50歳を迎えてなお、クルマ、映画、小説、コンサート、酒、興味は尽きない。そんな日常をほぼ日替わりで描写
俺の明日はどっちだ
なくもんか

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『舞妓 Haaaan!!!』の水田伸生監督、主演の阿部サダヲ、脚本の宮藤官九郎のトリオが再び顔を合わせ、兄弟の再会劇を中心に人と人とのつながりを描いた“人情喜劇”。
例えば40年続いた秘伝のソースより給食のソースが美味しかったり、主人公が笑い顔の仮面を脱ぎ捨てるストレス発散の場が「おかまバー」だったり、それを見た多感な少女が何故かそんな彼にシンパシーを感じたり、実の父親からの愛を求められなくなった途端、義理の父を「お父さん」と呼ぶ少年がいたり、認知症だったおばあさん(いしだあゆみ!)が突然快方に向かったり、はたまたこれまで散々世話をしてきた町の人たちから突然白い目で見られたり、あるいは「謝ってくれなくていい。謝られると、赦すとか赦さないとかいう話になるから」といった本音が飛び出したりと、穿った見方をするならば、“ 泣ける喜劇 ”でも“ 笑える悲劇 ”でもなく、シニカルな要素たっぷりな“ ブラック喜劇 ”として観る分にはそれなりに楽しんでみることが出来た。

ただそうした視点で見たとしても、「泣き」中心に「笑い」が散らばされている中、あれもこれもと何ともまとまりに欠けていて、結局のところ映画としてどこに着地点があるのかいささか理解不能。
「舞妓 Haaaan!!!」に続く阿部サダヲのハイパーハイテンションぶりは言うに及ばず、相手を務める竹内結子も「サイドカーに犬」あたりとは大違いの説得力ある切れまくり演技で大いに楽しませてくれ、さらに物語の舞台となった法善寺横町なら善人通り商店街の佇まいや人々のやり取りなどから目指すところがあったように思えるだけに、その勢いだけで走ってしまった脚本から脱却しきれていなかったことが何とも惜しい作品だったのでありました。

ともあれ涙腺の弱い人にはそれなり説得力があるかなぁ。
まあ機会があればまた。
今日の1曲 “ Cry ” : Godley & Creme
「泣き」と言えば、やっぱこれでしょ、
ということでMTV全盛時代の超超有名クリップだったこの曲を。
『舞妓 Haaaan!!!』の水田伸生監督、主演の阿部サダヲ、脚本の宮藤官九郎のトリオが再び顔を合わせ、兄弟の再会劇を中心に人と人とのつながりを描いた“人情喜劇”。
例えば40年続いた秘伝のソースより給食のソースが美味しかったり、主人公が笑い顔の仮面を脱ぎ捨てるストレス発散の場が「おかまバー」だったり、それを見た多感な少女が何故かそんな彼にシンパシーを感じたり、実の父親からの愛を求められなくなった途端、義理の父を「お父さん」と呼ぶ少年がいたり、認知症だったおばあさん(いしだあゆみ!)が突然快方に向かったり、はたまたこれまで散々世話をしてきた町の人たちから突然白い目で見られたり、あるいは「謝ってくれなくていい。謝られると、赦すとか赦さないとかいう話になるから」といった本音が飛び出したりと、穿った見方をするならば、“ 泣ける喜劇 ”でも“ 笑える悲劇 ”でもなく、シニカルな要素たっぷりな“ ブラック喜劇 ”として観る分にはそれなりに楽しんでみることが出来た。

ただそうした視点で見たとしても、「泣き」中心に「笑い」が散らばされている中、あれもこれもと何ともまとまりに欠けていて、結局のところ映画としてどこに着地点があるのかいささか理解不能。
「舞妓 Haaaan!!!」に続く阿部サダヲのハイパーハイテンションぶりは言うに及ばず、相手を務める竹内結子も「サイドカーに犬」あたりとは大違いの説得力ある切れまくり演技で大いに楽しませてくれ、さらに物語の舞台となった法善寺横町なら善人通り商店街の佇まいや人々のやり取りなどから目指すところがあったように思えるだけに、その勢いだけで走ってしまった脚本から脱却しきれていなかったことが何とも惜しい作品だったのでありました。

ともあれ涙腺の弱い人にはそれなり説得力があるかなぁ。
まあ機会があればまた。
今日の1曲 “ Cry ” : Godley & Creme
「泣き」と言えば、やっぱこれでしょ、
ということでMTV全盛時代の超超有名クリップだったこの曲を。
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