国立オリンピック記念青少年総合センター にいどんブログ

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掛川城と愛媛とのつながり(年輪塾修学旅行)

2017-07-27 10:00:28 | 日記


 掛川市の取組について伺ったあと、塾生の方々と掛川城公園に行きました。



 戦国時代、掛川の地は、東海道の東西の交通の要衝として、重要な戦略拠点としての役割を果たしてきました。そのため、市内には、掛川城、横須賀城、高天神城という3つのお城があります。





 掛川城は、大きな堀に囲まれていたようです。天守閣に上り、愛媛県との縁が話題になりました。まずは、木造天守閣の復元です。平成6年の復元は、日本初の試みでした。この復元にかかった予算は、約10億円、このときも市民からの寄附で賄ったそうです。

 これに習って復元されたのが、愛媛県大洲市の大洲城天守閣です。大洲城天守閣は、平成16年に完成していますが、それまで大洲の関係者は、掛川城を何度も訪れ、復元への苦労を学ばせていただいたそうです。大洲城の復元にも、市民から多くの寄附が集まりました。もう一つは、掛川城主松平定行が、その後松山城主となっていることです。これ以降、松山城主は、松平家が継ぐことになりました。







 続いて、公園内にある御殿に行きました。御殿は、城主の公邸兼藩の役所です。建物内には、およそ20部屋があり、その立派さに驚いた次第です。(にいどん)
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