
スタンドでは、準決勝進出の喜びに湧くベンチを静観する誠に
「よく分かったでしょ、あなたが夢中になっている野球は思わぬことがおこるのよ。」
誠の母典子が諭すように言うと
「誠は腕を負傷するとピアノが弾けなくなるんだゾ。」
と言って、父の稔が厳しい表情で誠を見た。
「さあ、帰りましょ。」
典子が立ち上がり、スタンドを降りて行こうとすると
「ちょっと待ってよ、森山さんと約束したんだ。」
誠があわてて典子のジャケットの裾を掴んだ。
「森山さんは大ケガをしているし、今日はお会い出来ないわよ。」
と答えて、スタンドの階段をさっさと降りて行く典子の後ろから、
稔に続いて、誠もしぶしぶ降りて行った。
一方、ベンチでは負傷した森山が考え込むようにして、座っていた。
「どうした、森山。早く病院へ行こう。」
吉野監督が森山をせきたてるように言った。
「監督、すみません。ボク、試合の後、会う約束をしている人がいるんです。」
「何言ってるんだ、君の腕の負傷は一刻も早く治療が必要なんだゾ。」
吉野監督が叱責するように言った。
森山は誠と約束したことを詳しく話す。
「お願いします、岡部に誠君たちを呼びにやって下さい。」
懇願する森山に吉野監督は仕方ないと言った表情をしながら、
誠を知っているという岡部を呼んで、誠達を連れてくるように告げる。
岡部がスタンドに行くと、一般の観客は数人いるだけで、誠達の姿はなかった。
ベンチへ戻った岡部は吉野監督に
「誠君たちは帰ったようです。」
「そうか、森山、病院へ直行だ。」
吉野監督は森山のバッグを手にすると、森山を支えるようにして
グラウンドを後にし、病院へ向かった。
森山はレントゲン撮影の後、手術の必要はないが、骨に小さな異常が認められ、
当分は安静の必要がある、という医師の診断を受ける。
「残念だが君の最後の夏は終わった‥
君にはベンチで声だしをして、みんなの後押しをしてもらおう。」
吉野監督の力強い言葉に
「はい、もし地区大会に優勝したら、甲子園では捕球できるようにリハビリに頑張ります。」
森山は真剣な表情で言い切った。
「そうだな、しかし、無理するなよ。」
吉野監督は負傷した森山に、再び、今度は夢の舞台でプレー出来るように、
部員たちと一体となって、必ず甲子園切符を掌中にしようと決意する。










