めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

私達の代表、と胸を張れない日本人の不幸

2017-07-10 17:43:07 | 日本人

果たして、日本は、一体どこに向かって進んでいるのか、
本当に、日本人は、幸せであるか否か、増す々混迷の時代に
なって来ています。
何もかも失って、これから一体どうなってしまうのだろうか
と言う毎日から、誰もが必至に働き、遂には、世界で名だたる
先進国となった今、日本は、世界の多くの国々から憧れられる
豊かな国になり、誰もが幸せであるはずなのに、実際は、
心からこの時代を喜べない国民が大半と言えます。

しかし、思い返せば、高度成長期に於いて、経済成長率が
年々上昇し、国民の所得も右肩上がりになっていた頃、
国民の多くは、豊かになる生活に満足し、近代国家として
世界中から注目をされる事に、喜びと誇りを感じたものです。
確かに、バブルが崩壊し、国内経済が低迷化している事に
多くの国民が不安を感じ、何とか以前のような豊かな国に
復活する事を願ってはいますが、その思いは、戦後の
何もない頃からの願いとは本質的に違って来ています。

戦後の高度成長は、日本経済の進歩としては画期的なものとは
思えますが、あの頃の国民は、食べる事にも事欠き
自分が生きて行くだけで精一杯であり、経済的に豊かになる事が
国民の目的であり、それ以外の事にはほとんど気が回らず、
経済力が幸せの素と信じて疑わなかったのです。

しかし、今の日本人の願いは、ただ、単に経済的に豊かになる事が
幸せに繋がるとは思っていないのです。
その様に思っているのは、経済的豊かさを幸せと感じる政治家と
その背後に控える、経済力こそ幸せと考える、高度成長期に
良い思いをした人達に過ぎません。
多くの国民が、どんなに働いても幸せと感じることが出来ず、
働けど働けど、例え多くの所得を得ても、決して幸せとは
感じない国民が多いのです。

では、何を持って幸せと感じたいのか。
それは、一人一人の、この世に存在する意義と意味に
他なりません。
つまり、外見的なものでは無く、人としての価値が認められ
生きている意味が感じられる社会が欲しいのです。
今の日本経済社会は、人の価値を測る尺度が、外見的な
地位や財産、学歴と言った、人間性を問うものでは無く
外見すら良ければ、中身はどうでもいいような人が
多いのです。

素晴らしい経歴があっても、政治家としての役職が在っても
常識的に考えられない言動や行動を取る方も少なくなく
毎度マスコミに騒がれているのは言うまでも有りません。
昔のことわざに、李下に冠を正さず、と言うのが有ります。

桃の木の下で頭の上の冠を正そうとしていれば、疑われても

仕方が無く、その様な行為は慎む様にと言う教えなのですが、
リーダー達の行いは、冠どころか、しっかりと桃をもぎ取り
それを自分の懐に詰め込んだと所を見られてしまったにも
関わらず、何も盗っていないと言い訳をしている様なものであり、
怪しい行動をしている仲間内も、何とか誤魔化そうと、見苦しい
私達の選んだ代表とは言えない様な弁解に明け暮れています。

しかも、知らない、覚えがない、記憶にないの、相変わらずの

逃げ口上であり、子供が黙って棚の中のケーキを食べたことを
お母さんに咎めれれて、自分は何もしていないと、口の周りに
しっかりとチョコレートを付けて言い訳している様なものです。
本当につまらない、大切な時間と税金をこんな意味の無い答弁に
使っているとは、とても、民主国家を代表する議員たちとは
言い難い情けなさです。

しかも、親分は不在であり、その手下たちは、何とか取り繕うも

余りにも歯切れが悪く、挙句の果ては、常とう手段である
記憶にございません、と言う言い逃れは、自分達は悪い事をしましたと
言っている様にしか聞こえません。

彼らが、こんな身の無い討論を繰り返している間にも、九州の

集中豪雨の被災者達は、明日の事も考えられない、着の身着のままで
猛暑の中苦しんでいるのです。
涼しい、セントラルヒーティングが完備した国会とは天と地の
環境に置かれているのです。
日本の政治家としての真意を問いただしたいものです。

多くの人々の思いを背にしていると言う事は、前向きの夢を

実現しろと言っているだけではなく、それ以上に、苦しんでいる
多くの国民を、その苦界から一日も早く助け出す事を使命として
日々努力する義務があるのです。
己の欲望にかられた結果が、マスコミがこぞって騒ぎ立てる原因となり
自分達の身の回りを非難される結果を生んでいるに他ならないのです。

民意を背負っていると言う事は、それだけ大変なことをするのですから

沢山の収入と特典が与えられているのです。
しかし、その環境に甘えて、私的な欲望を満たす事に力を注ぐ様になると
政治家としての資質も、人間としての価値も無くなるのです。

こんな人達を選んでしまった我々も反省をしなければならないのですが、

それ以上に、こんな人達を我が国の代表として世界に示さなければ
ならない事に、日本国民として残念でなりません。
国会でのやり取りが、根底に常に保身が感じられ、問題解決と言うより
如何に自分が生き残り、今の地位を保持するかで必死なのが解ります。

親分の顔色を伺いながら、歯に異物が挟まったような答弁の様は、

誰が見ても不自然であり、口に出せば出すほど、政治家としての資質も
人間としての価値も失われて行く事が解らないのでしょうか。
官僚の作った文章を棒読みし、親分の顔色を伺いながら、口裏を合わす
そんな自分自身が恥ずかしいとは思わないのでしょうか。

それとも、その地位は、それ程美味しい魅力的な地位なのでしょうか。

国政に身を投じようとした時、多くの政治家は、自らの心意気を
マニュフェストとして熱く語り、自分が、この国を幸せにすると強く
心に念じていたと思われます。
しかし、地位とお金は、いつの間にかに、国民からの期待を、己の欲望に
すり替えて行くのでしょうか。

殆どの政治家は、何年たってもしっかりとした心の信念を持って、

様々な懸案と取り組んでいる事と思われますが、何故か、政治家の中でも
上に立つ立場になるにつれ、その信念も綻び、いつの間にか、甘言に耳を
そば立て、国民に見えない所で様々な欲望を満たしていくのです。
そんな甘い気持ちが、失言暴言と成って国民の注目を浴びると、
一気に雪崩の様に、その悪行が暴露されて行くのです。

この傾向は、いつまで経っても無くならないのが、日本国民が、経済的に

豊かになったにせよ、人間として成長できなかったことを表していて
いつまでも心が満たされない国民が多くなる結果を呼んでいるのです。
有名になって沢山のお金が有れば、幸せになれると考える、
高度成長期の人々と同じような考えの子供たちが多い事も心配です。

彼らも、いずれ大人になって、社会を支えて行く様々な職に就き

中には、会社を国を率いる地位に就く方も出てくるのです。
そんな大人になった日本人が、経済力でしか人を判断できなかったり
お金がありさえすれば幸せになると公言すること自体、不謹慎であり
国民は、豊かな環境を与え、美味しいものを食べさせておけば幸せと
安易に考えるリーダー達を生んでしまうのです。

日々の暮らしに苦労している国民だけでなく、経済的に豊かな生活をし

先の心配をしなくてもいい人達でさえ、心から幸せを感じていない
一億総不安感に包まれているのが今の日本国民なのです。
まるで、上等な餌を食べさせるだけで、何のスキンシップもしない
良い環境で飼っていれば幸せだと思っている犬の飼い主みたいな
そんなリーダーは必要では有りません。

現代の日本人は、誰もが愛情に飢え、孤独に耐えて生きているのです。

どんなにネットが進化し、何でも知り何でも手に入れられても、
いつも不安で心が癒されない若者は数知れずです。
日本人は、顔で笑って心で泣いているという現実を理解できずして
国政に携わる事は、無知無能無節操の極みとも言えるのです。

言葉のやり取りや、弁舌、言い訳、といった、喋りのテクニックは長けても

心の中を察したやり取りは非常に疎い議員が多くいる様です。
選挙の時だけ、国民の思いの全てを満たし幸せにする様な満面の笑みでいても
こんな薄っぺらい答弁しか出来ない様では、やはり、その地位は相応しくなく
早々に、本当に役職を果たせる方に代わられることが最善と思われます。

 

 

 

 

 

 

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