Nikkoh の 徒然日記

ゲイ(=男性同性愛者)の Nikkoh が、日々の雑感やまじめなこと、少し性的なことなどを、そこはかとなく書きつくります

セクシュアリティ勉強会(第13回~第14回)

2014-08-23 22:14:35 | セクシュアリティ勉強会(豆腐さん主催)
おととし5月に知り合った、僕のゲイの友人、マイノリティのパイオニア・豆腐さん が、《 セクシュアリティ勉強会 》を、2014年3月まで開催されていました。

僕は2012年10月の第6回からだいたい毎回参加して、学びを深めてきました。
過去の開催分については、この記事の一番下にリンクをまとめて載せてあります。


※ この勉強会について、僕のブログのエントリーへのリンクです。よかったら読んでね
第9回(テーマ:友人関係) (2013年4月27日実施。2013年5月12日記事公開)
第10回(テーマ:カミングアウト) (2013年6月22日実施。2013年6月23日記事公開)
第11回(再)(テーマ:カミングアウト2)前編 (2013年9月5日実施。2013年9月6日記事公開)
第11回(再)(テーマ:カミングアウト2)後編 (2013年9月5日実施。2013年10月9日記事公開)
第12回(テーマ:僕たちが選んだ結婚) (2013年10月26日実施。2013年11月28日記事公開)


第13回と第14回について、参加レポができていませんでした。
もうかなりの時間が経過してしまったのですが、せっかくなのでごく簡単にでも記録を残しておきたいと思い、この記事を書いています。
幸い、手元には配布資料と簡単なメモが残っているため、それをフル活用です。

※ この勉強会は、発展的に解消され、現在は じぶん発見プロジェクト しろにじカーサ が月に2回定例開催されています。
毎月第2日曜日は、セルフイメージチェンジルーム です。
毎月第4土曜日は、セクシュアリティ勉強会の流れを汲んだ、マイノリティスタディルーム です。
引き続き、(毎回ではないですが)顔を出しています。さらにパワーアップして、内容の濃いものとなっていると思います。

■ 第13回(再) 普通って何?(2014年1月22日)

豆腐さんのブログでの報告はこちら

まだ名称は〈 セクシュアリティ勉強会 〉だったのですが、この回は、発達障がいを持つ男性についてのTV番組を視聴してのディスカッションでした。
主に、〈 普通 〉ということについて、考えを深めました。
以下は僕の考察文です。

・ 〈 やりたいこと 〉は何なのかということと、〈 できること 〉は何なのかということ

自分のやりたいことは人それぞれにあるでしょう。そして、自分にできることも、また、人それぞれにあるでしょう。
残念ながら、〈 やりたいこと 〉が〈 できること 〉では無いという場合もあります。そういう場合、人はどういう行動をとるのでしょうか。
番組に登場した男性は、鉄道が大好きで、鉄道に関わる仕事に就きたいという願望を持っています。しかし、視覚の認知能力の弱い彼は、鉄道会社の採用試験で必出となる計算問題がどうしても合格ラインに届きません。
ここで、彼の〈 やりたいこと 〉を無視してしまって、〈 できること 〉にだけ着目した選択をすると、もしかしたら後々になって困ったことになるのかもしれません。
鉄道に関わる仕事といってもいろいろあります。運転士や車掌,駅員,保線,車両整備,車両製造,清掃員,売店の店員などなど。そのいろいろある中で、〈 できること 〉を見つけていくのがいいのではないかという気がします。
要は、自分の〈 やりたいこと 〉を大切にしつつ、それにできるだけ副う形ような〈 できること 〉を選び取るのがよさそうだということですね。

・ 〈 普通 〉の対義語は?

〈 普通 〉を辞書で引くと、『特に変わっていないこと』とか『ごくありふれたものであること』とか『それがあたりまえであること』などと書いてあります。
では、〈 普通 〉の対義語は何なのでしょう?

Weblio対義語・反対語辞書 で調べてみると、特別,稀少,奇抜,異常 の4つが出ています。

〈 平凡 〉という趣旨で普通と言う場合、確かに対義語は〈 奇抜 〉が適切でしょうね。
また、〈 通常 〉という趣旨で普通と言う場合、確かに対義語は〈 異常 〉になるでしょう。
量的なものに着目して普通と言う場合の対義語は、〈 稀少 〉ですね。
そして、他の多くとの差異に着目して普通と言う場合の対義語は、〈 特別 〉となるわけです。

もちろん、どれも間違っていないと思うのですが、僕は〈 特別 〉か〈 稀少 〉という捉え方が一番好きです。
〈 異常 〉や〈 奇抜 〉だと、なんとなく、負の価値判断が入ってしまうように感じます。
それに比べて、〈 特別 〉や〈 稀少 〉は、フラットな印象です。

・ 自分と相手と社会の重なりを広げると、苦しみが和らぐ

自分と相手の間には、ズレがあります。もちろん、ズレの大きい相手とズレの小さい相手はいるのですが、どんな人との間にも必ずズレがあります。
ズレの小さい相手とは、重なる部分(共通部分)がたくさんあるので、あまり違和感を感じません。
ズレの大きい相手とは、重なる部分(共通部分)が少ししかないので、かなり違和感を感じます。

ところで、人は社会の中で生きていて、社会の中の規範とか通念みたいなものと無縁でいることはできません。
この社会規範や社会通念とのズレも考える必要があります。

もし、自分と相手は重なっていても社会とは重ならない部分があったとすれば、それは、その2人(或いは小集団)の中では普通だとしても社会一般的には普通ではないところということになります。

違和感は、第11回(再)(テーマ:カミングアウト2)後編 で考察を深めたとおり、自己理解への切り口となります。違和感を感じたとき、人は、他者をセンサや鏡のように活用して自己の中に他者と異なる部分を発見しているからです。したがって、たいへん有用なものです。
でも、違和感はしんどさも伴います。違和感を感じたとき、人は疎外感とか罪悪感を抱きがちです。これがあまり増幅してくると、耐えられないくらい苦しくなってしまいます。

自分と相手と社会の重なりを広げていくことがもしできたならば、違和感を感じることは少なくなり、疎外感や罪悪感による苦しみも少なくなっていきます。

・ 人それぞれの〈 普通 〉の範囲は違う

ある事象を見て、それを〈 普通 〉と感じるかという調査をしてみるといいと思うのですが、おそらく結果はばらつくのではないかと思います。
何を〈 普通 〉と判断するかは、人それぞれに違うのです。あるいは、社会集団ごとに違うのです。

〈 普通 〉と判断される範囲にズレがあるのもそうですが、その範囲の広さにも各々の差があって、広い人もいれば狭い人もいるでしょう。
当然、範囲が狭い人ほど、「普通でない」と感じる事象が多くなります。

〈 普通 〉の範囲からはずれたものは、普通でない、すなわち、特別,稀少,奇抜,異常 として判断されることになります。
ここで、正の価値を持ったものとして認識すればそれは〈 個性 〉となって光り輝きます。一方、負の価値を持ったものとして認識すればそれは〈 コンプレックス 〉となり、ダメ出しの対象となります。

・ 〈 普通 〉の範囲を広げる

〈 普通 〉の範囲は広かったり狭かったりと人それぞれですが、これを広げていくことができます。
他者あるいは異文化と接したとき、自分にとって普通ではないものがたくさんあるものです。そこで人は違和感を感じます。

そのとき、 その違和感を感じた対象を受容する ことができたとしたら、いったいどうなるでしょう。
もしかしたら、いつの間にやらその対象は〈 当たり前 〉に思えてくるかもしれません。そうであれば、もはやそれは〈 普通 〉の範囲に入ってしまったことになります。つまり、〈 普通 〉の範囲が広がったのです。

もちろん、何でも受容しなければならないなどということは無いと思います。どうしても受容でき得ないものだって、人間ですからあるのが当然でしょう。
ただ、〈 受け止める力 〉を最大限発揮してあらゆるものを受容していったとするならば、その人の〈 普通 〉の範囲は確実に広がっていくことでしょう。
それは、結果的に違和感を感じる頻度を少なくすることにつながります。そして、自分と相手と社会の重なりを広げることにもなるので、疎外感や罪悪感による苦しみも軽減されていくかもしれません。

可能なものは受容していくというのが、得策のような気がします。


■ 第14回 生き方の選択(2014年3月1日)

豆腐さんのブログでの報告はこちら

〈 セクシュアリティ勉強会 〉としては最後となったこの回は、性同一性障害の当事者を取り上げたTV番組を視聴してのディスカッションでした。
この日は、スタッフ以外の参加者が常連の僕しかおらず、そのためか相当に濃密な内容でした。まさにフィナーレにふさわしいものになりましたね。
あれから5ヶ月以上経っていますが、今でもあの日のノーミソの疲れと爽快さ・快感は覚えています。
僕の理解力と執筆能力が至らないために、その濃さが伝わらないのがたいへん残念です。

・ Want と Must の葛藤

WANT 自分が 「こうありたい」 と望むあり方
   ↑
   | 【 葛藤 】
   ↓
MUST 周囲が 「こうあって欲しい」 と望むあり方

自分の望むあり方と、周囲(他者とか社会とか)の望むあり方の間に乖離が生ずることは、しばしばあることでしょう。
そして、これは別にマイノリティに限ったことではなく、誰にでもあることです。
この葛藤にどう対処すればいいのでしょう。

もし MUST を優先させて WANT を無視すると、どこかで我慢できなくなるのではないかと思います。いくら他者・社会が望んでいるあり方だからといって、むりやり自分自身をそこへはめ込んでいくのは苦しいことですよね。どうしても限度があるとも思います。

また WANT を優先させて MUST を無視すると、それはそれで苦しいと思います。何故ならば、人は社会の中で他者と関わりながら生きていくしか無いからです。あまり自分を押し通しすぎると、必要以上に摩擦を生み、疲弊することにつながるかもしれません。あるいは、排除されたり処罰されたりといった結果につながるかもしれません。

ここはやはり、自分の WANT もできるだけ大切にしつつ、周囲の MUST にも配慮していくというのが良いのだろうなあと思います。
一番うまくいく妥協点を、ある程度手探りで見つけていくことになるのでしょうね。

WANT では無いけれど MUST なことがらを実行する場合、それは本当は「やりたくない」ことなのだということを自分の中ではっきりさせておくことも必要かもしれません。
自分のやりたくないことだけれど、他者・社会との関わりの上で必要なものだからこなしているのだという認識ですね。
要は、自分の中にある「やりたくない」という気持ちを抑圧しないで受け止めてあげることが必要なのでしょう。

・ 一歩踏み出すことと立ち止まったままでいること

何らかの生きづらさ・苦しさを感じているとき、その状況を変化させることもできますし、変化させないこともできます。
これは、どちらが良いということは一概には言えず、諸条件を考慮しながらその場合によって決断するものなんだと思います。

一歩踏み出して変化させることを選択して実行することで、生きづらさ・苦しさを緩和することができるかもしれません。
でも、そのためには、勇気が要ります。労力が要ります。覚悟も要るでしょう。

立ち止まったままで変化させない選択をする場合、今まで通りということなのである意味でラクなのですが、生きづらさ・苦しさは変わりませんので、ずっと付き合い続けていく必要があります。

結局、今ある生きづらさ・苦しさが、変化のために一歩踏み出すために必要な勇気や労力や覚悟と比べて大きいのか小さいのかということなんだろうなあと思います。
それによって、どちらの選択をするかが決まりそうですね。

・ 自分が自分を認めてあげること

「認めて欲しい」というのは、普通は、〈 他者から認められたい 〉という欲求を指すでしょう。
ただ、この欲求を持つ人は、実は自分自身が自分を認められていない場合もあるかもしれません。
自分で自分にダメ出しをしている状態というのは、とてつもなく苦しいものです。仮に他者が認めてくれなかったとしても、自分だけは自分の味方でいてあげられたなら、どんなにかラクでしょう。

自分自身のことを認めてあげるというのは、難しいことだと思います。
誰しも、自分自身の恥部みたいなものがあるはずです。そういうところは、どうしても認めたくないでしょう。
そういう部分さえも認めていくためには、〈 受け入れる力 〉あるいは〈 受け止める力 〉がかなり必要だと思います。

そう思うと、他者のことを認めていくというのも、やはり難しいことだということが改めて分かってきますね。
とはいえ、一度自分自身をとことん認めるという作業を経験した人にとっては、他者を認めていく作業も比較的スムーズにできるのかもしれません。

自分自身ととことん向き合う中で、自分自身を認めてあげることができれば、自分自身の最大の理解者でいてあげることができればいいなあと思います。



※ 過去の開催分について、豆腐さんのブログのエントリーへのリンクです
第1回 2011年12月23日 記事1記事2
第2回 2012年2月26日 記事1記事2
第3回 2012年4月29日 記事1記事2
第4回 2012年6月24日 記事1, 記事2
第5回 2012年8月26日 記事1記事2
第6回 2012年10月28日 記事1記事2
第7回 2012年12月15日 記事1記事2
第8回 2013年2月23日 記事1記事2
第9回 2013年4月27日 記事1記事2
第1回夜の部 2013年5月27日 記事
第10回 2013年6月22日 記事1記事2
第2回夜の部 2013年7月22日 記事
第11回 2013年8月24日 記事
第3回夜の部 2013年9月5日 記事
第12回 2013年10月26日 記事
第4回夜の部 2013年11月25日 記事
第13回 2013年12月22日 記事
第5回夜の部 2014年1月22日 記事
第14回 2014年3月1日 記事
第6回夜の部 2014年3月20日 記事

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