Sun is shining, the weater is sweet
 









 蜘蛛の糸
 短編小説 第三話









 
 「ああいう言動は今後いっさい止してくれ」
 ぼくは葉月に言った。葉月はぼくの下で、上体をベッドの端に仰け反らせながら、しきりに舌打ちをしていた。
 ぼくらはその夜、なりゆきで数年振りにホテルに入った。ぼくはただ葉月の取った言動について一言言ってやろうと思っていて、また逆に葉月はというと、やはりこちらもなぜかぼくに相当腹を立てていたらしく、しかし喧嘩の舞台として我々が選んだ場所は、何故か場末のうらぶれたラブホテルだった。
 「ああいう態度は今後いっさい止してくれ」
 葉月は鸚鵡返しに言った。ぼくは葉月の大きな乳房をまるでパンでもこねるみたいに揉みしだいた。
 「──なぁ」とぼくは不意に思い立ち、咳払いした。「****遊園地の駐車場に現れるっていう男、ぼくと同じ刺青がぼくと同じ右肩に入ってるって話、あれは本当なのか?」
 「知らないよ。週刊****の記事とウェブで見ただけだから」
 「十分信憑性があるじゃないか」
 「アレって、マジであんたじゃないよね」
 頭をもたげ起きあがろうとする葉月の上体を両腕で無理矢理ねじ伏せる。
 「んな訳ないだろう」
 「それにしても似てたんだよねぇ。あんたの蜘蛛ってほら、上向きでさ、お尻から糸出してるじゃん。そういうデザインってフツーなくない?蜘蛛だったらただの蜘蛛か、巣の真ん中の蜘蛛かどっちかじゃない。でも遊園地の男の刺青もほとんど同じだったんだよ。上向きで、お尻から糸出してんの。偶然にしては出来すぎてない?」
 ぼくは葉月に一瞬、夢の中での出来事を告ち明けようと考えた。でもすぐに思い直した。葉月にはきっと理解出来ないだろうと思われたからだ。理解出来ないばかりでなく、下手をするととんでもない誤解に飛び火させ、さっきの飲み会でのようにちょっと厄介な立場にも追い込みかねない。葉月とはそういう癖の悪い女なのである。
 「出来すぎてても偶然は偶然だよ」
 ぼくは何食わぬふうに言って、引き抜き、葉月の下半身を反転させ、再度挿入した。葉月に反応はなかった。ぼくのリズムに愚鈍に合わせつつ、ぼくの蜘蛛と夢の中でのぼくの蜘蛛との偶然の一致について、頭の中で懸命に理解しようとしているようだった。
 それにしても久しぶりに眺める葉月の背中はやけに広かった。吹き出物はなく、毛羽だっている様子もなかったが、味気もなかった。だだっ広いだけの退屈な背中だった。前からこうだったけな──ぼくはなんとなく訝ったが、すぐに疑問視することに倦み、くびれのない腰に両手をあてがって、物思いに耽った。
 「──あんたとおんなじ刺青してる男、寝たらどんなかな」
 刺青の一致の不可思議に思い悩んでいるかと思えば、葉月はやはりくだらないオチに一人で落ちていた。まったく愚鈍な女だ。
 「実際に寝てみればいいじゃないか。案外相性いいかもしれないぜ」
 ぼくはうんざりしながらも、一応話を合わせてやった。
 「酷いこと言うんだね。あんたってやっぱサイテーだよ」
 「酷いこと言って欲しかったんじゃないのか?」
 「サイテーだよ。──あんたのセックス」
 「そうか?」
 「そうよ。こんなに煌々と明るくしちゃってさ。なんで明るくじゃないと出来ないの?」
 「男は誰だって明るい部屋でヤリたいものなんだ」
 「嘘よ。あんただけだよ。あんたは誰より変態だからね」
 「そうか」
 葉月との話も、葉月とのセックスもまったく埒があかなかった。飽き始めた股間はもはや、延びきったテープで聞くロックミュージックのように音痴になっていた。
 「そろそろイカセてもらおうかな」
 ぼくは一応断った。
 「ダメよ。あたしがイクまでダメ。っていうか全然イケないよ、これじゃぁ」
 「そうかい」
 結局ぼくは、だだっ広い背中とやたら大きな尻を相手に十分ほど格闘し、その後飽きに飽きて、今度は大きな胸とやたら太い両股を相手に二十分ほど格闘し、ようやく"イッテいい"お許しを得た。
 しかしいざ許されてみると、これがなかなかイケなかった。あまりにもイケないものだから、しまいには葉月ではない別の女を想像して果てた。どこまでも徒労な夜だった。
 夢は、そうしてベッドの上で疲れ果て、駐車場のことも、駐車場で自分が体験したことも、そして"もう一人の自分"の存在もすっかり忘れた頃に、不意に訪れた。



 ぼくは数日振りに"あの駐車場"に降りたっていた。車から降りたったのではなく、徒労に終わりながらもなぜかいつまでもいきり勃っている現実から降りたったのだ。しかも前回とはうって変わって駐車場に夜は明けており、のみならず隣に素っ裸の葉月がいた。朝の、おそらくは午前七時前後の明るい陽気を背にする恰好でぼくと肩を並べ、とくに恥ずかしがる様子もなく、むしろ見ようによっては仁王立ちのような不敵な態で立っていた。
 「やっぱり"あんた"だったんじゃないの」
 左乳の脇をぽりぽり掻きながらこちらを振り向き、なんだかうらめしそうに葉月は言った。彼女に言われてあらためて自分のなりを見てみると、ブルーのTシャツにディズニーのトランクス、片っぽの白ソックス姿だった。
 ぼくは、胡散臭いものでも見るような葉月の顔を正面に、なぜかケラケラと笑っていた。笑いでごまかす魂胆であるらしかった。
 「なんでこんなことすんの?」と腕組みしてぼくを斜に検分しながら、葉月は尋問する。
 「知らないよ。ぼくの意志によるものではないからね」
 「どういう意味?」
 「文字通りの意味だよ。ぼくはタクシーに乗ってここまで来たんだ」
 「じゃぁやっぱ自分の意志でここまで来てんじゃないの」
 「いいや。多分運転手が勝手にぼくをここで降ろしたのさ。ぼくは生まれてこのかた****遊園地なんか来たこともなかったし、これからだって来るつもりもない。大体ぼくは生まれつき遊園地というものが嫌いでね。だから、ぼくがここにいるのは事故みたいなものなのだ」
 「高所恐怖症なんでしょ?」
 「──いいや。どちらかというと高い所は好きだね」
 「じゃぁなんで遊園地が嫌いなの?」
 「"遊ばされる"感じが嫌いなんだ。それさえなければきっと、こんなに楽しい場所もないだろうと思うけどね。でも遊園地は大抵どこも、人をとことんまで"遊ばせる"だろう。その人が遊ばせられたがっていようがいまいが、お構いなしだ。そういうの、ぼくには我慢ならないんだ」
 「ねぇ。──あんた、タバコ持ってる?」
 「この格好の一体どこにタバコをしまっておけるっていうんだよ」
 葉月の左眉毛がぴくりとつり上がる。
 「あんたってつくづくつまらない男よね。よくあんたみたいなつまらない男にカノジョがいるもんだよ。そのカノジョも多分よほどつまらない女なんだろうね」
 「つまらなくないよ。ぼくのカノジョはかなり"つまっている"女だ」
 「ううん、つまらない女に決まってるよ。だからあんたはあたしと浮気するんだよ」
 「そうかな?」
 「そうよ」
 葉月は言い切って、やっとここで満足げに微笑んだ。彼女はよく人から"ブス"と言われるが、ぼくにはまったくブスに見えたことがない。まして今みたいに笑顔を見せる彼女は、どことなく日によく灼けた向日葵を思わせるところがあって、非常に好感を持てた。
 「ねぇ」とぼく。
 「なによ」と葉月。
 「ぼくはともかく、オマエがそのまんまの格好だと……きっとえらい騒ぎになるだろうな」
 「だからって、着るものなんてどこにもないじゃんよ」
 「それはそうだが。──なぁ、ぼくのTシャツとトランクス、穿けよ」
 断るかと思えば、葉月は平然とぼくからTシャツとトランクスを受け取り、着た。今度はぼくが素っ裸になった。いや、完全な裸ではなく、限りなく裸に近い恰好に片っぽの白ソックスのみ、といった出立ちだった。我ながら、いかにも恥ずかしそうな恰好だった。
 ぼくは両手で股間を隠し、何度か飛び跳ねた。
 「うけるぅ!もっとやってよ」
 葉月は言ったが、その表情はまったくおもしろそうではなかった。むしろ、世にもつまらい芸を無理矢理見せつけられている観客のような座りきった表情だった。それでもぼくはさらに数回"おもしろくもない芸当"を彼女に披露してやった。
 「うけるぅ……」
 彼女は呟き、その後黙り込んだ。
 広大な朝の駐車場には相変わらず車一台見あたらず、人の気配も皆無だった。
 「──っていうかさぁ、遊園地ってどこ?」
 葉月はぼくから数メートル離れた所から周囲を見渡しつつ、言った。
 「知るもんか」
 「えええ、もしかして遊園地ってもう更地にされちゃったってこと?」
 「そんなはずないだろ。だって閉園してまだ半年くらいしか経っていないんだぜ」
 「じゃぁどういうことだろ?」
 「ここは多分──"ただの駐車場"なのさ」
 「"ただの駐車場"?」、葉月は言いながら、同時に自分の言葉に眉をひそめる。「世の中に"ただの駐車場"なんてあり得ないよ。駐車場ってのはさ、キャパシティ相応の"目的地"に隣接しているものでしょ?これほど大きな駐車場だもん、きっと近くに何かあるのよ。……アミューズメントパークとか、巨大パチンコ屋とか……とにかくそういう行楽施設がさ」
 「一望する限りじゃ、それらしい建造物なんて一つも見あたらないけどね。というか、料金所も、バリケードさえ見あたらないぜ」
 「きっと地下に何かあるんだね」
 「そう思うなら、そこへ通じる入り口を探してみるといい」
 葉月は腕組みしたまま、素足でペタペタと歩きだした。数メートル歩いて立ち止まり、こちらを振り返った。
 「一緒に探してよぉ」
 彼女は言った。
 「イヤだね。フリチンのまま歩き回るのなんて」
 彼女は珍しくすぐにあきらめ、"変態男"と同様の格好で乾いたアスファルトの地面を歩いていき、駐車場の彼方へ向かって段々と小さくなっていった。
 ぼくは突っ立って、彼女の体が小さくなっていくのをぼんやり眺めていた。薄黄色に明るむ鈍色の地面の上に、ぼくの影はとても長かったが、葉月の白い足元にはもう全然届かなかった。彼女は一度もこちらを振り返ることなく、まるで水平線を行く青いマストのようにすいすいと駐車場の果てへ進んでいった。灯台のように突っ立ったぼくの背中を、日の光がチリチリと灼き始めていた。
 










 #4に続く。



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