虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

子どもとの間で生じる『力のゲーム』から抜けるには?<2>

2017-12-07 09:49:43 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

Aくんのお母さんは、洗練されているい印象がある方で、

自分の心に照らして何が重要か何が重要ではないかを

選んで、大切なものだけを選んでシンプルに暮らしておられます。

お母さんの鑑識眼は確かなもので、それはAくんの生活に秩序や知的な雰囲気や

暖かみを与えています。

Aくんのお母さんと話をしていると、情報の渦に飲み込まれそうになっても、

本当に大事なあれとこれに絞り込むことができる方なんだな、

何がAくんにとって大切なのか、感性でわかっていて、日々の中で継続していく力が

ある方なんだな、と感じています。

その一方で、Aくんのお母さんが度々口にする「こんな時にどういうふうにすれば

いいかアイデアが思いつきません」

「レパートリーがなくて……」「発想が浮かびません」といった言葉から、

未知の事柄を想像力を駆使して対応するのは苦手なのかな、と思っていました。

 

Aくんとお母さんは雰囲気がよく似た母子です。

Aくんは今時のアニメよりもヨーロッパの人形劇の動画に惹かれる子。

いいと思うものにしろ、心地よく感じるものにしろ、

重なる面が多いのではないでしょうか。

 

でも、『未知の事柄』を前にした『想像力の使い方』となると、

AくんとAくんのお母さんでは、正反対とも言える違いが見られます。

 

Aくんはゼロの状態からイメージを生み出していくことが好きで

あれでもこれでもないという選択肢すら見えてこないようなあいまいな状態で

根気よく考えを練っていくタイプ。それを最も得意としているし、

そうした頭脳活動をしている時に一番いきいきしている子です。

 

一方、Aくんのお母さんは、そうしたあいまいな場面に遭遇したとたん、

たちまち不安定になって、普段ならゆったりと物を考える方なのに、

「AかBか、どちらかに早く決めなくてはならない」「アイデアは思いつかない」

といった短絡的な決めつけるような心の状態に偏りがちなのです。

 

新しいアイデアが生まれてきそうなカオスな状態や

毎日のルーティーンにほころびができて、新しいことが生まれそうな兆しがある時、

Aくんはそれに敏感に反応して、「いつも通りじゃ嫌だ」と言って、

ちょっとでもその時間を引き延ばして、手探りで「いつも通り」を

拒絶したい思いの正体を探ろうとするでしょうし、

Aくんのお母さんはAにもBにも定まらない漠然とした雰囲気に不安を募らせて、

「いつものAにするか、やめてBにするか、早く決めてちょうだい」

と急かすことになるでしょう。

 

 Aくんがこうした場面で、根気よく自分の思いを追いたいと感じ、

Aくんのお母さんが、手短にAかBかに決めてしまいたく感じる場合、

Aくんは時間の上で焦らされていることにも、

選択肢を2つに絞られてしまったため

第3のまったく新しいアイデアを口にできないことにも、

不満を募らせるに違いありません。

Aくんはそうした不満を直接口にするタイプではないため

かえってこじれることが予想されます。

 

教室でも、新しい独創的なアイデアが実現される前には

必ずといっていいほど、こうした不安的でカオスな間があります。

そうした不穏な空気を感じ取ると、イメージするのが苦手な子は、即座に

「先生決めて」と言ったり、くじびきやじゃんけんで誰かひとりが決める形に

逃げたがります。

 

そうした間での創造性の高い子が最初にする仕事は、

それまで滞りなく流れていたいつものやり方に対して『待った』をかけることです。

想像力が豊かで創造性が高い子の「そんなの嫌だ」「面白くない」という

ダメ出しや妨害は、その子に考えるスペースを作ってあげると、

みんなを巻き込んで熱中するような斬新なアイデアを

生み出すことにつながりやすいのです。

 

これまであれこれ書いてきて、結局のところ、今度Aくんが、

「本を読んで欲しくない」だの「やっぱり読んで欲しい」だの

「やっぱり読まないで」だの「読まないのは嫌」だの、

どっちつかずの態度でぐずる時にどうすればいいのかと問われたら、

わたしの答えは、「今まで通りでいいんじゃないかな」という中途半端なものです。

 

毎日、密に付き合っていく子どもとの関係で、一部分だけ自分のやり方を矯正しても、

正しい対応をしようと考え過ぎても、あまりいいことはないでしょうから。

それなら、Aくんとお母さんの関係についてあれやこれやと思いを巡らしてきたのは

何だったのかというと、そうして十二分にわかった上で、

「こんな時はどうするか」なんて構えないで、自然に自分らしく振舞うと

いいのではないでしょうか。

 

それまでのように、それがお互いの意地の張り合いに発展したとしても、

きっとそれは、Aくんのお母さんが「わたしは、いつものパターンが崩れると、

AかBかの二者選択の急いで答えを出さなければと焦ってしまうところがある。

想像力を使って解決しなくてはならないことが苦手だからな」と意識した上で、

「今日は本を読まなくてもいいの?それなら、お皿を洗ってくるわね」と告げた後の

揉め方とは質が違ってくるはずです。

 

また、Aくんの「Aは嫌。Bも嫌」といった態度に遭遇した場合も、

「この子はどちらの選択肢も否定する時があるけれど、

自分自身の中からAでもBでもない新しい選択肢を作り出すことも多い」と

わかった上でぶつかりあうのは、それまでのエスカレートの仕方とは

異なるにちがいありません。

 

鷲田清一先生が、「賢くある」ということという文章の中で、

<「賢い」というのはつまり「簡単な思考法に逃げない」ということだ。>

と書いておられました。

めまぐるしく変化する現代社会で、多角的にさまざまな立場で長期のスパンを

見据えて、考えなくてはならないような事柄については、

ひとつの正解を求めるなど逃げに過ぎないのです。

子育てにしても、鷲田先生の言葉を借りると、

「あいまいなものにあいまいなまま正確に対応する」べきもの

「正解などそもそも存在しないところで最善の方法で対処する、

という思考法や洞察力」が求められるものなのでしょう。

 

子育ての答えは、子育て本やネットのQ&Aのコーナーにあるのではなく、

親が正解がないことから逃げないで、その時、その時の最善を

探りながら、子どもと歩み続けること、添い続けること、向き合い続けることの中に

あるのだと思います。

 

最初の問いの、

子どもとの間で生じる『力のゲーム』から抜ける方法は、

かつて自分と父親との間で繰り返されてきた、相手をコントロールしようとする

争いを、親としての視点から受け止めなおしてみたり、

現在の子どもと自分の状況や争いの火種となっている物事について、

子どもの目線に下りて眺め直してみたりすると、

心にしっくりくるようなその時々の最善が見つかるかもしれません。

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