしれませんが。。。待つ事ができた人こそが、最高の〜より質の高い幸福を手に入れているようにも感じます。
慌てる事で、人生の進む過程の中で拾う事ができる小さな幸福までをも、取りこぼしてしまう。。。という事なのでしょうね。
何処へ向かわせられるのか?などは、日々の目の前の事や、次々と自分に降り掛かる問題に、誠実に向き合い、片付けていけば、自ずと結果はついてくるようです。
そして未来を信じられるようになります^^
これはやるべき事をやった人にだけ与えられる〜ご褒美かもしれません^^
これから自分は何処へと向かっていくのだろうか?
全く予想が出来なかったとしても、向かっていく方向に安心感を覚えます。
季節が移り変わるように、人生にも変化があります。
区切りという言葉がありますが、今までずっと自分自身に流れ込んで来ていた状況に、変化の前兆を感じる瞬間があります。
人生は、ある一定のサイクルで、絶えず変化を繰り返しているようです。。。
そろそろ変わる。。。という予感があり、変化の予感と共に、意味が解らなくても、次なるものに向かうための準備が始まるのです。
準備といっても、次に何が始まるのか?など解りもしないのに。。。です^^;
何故かやらなければいけないことでも出来たかのように、行動や感情に変化が起き、興味の対象や、見るもの聞くもの〜耳に入ってくるものが確実に変わってきます。
変化が起こり始めると、アンテナの向きが変わっていくのです。
明らかに、次なる人生のためへの変化です。
そうこうしているうちに〜次なる変化の対象が人生の目的になっていくのです。
自分の意思で変化を起こすのではなく、自然と何かが入れ替わる感覚です。
その変化を眺め、何が起こるのか楽しみにしながら〜その時を待つのです^^
やがては〜その下準備の意味を知らされる事となります。
なかなか行動を起こしにくかった事なども、時期が来ると、そうも言っていられない気忙しい状況となり、自分が望んでいるのか?何かに突き動かされているのか?の境目のような心境ではありますが、今までの慣れ親しんだ環境が好ましく思えなくなったり、それ以外の対象に熱い情熱が込上げてきたり。。。
確実に好みや価値観が変わってきますが、飽きたという事ではないようです。
何かある事をしなければいけないような気になるのです。
あたかもこれが前々からの人生の目的だったかのように。。。
やがてはその感情が次なる目標となり、その方向へと進路を変えていくのです。
こう考えると〜何度も人生の目的を達成する場面に、立ち会って来たことになります。
この感情は、自分の内なる眠っていた感情なのか?はたまた、大きな枠の中で偉大なる存在に動かされているだけなのか?錯覚に陥る事もあります。
不思議になってしまうほど、それは巧妙で完成度が高いのですが、全く不自然さを感じさせないものなのです。
だからといって、全く自分の意思に反する事ではない、意志というものに対しての、愛あるサポートであることは間違いないようですが。。。
次なる予感も感じたから起こるのか?前から設定されていた事なのか?
この微妙な時間差は、占いの場面で時々不思議に思うのですが、自分の発言した言葉や押し寄せる感情が、ただ現実化されたのか?はたまた、ただ予知しただけの事なのか?判断がつきにくい時があります。
自分自身の日々の出来事に対してもそうです。
押し寄せる感情は、実際予感するからこそ出てくる言葉であって、直感で感じ取っただけの事で、先を読んだ。。。という事なのかもしれませんが。。。自分の意思や言葉が未来を変えるのか?予感だけなのか?時々境目がないのを感じます。
きっとこうなっていくであろう。。。などと感じる事が、実生活の中でも実現化する状況に遭遇する時を、何度経験しても新鮮で不思議な感覚がします。
ですが。。。感じる事に対して、余分な感情まで付け加えないようにしなければいけません。
不要なものを加えただけで、微妙に状況は変化します。。。
そのまま。。。を感じ、見つめることですね。
人生の何かが変わる時とは、果てしなく続く大海原にでも放り出されたような気分にもなりますが、レイキが側にいてくれることで、細かな不安はあったにせよ、きっとどうにかなる。。。大丈夫。。。と思えるのが不思議ですね。
ただ単に腹が据わったというだけのことかもしれませんが。。。^^;
レイキの精神性向上の行き着く先に、どんな時でも静寂を保っていられる心境になれるというのは、結果的には、全ての過程で、騒いでも、落ち着いていても、結果はさほど変わらないから。。。ということを理解できたからだとも言えそうです。
逆に騒ぐ事で、状況を腐らせてしまう場合も多いのでは。。。
実際自分自身を疲れ果てさせ、不安を増幅させ、健康を害する方向性へと向かわせているのは、他の誰でもなく〜自分自身なのでしょう。
直感を働かせ、敏感なのは良いのですが、どのような状況に陥っても、未来を信じる心がないと、小さな事ばかりに意識が集中してしまいます。
やるべき事が不完全だと、どうしても不安が付きまといます。
人と比べてどうか?ではなく、自分自身が一生懸命に取り組んだ、自信を持てただけで、胸を張っていられる状態だという事でもあり、充分頑張っているという事なのではないでしょうか?
日常から逃げない生活を続ける事で、安心が手に入るようです。
不安に怯える事もなくなりそうです。
その積み重ねの行き着く先は、自分の力ではどうにもならない範囲の事に関しては、宇宙に、神に任せよう。。。人智を尽くし天命を待つ。。。という心境の確立なのかもしれません。
人生には〜待つしかない状況の時が結構多いのを感じます。
その待つ事が、また一番辛い事かもしれませんが。。。待つ事ができた人こそが、最高の〜より質の高い幸福を手に入れているようにも感じます。
慌てる事で、人生の進む過程の中で拾う事ができる小さな幸福までをも、取りこぼしてしまう。。。という事なのでしょうね。
何処へ向かわせられるのか?などは、日々の目の前の事や、次々と自分に降り掛かる問題に、誠実に向き合い、片付けていけば、自ずと結果はついてくるようです。
そして未来を信じられるようになります^^
これはやるべき事をやった人にだけ与えられる〜ご褒美かもしれません^^

























