Nikkoh の 徒然日記

ゲイ(=男性同性愛者)の Nikkoh が、日々の雑感やまじめなこと、少し性的なことなどを、そこはかとなく書きつくります

セクシュアリティ勉強会(第3回平日夜の部) 前編

2013-09-06 14:07:32 | セクシュアリティ勉強会(豆腐さん主催)
去年5月に知り合った、僕のゲイの友人、マイノリティのパイオニア・豆腐さん が、《 セクシュアリティ勉強会 》を隔月開催で主催されています。
(基本的には偶数月の第4土曜日午後)

また、2013年5月からは、平日夜の部の取り組みも始まっています。
こちらは定例会のテーマの再放送が基本のようですが、参加メンバーが違ったり、内容の練り直しが行われていたりで、テーマは同じでも完全な再放送にはならないようです。

僕は去年10月の第6回からだいたい毎回参加しています。今回(9月)で7回目となりました。
平日夜の部ということで、第11回(2013年8月24日開催)の再放送でしたが、ちょうどその日は欠席だったため、僕としては初めてのテーマでした。
過去の開催分については、この記事の一番下にリンクをまとめて載せてあります。


※ この勉強会について、僕のブログのエントリーへのリンクです。よかったら読んでね
第7回(テーマ:教育) (2012年12月15日)
第9回(テーマ:友人関係) (2013年4月27日)
第10回(テーマ:カミングアウト) (2013年6月22日)


今回のテーマも、《 カミングアウト・レターズ 》でした。

『カミングアウト・レターズ』というのは、本のタイトルです。

カミングアウト・レターズ
砂川秀樹 + RYOJI
太郎次郎社エディタス


この本は、ゲイやレズビアンの当事者と、カミングアウトを受けた家族や教師との間の往復書簡集です。
完全クローゼット・ゲイとして、無性愛者(ア・セクシュアル)を演じきって生きていた僕は、去年5月に妹や母へのカミングアウトを果たしました。
一部の友人へもカミングアウトしました(まあ、これは半ば事故だったのですが・・・)。
そのころ、何度も何度も、読み返した本がこの本でした。
そして、あれから1年と少し経ち、久しぶりに読み返す機会を得たというわけです。

『カミングアウト・レターズ』には、何通かの往復書簡が掲載されています。前回は大学教員と学生の間のものを題材として取り上げていましたが、今回はゲイの息子とその母親との間のものが題材になっていました。
pp.45~65 が該当しますので、全文をお読みになりたい方は、お手元にご用意の上参照してください)

さて、以下では、自分の頭の中で考えたり、豆腐さんやほかの参加者の皆さんのお話を聞いたりしていく中で、印象に残ったことを少し書いてみようと思います。

■ 剛志くんの手紙を読んで

(1) 穏やかな文体と安心感

剛志くんがお母さん宛に書いた手紙を読み通してみて、とても穏やかで落ち着いた文体 だと感じました。
自分自身の生い立ちを冷静に見つめ直し、かつての自分がどんな状態にあったのかを的確に把握しているのがうかがえます。
これは、もしかしたら彼自身の人格の現れなのかもしれません。もちろん彼が実際にどんな人物なのかを知る由はありませんが、優しくて穏やかな人柄が文章からにじみ出ているように僕は感じました。
ただ、それだけではないという気もまたしています。
彼のカミングアウトは、お母さんに受け入れられました。そのことが彼に 安心感 を与え、それがこれほどまでの穏やかさや落ち着きにつながっているのではないかと思うのです。

(2) 恵まれた環境と感謝の気持ち


同性愛のカミングアウトを考えるとき、家族へのカミングアウト、特に両親へのカミングアウトはやはり特別なものなのではないでしょうか。
一番理解して貰いたい相手であり、かつ、一番障壁を感じる相手でもあると思うのです。
この手紙の剛志くんは、幸いにしてお母さんに受け入れて貰うことができました。これは正しく “幸いにして” であって、やはり彼は恵まれていたのだと思います。
そのことを彼自身が自覚しているようです。

・ それ(ゲイなのかということ)を聞いてきたときのお母さんの雰囲気はとげとげしいものではなくて、どちらかというと好奇心にみちたわくわく感が感じられたように記憶しています。もちろんまだ不安定な十代の子どもの発言だから、それほど真剣に受けとめていなかったのかもしれないけど、お母さんのこういう態度には 僕はとても救われたよ
・ 面白がって小説まで書いてくれる感性豊かな母に恵まれただけでも 充分幸せです

このあたりなどを読むと、彼のお母さんへの 感謝の気持ち が伝わってきますね。

僕自身も彼と同様にして、自分の母へのカミングアウトをして、受け入れてもらえた人間です。
僕は恵まれているのだと思っていたし、母に対しては言葉では表せないくらいに感謝しています。
そして、きっと彼も同じような感じなのではないかなあと、勝手に思っています。

(3) 自己理解・自己受容に到るまでの苦悩

今の彼はとても穏やかに自分自身の過去を振り返ることが出来ています。どうやら、自己理解自己受容 が、かなり出来ているような気がします。
ただ、そこに到るまでには、もちろん、紆余曲折があり苦悩もあったようです。
彼の手紙からもその道程が見えてきます。

・ 幼心に、男の子なのに女の子っぽい趣味が好きな自分は 少しおかしいのかもしれない、という気持ち をずっともっていました。

・ きっとそのうち、保健体育の教科書にあるように、「異性に対する関心」というものがだんだん芽生えてくるのだろう、と考えることにして、中学生のころは 自分で自分に蓋をしているような状態 でした。

・ でもそのとき(註:高校入学前の春休み)の自分は、相変わらず「このさき高校生になれば、異性に興味が出るかもしれないから、まだわからない」と、まだ自分の正体を直視できない状態 だったけれど。

・ (高校生の時、初めてゲイ雑誌を買った後)それまでなんとなく抱いていた「いつか治るかもしれない」という気持ちはその時点ですっぱりなくなってしまって…(中略)…身近な大人のような普通の人生を歩むことはない、と、なにか覚悟したような、ひらきなおったような気持ち でした


“みんな”との違いを認識し、それをどこか《 異常 》なもののように認識していた幼少期。
さらに“みんな”との差異が浮き彫りになり、しかしその事実と向き合うことから逃げていた (自分で自分に蓋をしていた)中学時代。
同性愛者についての情報を集め出し、知識が増えていく中でも、自分の正体を直視できなかった高校入学直前の春休み。
そして、いよいよゲイであることを確信せざる得なくなったとき、彼は 《 覚悟 》 へと到ったのでした。
それは、自分の正体(この場合はゲイであること)をしっかりと見据え、その運命を受け入れて、生きていくのだという《 決意 》でもあるでしょう。
おそらくその後もかなり紆余曲折があったはずだと想像しますが、29歳になった彼は、かなり自己理解と自己受容ができているように見えます。
もちろん誰しもが《 覚悟 》や《 決意 》をしなければならないなどということはありません。ただ、彼が自分で選び取った生き方はそういう生き方であって、そしてそれはわりと成功しているのかもしれないなあという印象を、僕は持ちました。

(4) 僕自身の場合は……

せっかく剛志くんが自分自身の過去を振り返っていますので、僕自信も少し振り返ってみようと思います。

幼少の頃の僕も、『自分が男の子か女の子かというところで、他の子どもたちのようにすんなりいかない』部分があったのは事実だと思います。
「男の子である」という点については、僕は一貫して揺らぎが無いのですが、いわゆる「男の子は○○」とか「女の子は○○」とかいった類の固定観念に対しての違和感は結構あったのです。
剛志くんは坊主頭にさせられるのが嫌だったとか、サッカーや野球に興味がもてなかったといった違和感を綴っていますが、これは僕にはあてはまりません。なぜなら僕は丸刈り大好きだし、野球観戦が趣味だからです。
でも、彼の気持ちは分かります。
例えば、僕は おままごとの好きな子ども でした。一般的には女の子の遊びとして捉えられていますよね。でも僕は好きだったんです。このことについて、ある種の違和感は僕自身の内面にもあったと思いますが、うちの母なんかは好きなようにままごとさせてくれたので、そんなに困ったりはしませんでした。
また、僕は 性的羞恥心の強い男の子 で、並の女の子以上に恥ずかしがりでした。「男の子は恥ずかしくない」などと勝手に決めつけて、男子の性的羞恥心を悉く無視するような無神経な大人たちに対しては憤りを覚えることもありました。でも、それを表明したら「男の子のくせに」と言われるのは目に見えていましたから、黙っていましたけれど。
一方、鉄道が好き だったりとか、機械に興味 があったりとか、いわゆる男の子っぽい部分もいっぱいありました。
(総じて見ればそっちの方が大きいのかな)
僕にとっては、「好きなものは好き」だし「嫌なものは嫌」なのであって、なぜそこに性別による縛りがあるのかなあと幼心に疑問でした。

小5のころ、同性に性的に惹かれる自分に気づきました。そのことを僕自身はあまり嫌だと思わず、そういう事実として受け入れていました。ただ、「このことは人に知られたらいけない」という思いは強く持ちました。それは、「もし知られたら気持ち悪がられたり忌避されたりしちゃう!」という危惧だったと思います。

ひ弱で理知的なタイプという僕のキャラクターもプラスに作用してくれました。僕は《 中性的 》と思われることはあっても、《 女性的 》に映ることはあまりないようで、「おかま」などと言われるいじめの経験は一度もしませんでした。また、恋愛とか性とかとは縁遠い人間だと勝手に思ってくれるので、無性愛者(ア・セクシュアル)を演じるのも存外たやすいことでした。
これは見方を変えてみれば、同性愛者である自分を、あまり直視せずに生きてきたということでもありました。

20代も半ばになって、そのことを直視せざるを得ない事情が発生し、僕は「僕が同性愛者である」という事実と真剣に向き合いました。いろいろと紆余曲折を経て、今は剛志くんと同じように、自己理解と自己受容ができつつあるような気がしています。

■ お母さんの手紙を読んで

(1) 力強い文体と息子へのエール

お母さんから剛志くんへのお返事は、とても力強い文体 でしたためられています。この文章を読む限り、たいへん気骨のある人物なのだろうなあと想像させられます。
剛志くんの出した手紙の、静かで穏やかな文体とは対照的だと感じました。
優しくて穏やかな息子さんと、気骨のある強いお母さんという見立てが正しければ、そんな息子さんに力を与え、鼓舞するような意図もあって、こんな勇ましいお手紙になったのかもしれませんね。
手紙の最後は、

ちょっとこのごろ弱気になってないかい? やあねえ ―― 私の息子はクヨクヨするほどやわじゃないはず。じゃあね。お元気で。また会おう

と締めくくられています。
剛志くんの穏やかな手紙から、お母さんは《 弱気 》を読み取り、そして力強く鼓舞して、エール を送ろうとしたのかもしれませんね。

(2) 母の愛(親ごころ)

この手紙には、力強くエールを送ると同時に、《 親ごころ 》もにじみ出ているように感じました。
世間の厳しさを切々と説く部分が多くありますが、これらの部分から、「息子には上手く生き抜いて欲しい」という痛切なる願い と、そんな厳しい社会に対する行き場のない怒りや不条理感 を僕は読み取りました。

例えば、カミングアウトについては、以下の通り述べています。

彼女 【註:剛志くんのことを「性障害者」と言ってきた女性】 が生意気でも残酷でも特別でもないのかもしれない。そのとき私は、それが当たり前の同性愛者への世の中の大半の目なのだと改めて思った。彼女が世間一般の見方を代表して、厳しい世界のことを、「性障害」というまちがった言葉で私に教えてくれたのかもしれない。
私は、あんたが己の性的し好【註:本来は性的指向だが、原文を尊重】を、わざわざ不特定多数の公に知らしめる意味は見いだせないし、悔しい。なにがなんでも隠す必要はないかもしれない。が、告白する対象者を時間かけて吟味しなさいと心から願う。
物分りのいい人ばっかりじゃあないからだ。よけいなマイナスの先入観で見られることのほうが明らかに多いからだ。社会人になれば自然に分かってきていると思うが、それでなくても世の中は甘くはない。

ここでお母さんが述べていることについては僕自身も共感するところです。これからカミングアウトをしようとしている人には、この趣旨のことを伝えたいのです。こういうことを知った上で、十分に吟味して行動を起こさないといけないと思うのです。
社会は確かに不条理です。でもそれが現実なのだから、しっかりとわきまえた上で、上手く生きていくことが必要なのです。こんなことをお母さんは言いたかったのではないでしょうか。

別のところで、以下のようなことも書いています。

もっと欲を言わせてもらえば、「本人のし好の問題」と「生きるため、食べるための糧を得るために働くこと」や「人間界の仁義」「健康」「臨機応変な社交性」「遊ぶことも大事」などの優先順位を間違えないでほしい。知性と感性と理性は人間だけの特権。生かしてもっと身につけてほしい。自分の人生なんだから、たいせつに生かしてほしいなあ。あんたの人生はあんたが好き勝手に使えるのだから、まわりの雑音を取捨選択する力だって鍛えなきゃダメ。

これも親ごころを感じさせる部分だと思います。
《 まわりの雑音 》に惑わされずに、自分の人生を大切にしないといけないと、僕も身に滲みて思います。
このことを忘れてしまうと、まかり間違えば、人生を棒に振ることにもなりかねませんからね。
(もちろんそういう選択をしたというのなら、それはそれでいいのかもしれないですが…)

(3) 気丈さの裏の苦悩

力強く親ごころに満ちた手紙の文面からは、このお母さんの気丈さが伝わってきます。でも、その気丈さの裏には実のところはかなりの苦悩があったと思います。そしてその苦悩は今でも無くなっていないのかもしれません。
結果的に、剛志くんがゲイであるということを受け止めたお母さんでしたが、そうすんなりと受け止めることができたわけではなかっただろうと思います。

手紙の中には、以下のようなくだりがあります。

関係者がそうなってからあわてて努力して知識を得て、理解しよう、認めようと努めているのが現実ではないだろうか。私だって、無関係ならば、正しい知識を知る機会もなかったし、学ぶ気もなかった。そもそも一生、無関心なことだっただろう。それどころか、ひょっとしたら誤解したまま、無理解の塊だったかもしれない。

きっと、お母さんは、関係者である剛志くんがゲイであるという事実に直面し、あわてて努力して知識を得て、理解しよう、認めようと努めたのだと思います。
それまで、世間一般の多くがそうであるように、無関心 ないしは 無理解 だったところから、正しく知り、認めていくところまでたどり着くのには、相当の葛藤があったはずです。
でも、やっぱりお母さんにとって剛志くんは大事な息子だから、彼のことを認めたいという思いがあって、もしかしたらかなり無理をした部分もあったのかもしれません。

理想を言えば、関係者がそうなってから慌てふためかなくてもいいような社会などというものが実現すれば、いいのかもしれません。しかし現実はそうなっていません。
当事者に苦悩があるのと同じように、当事者の周辺の人(特に受け入れたい・認めたいという思いが強い人)にも大きな苦悩があるのです。

(4) 母の覚悟と決意

剛志くんがゲイであるという事実を認め・受け入れたお母さんでしたが、おそらく苦悩は続いたことでしょう。
手紙の中にもあるとおり、世間は甘くはありません。ゲイであるということは、多かれ少なかれ生きづらさを生む要素ですし、偏見の目にさらされるリスクを背負い続けることにもなります。
大事な息子が、そうした厳しさの中で生きていかなければならない宿命を背負っているという現実を見つめたとき、お母さんとしては苦しかったと思います。
悲しさと不条理感と閉塞感と心配の気持ちと、いろいろなものが交錯したのではないかと推測されます。

でも、お母さんは、剛志くんがそうした現実をしっかりと見据え、その運命を受け入れて生き抜いていこうとする、《 覚悟 》と《 決意 》を感じ取りました。
そして、お母さん自身も、剛志くんと一緒に《 覚悟 》を固め、《 決意 》したようです。
手紙には以下のような文面があります。

「ぼくは幸せになるよ。幸せになるからお母さん、心配しないで。ぼくは犯罪者じゃないよ」と、母親に向かって毅然として言える言語能力と意志のある息子を内心誇りに思っているんだ、私。すごく人間らしくてかっこいいと思うけどなあ。遠慮することないよ、あんた。

これは、もう、剛志くんにとっては最高に嬉しい部分だったのではないでしょうか。
こんな素敵なお母さんを持って、彼は幸せ者ですね。

(5) 実母と重なる……

今回の9月5日の勉強会は、8月24日のものの再放送だったので、実は事前にどの往復書簡が題材になるか知っていました。
(8月24日は行けなかったものの、その報告を読んだら分かったのです)
『カミングアウト・レターズ』は1年と数ヶ月前に読んだというものの、それからだいぶ経ってしまっていますし、予習にもなればというつもりで、勉強会へ出かける前に、剛志くんの手紙とお母さんの手紙を読みました。

すると、お母さんの手紙を読んでいたら、なんだか実母が重なってしまいました。
僕の母が、僕に宛てて書いてくれた手紙なんじゃないのかという風に思えてきてしまって。
涙が溢れて止らなくなってしまいました。
家で泣いておいたおかげで、勉強会の時は少しウルっときただけで済んだわけですが。

文面を見ている限り、剛志くんのお母さんと僕の母は似たタイプの人のように思えます。
また、剛志くんと僕にも、どことなく似たところがあるような気もします。
母へのカミングアウトをして、それが成功した(受け止めてもらえた)というところも同じです。
こうした諸々が重なって、オーバーラップしてしまいました。

僕の母は、手紙を書いてはくれないだろうけど、もし書いたら同じような内容になるだろうなあ。
(2) 母の愛(親ごころ)のところで書いた2つのことは、実際に僕自身が実母から同じ趣旨のことを言われたのです。カミングアウトした後に対話しているときのことでしたが。

(3)節と(4)節も、書きながら、脳内では実母のことを思い浮かべていました。

1年と数ヶ月前に読んだときには、このお母さんからの手紙を読んで泣くことはありませんでした。
ここまで実母と重なることもありませんでした。
(なんとなく、うちの母と似た感じの方だなあくらいは思っていましたが)

この違いは何なのか、少し考えてみたいところです。


※ 記事がかなり長くなりましたので、一旦ここで区切ります。続きは《 後編 》 をご覧ください。

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次回の勉強会は、2013年10月26日(土) の午後に開催されるようです。
あと、大阪出張版が 2013年9月21日(土)に、東京出張版が 2013年11月3日(日・祝) にそれぞれ開催されるようです。

興味のある方はぜひどうぞ。告知や申し込みは、こちら からです。



※ 過去の開催分について、豆腐さんのブログのエントリーへのリンクです
第1回 2011年12月23日 記事1記事2
第2回 2012年2月26日 記事1記事2
第3回 2012年4月29日 記事1記事2
第4回 2012年6月24日 記事1, 記事2
第5回 2012年8月26日 記事1記事2
第6回 2012年10月28日 記事1記事2
第7回 2012年12月15日 記事1記事2
第8回 2013年2月23日 記事1記事2
第9回 2013年4月27日 記事1記事2
第1回夜の部 2013年5月27日 記事
第10回 2013年6月22日 記事1記事2
第2回夜の部 2013年7月22日 記事
第11回 2013年8月24日 記事
第3回夜の部 2013年9月5日 記事


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