虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

宇宙ブーム,到来

2017-04-29 18:24:50 | 通常レッスン

教室は、今、宇宙ブーム。

小学2年生のAくんと小学4年生のBくんCくんで、教室に宇宙の世界を作りました。

 2年生のAくんの大作。太陽です。

「サッカーボールくらいの太陽を作りたい」と言うものの、そんな大きなサイズの球の土台になるものが

見つからず、困っていたところ、形の学習にと100円ショップで買っていたサーカーボールの形になる

寄せ書き用のアイテムを見つけました。黒いところはいらないとのこと。

凝り性のAくんは、それを赤いビニールテープでぐるぐる巻きにし、その上から両面テープを貼って、

フェルトの炎を貼り付けました。

 

 ブロックや工作がとっても得意なBくんの作品。

慣れた手つきでスペースシャトルを作っていきます。

Cくんは地球の柄を塗るのに一生懸命でした。

「ブラックホールも作りたい」と大奮闘。

何だか、いい感じです。

 

天体望遠鏡風に。

 

テクノ界隈で話題沸騰!『小学一年生』付録「ドラえもん こえピアノ」が超進化

と聞いて、さっそく購入した小学1年生。どらえもんははずしています。

「われわれはうちゅうじんだ!」と吹き込んで、どんどん声のトーンを上げていくと、

本当に宇宙と交信しているみたいでした。

 

算数の時間に面積をしっかり学びました。まず、ブロックスを使って、四角い作りゲーム。

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自分に自信がない、自己肯定感が低い子  続きです

2017-04-29 13:18:12 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

常識的な配慮だと思いながらも、Aくんとお母さんのやり取りが心に引っかかったのは、

お母さんはどこまでも大人の目線でAくんの体験を眺めていたところなのかもしれません。

少しの間でもAくんの目線まで降りてみたら、やりたいことがあれもこれもあって、

やってみたらうまくできた喜びに満たされて、

もっとすごいことができそうだと予感して

いいものも見つけたし、やってみたいアイデアもあるし

ちょっとアクセルを踏み過ぎちゃったほど心が自信で膨らんでいたのだということに気づいたかもしれません。

ですからら、たとえ、今回、「それは教室の大事なものだから持って帰れないよ」と伝える状況だったところで、

まず、「いいもの見つけたね~」「それで作るもの思いついたの?どんなもの?」と興味を抱いてたずねたり、

自信がついてあれこれやってみたくなっている心を励ますような

代替え案を用意したりできたはずなのです。

 

先の記事で、Aくんは、

「誘う→

いやいや参加する→

すぐに飽きて別のことを始める→

しばらくすると戻ってきて、最初の活動(特に工作)がやりたいという→

自分なりのアイデアや「こういう風に作りたい」「これが作りたい」という→

そうして自分発でやりたがったことは最後まで熱心にやり抜く→

「もうひとつ作りたい」「これもやってみたい」と次にやりたいことに思いが膨らむ」

という参加の仕方をしていたという話を書きました。


こうした姿を大人の目線だけで捉えていると、

大人側が意図している活動への誘いにスムーズに乗るかどうか、

それに一定時間、取り組めるかどうか、のみに注意が向きがちです。

カリキュラムがかっちり決まっている園でも、

集団で同じ課題に取り組ませる時の反応だけ見て、子どもの意欲や集中力のあるなしを

判断してしまうのかも……と感じています。

前回の記事にこんなコメントをいただきました。(もとのコメントは非公開にしているものですが、子どもの名前の部分以外は公開することを許していただいているので紹介します)

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以前保育園の保護者の方の様子を見て、子供の要求と保護者の希望を混同している

保護者が多かったこと、さらには大人の希望のみで子供の要求に

気付いていない保護者が増えてきたと感じているとコメントでも書いたことがありましたが、

どうしてそんなことを感じたかと言うと、自分の軌跡だと気付いたからだと思うのです。
同様に、この一連の“自分に自信がない、自己肯定感が低い子”の記事を見て、

このAくんもお母さんも両方とも私であると感じました。

最近も、自分と他人との境界について考えることがありますが、

私は子供の頃、他人の気持ちに敏感であるために、自分の

考えがわからなくなっていたのかなと考えています。そのまま成長し

、合理的な考えでしか判断できない大人になっていたのだと考えています。

大人になるにつれて他者の気持ちを優先しなくても良いようになったから

楽になったようでいて、自分のこともわからないままだったため、

なにか軸のようなものを見失ったまま、生きている実感がないような感じでした。
自分の子供がうまれたとき、久しぶりに他者の気持ちと通じる必要が出てきたけど、

すっかりその他者と通じる感覚を忘れていました。

もちろん自分というものも見失ったままだったので、子供がもっと小さい頃は、

合理的な考えや浅い部分で感じる自分の欲求と子供との関係をバランス

ゲームのように築こうとしていたのかなと考えています。子供がそれで問題なく育てば良いけど、

うちの子供たちは、敏感さをもつ、他者との境界があまりはっきりしない子供たちだったから、

押し付けがましい周囲の考えはどんどん子供たちの内面に流れていくけれど、

子供自身は自分の欲求と折り合いをつけないといけなかったから

だったからしんどかったでしょうね。それで色々問題が起きたのかなと

考えています。そこではじめて、子供がなにを考えているか、問題がどうしておこるのか、子

供のことを知りたいなと考えるようになりました。

ひたすら育児書などをみたけど私の知りたい答えは見つかりませんでした。
結局子供を知る、感じることができるようになってきたきっかけは、

自分をみつめたことでした。自分の感情に相反するものが存在すること(両義性)と、

子供の頃の自分にあったもの(先生の娘さんたちが起こした会社の面接など)

を見つけたことでした。子供との関係で、自分のなかに絶対的な善悪や基準など

の境界がなくても良くて、色々な状況に応じてフレキシブルに動きうる、ファジーさ

を残した境界があれば良いのだと実感したことと、子供のころの自分と

目の前の自分の子供が同じであり、子供という存在の普遍性を感じたことによって、

子供と自分にバランスのよい境界をつくっていこうと考えることができたのだと思います。
子供たちのお陰で、これからも子供の頃に失ったままだった自分を

見つけられるのではないかと思っています。もしかしたら、

子供の頃に見失ったからこそ、見つけられるものがあるのではないかなと予感しています。

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何度か紹介させていただいている『マイコー雑記』というブログで

一次体験を堪能しておくと二次・三次情報に触れても 好奇心の勢いや理解の深さが違う

 という記事を読みました。

この数年、密かに抱えていた悩みを解決する糸口を見いださせて

いただいく内容でした。

悩みというのは、こうしたことです。

わたし自身は教室で子どもたちと驚いたり感動したり

わくわくする気持ちを探究したり真剣に考えをめぐらせたりして、この記事にある一次体験というものを

どっぷり堪能した後で、そこから生まれた気づきや知恵やアイデアを言葉にして伝えています。

でも、そうして一次体験の先にあるものを目にすることで、受け取る親御さんのなかには、

マイコーさんの記事にあるように、体験を子どもが味わう間もなく、「これを機会に学ぼうモード」に

なってしまう方がいらっしゃるのです。

それはまだいい方で、ちまたでは、一次体験をすっとばして、二次・三次情報だけで

子どもの環境を作ってしまおうとする動きもあります。

ブログを読みやすくする意味で、「○○する方法」というタイトルで記事を書くことも

あるのですが、本当は、子どもが生きていることを実感できるような一次体験が土台にあって、

その体験をより豊かな実りあるものにするための工夫を言葉にするつもりが、

読み手に伝わる時には、本末転倒して、「○○を習得させるという目的のために、子どもに

こういう体験をさせる」という形に変形してしまうことも多々あるのです。

 

前回までの記事で、大人の目線で子どもの体験を眺めることについて書いてきましたが、

それは言い換えると、「子どもが一次体験を堪能する」ことの軽視とも言えます。

また、コメント主さんのおっしゃる

「子供の要求と保護者の希望が混同されること」や「大人の希望のみで子供の要求に

気付いていないこと」とも言えるのかもしれません。

 

親のみならず子どもに関わる専門職の方や、

子ども思いの気持ちの優しい親であっても、自分がしらずしらずそのようにふるまっていることに

気づかないほど、そうした関わり方が多数派になりつつあるのを感じています。

 

 

 

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自分に自信がない、自己肯定感が低い子 

2017-04-28 20:13:18 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

過去記事です。お母さんとお父さん、おじいちゃんおばあちゃん、みんなで

Aくんへの対応を変えることで、今では、園でも褒められることが増え、虹色教室でも

自信満々に意欲的にふるまうことが増えてきました。

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「園のお友だちがみなしっかりしているせいか、何をするのも自信がない様子です」という

相談をいただいていた年中のAくん。

集団での活動にうまく参加できないことが多々あるようで

園の先生から指摘を受けているという話でした。

虹色教室に着いてしばらくの間、Aくんはゲームや工作に誘うと

尻込みして「うーん」「できない」とつぶやいて

もじもじしていました。興味を持ってやりはじめても、少しでも手間取ると、

お母さんや周囲の評価をうかがうような

視線を投げて、スーッとその場を離れていました。

仲のいい友だちがみんなひらがなが書けるので、

「Aくんひらがな書けないの?」「Aくんできないの?」と

たずねるそうで、ひらがなを見るだけで顔をひきつらせて、強い拒否反応を示していました。

 

最初のうち、活動に誘いかけても乗り気ではなく、ちょっと参加すると興味を失って

うろうろしていたAくん。でも、いっしょに時間を過ごすうちに、

それまで見聞きしていたAくんの姿とは別の一面が見えてきました。

 

誘う→


いやいや参加する→


すぐに飽きて別のことを始める→


しばらくすると戻ってきて、最初の活動(特に工作)がやりたいという→


自分なりのアイデアや「こういう風に作りたい」「これが作りたい」という→


そうして自分発でやりたがったことは最後まで熱心にやり抜く→


「もうひとつ作りたい」「これもやってみたい」と次にやりたいことに思いが膨らむ


レッスンの間に、Aくんは知的な課題にも熱心に取り組みたがるようになっていました。

 

帰り際、こんなことがありました。

次第に積極的になって、「あれが作りたい」「あれもこれもしたい」と言っていたAくんが

教室にあった筒を見つけて、「これで作りたい」と言いました。

「教室は終わりの時間だけど、その材料は持って帰っていいよ。袋に入れてあげるから

自分で持ってね」と言うと、Aくんは筒を手にはめてみて、

ああしようかな、こうしようかな……と自分の思いつきを興奮した口調で話しながら、

「ふたつ持って帰ってもいい?」

とたずねました。

Aくんに「持って帰っていいよ」と答えたのですが、Aくんのお母さんは恐縮した様子で、

「ふたつはやめておきなさい。ひとつだけ」とAくんを説得していました。

「いいですよ。作りたいものがあるようだし。帰りに荷物にならなかったら、どうぞ持って帰ってください」と言いました。

「ひとつにしなさい」とお母さんに何度諭されても、

Aくんは、「ふたつとも持って帰って、こういう風にして作りたい」と熱心に言い続けていました。

普段、やりたいのかやりたくないのかはっきりしない

遠回りな意思表示が多いAくんにすると、本気さが見える瞬間でした。

 

が、終いに、教室に着いた時見せていた、優柔不断で自分に自信がないような

態度に戻って、もごもごと口のなかでつぶやくように「じゃぁ、ひとつでいい」といいました。

いかにも不満そうです。

でも、自分の言い分を通すほどの熱意もなさそうです。

すると、それを見たお母さんが、「じゃあ、持って帰るのやめておいたら?」と、

提案しました。

お母さんとしたら、グズグズ聞き分けがなかったAくんが

ひとつ納得しかかったところで、ここは、大人の言うことをちゃんと聞いてくれそうな

チャンスだと感じたのかもしれません。

Aくんのお母さんは優しい子ども好きの方です。

「周囲のお友だちがしっかりしていて……」と相談しておられたものの、

Aくんの個性をおおらかに見守っておられます。

 

レッスンの帰り際に、「ふたつ筒が持って帰りたい」というAくんに対して

「ひとつにしておきなさい」と諭すことは、ごく普通の常識的な配慮でした。

他の子らは持って帰っていなかったし、教室で使う備品だということは一目瞭然でしたから。

 今回は、わたしが「持って帰っていいですよ」と言ったからいいものの、

持って帰ったらダメな場面も多いでしょうし、ふたつもひとりで取ったら

他の子が困るということもあるでしょう。

 

だとしても、帰り際のお母さんとAくんのやり取りには

ちょっと気になる点もありました。

 

Aくんは人の気持ちを察知する繊細な性質の子です。

意気揚々と「ふたつ持って帰りたい」と言っていたAくんが、

優柔不断なぼそぼそしゃべる態度に変化していったプロセスでは、

大人の強い口調も厳しい表情も必要ありませんでした。

 

ただ何となく大人は自分の主張を面白く思っていないらしい……

自分の言い分は間違っているし、価値がないようだ……という雰囲気が

Aくんの気持ちに浸透していくなかで、Aくんは、「ふたつ持って帰りたい」という主張を

「ひとつでいい」に変えました。

 

子どもにすると、そうして自分の気持ちに決着をつけるのは大変なことです。

それにも関わらず、その瞬間にお母さんが、(Aくんに対して怒っているわけでもないのに)

「それなら持って帰るのをやめておいたら?」と提案したのを聞いて、

こうしたやりとりの流れが、いつもあたり前のように

Aくんと周囲の大人との間でで展開しているのではないかと感じました。

 

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古代魚と宇宙が好き♪

2017-04-26 15:15:34 | 通常レッスン

4歳9か月のAちゃんのレッスンの様子です。

古代魚と宇宙が好きなAちゃん。科学館のお土産として、教室用に「宇宙食」をいただいたので、

それをきっかけに、いっしょに宇宙探検にまつわる工作をすることにしました。

使えそうな材料をいくつか出して来たら、

Aちゃんが下の写真のように100円ショップのバネ風のおもちゃで

宇宙飛行士の人形を囲って遊んでいたのが面白かったので、

そのまま箱に貼らせてあげることにしました。

Aちゃんは今、しゅりけんを作るのがブームで、宇宙の乗り物に貼ったらどうかと

出してきたホイル折り紙でどんどんしゅりけんを折って、2枚ひっつけていました。

しゅりけんは宇宙飛行士にも引っ付けられていましたが、何かいい感じです。

光の通路は、100円ショップの光ファイバーをっペットボトルに通して作っています。

 

 宇宙船には、大きな子たち用のプラモの廃材がぴったりあっていました。

 

 

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詰将棋に似た先を読む力を育てる手作りゲーム 『ニュートリーコ』

2017-04-25 16:11:36 | 算数

簡単に作ることができる

詰将棋に似た数学的な『ニュートリーコ』というボードゲームの作り方を

紹介します。

 

写真のように5×5のマスと

色の異なるコマを3つずつ作るとできあがり。

 

<ルール>

最初に↑の写真のようにコマをセットします。

赤チーム、緑チームで、自分の色のコマを

タテ・ヨコ・斜めにまっすぐ3つ並べた方が勝ちです。

★ コマの動かし方に特徴があります。

順番に自分の色のコマをタテかヨコかナナメに動かします。

その時、相手のコマの手前かボードの壁まで止まることができません。

どこまでも滑って行くようにコマを動かします。

 

自分の好きな場所で止まることができないため、

3つ並べるには、何手順も先の

コマの動きを読んでいかなくてはなりません。

 

幼児や小学校低学年の子が将棋をすると、コマの動かし方を覚えることに

気を取られて、先を読むことまでできないものです。

このゲームは、シンプルな作りのため、幼い子たちも

自然に先を予測しながら遊ぶようになっていきます。

 

 

ネットで、『ニュートリーコ』で検索すると

オンラインゲームを楽しむこともできますよ。

 

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