めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

猛暑に思う

2017-07-17 13:35:40 | 日本人

今日は、最高気温が35度にまで上がるとあって、朝から異常な暑さです。
仕事に来るまでも、ビルの中や公共機関の中は、何とか快適と言えるのですが、
外を歩くと、まるで砂漠の中の蜃気楼の中をさまよっている様な猛暑です。
何とか、仕事場に着いてホッとしているのもつかの間、突然クーラーが
止まってしまいました。

営業用の大型クーラーですが、もう30年動いています。
当然耐用年数は超えていて、ずっと以前に買い替えな変えれば行けなかったのですが、
一般家庭用に比べ、コストが非常にかさみ、これまで、修理しつつ、何とか騙し々
毎年夏を超えて来たのですが、ここ最近の猛暑は、さすがに、耐えられない様で
遂にストップしてしまいました。

余りにも古い為、メーカーに問い合わせても、新しい部品が手に入らず、修理屋さんに
何とか頼んで、とりあえず、動く様にはしていたのですが、この夏初めてのダウンです。
とりあえず、動かさなければ仕事になりません。
ペットボトルに水を汲んで、機械全体に水をかけ、人海戦術で冷やします。
旧式な方法ですが、考え付く事はこれ位しか在りません。

しばらくして、もう一度起動すると、なんとか動き出してホッと一息です。
しかしながら、自営業とは言え、この仕事を始めてから30年もたつと、
人だけでなく、室内設備全てが年を取って行くものです。
部屋に入ると、遠い昔の雰囲気が有りますが、同じような作りの商業施設は、
経営者によってその時代が解るもので、時代に取り残されたような雰囲気が
今の人達に受け入れられないのが残念です。

しかしながら、何故、日本の夏は、これ程にも熱くなってしまったのでしょうか。
勿論、地球温暖化の影響が大きい事は否めませんが、それにしても、暑すぎです。
しかも、天気の急変が、余りにも乱暴で、まるで南国のスコールのような雨が
降ったと思いきや、あっと言う間にギラギラの太陽が照り付け、日本の様々な
四季の変化が、単純な暑さ寒さと成って、長きに渡って四季を楽しんできた
我々の年代には、とても馴染むことが出来ません。

かつては、四季の移り変わりは、自然の風景の移り変わりであり、その時々に
現れる様々な動植物によって知らせれました。
まるでカレンダーをめくる様に、自然界の風情が変わって行き、それの応じて
私達日本人の生活も変わったものです。
時に、台風や大雪と言った災害をもたらす様な自然現象も有ったのですが、
それでも、私達は、自然に親しみながら、自然と共に生きている事を
心の拠り所として、穏やかな気持ちを抱いて生きていたのです。

文明の進歩は、あらゆる物を近代化し、便利で豊かな生活を実現したと
言えるのですが、その進歩の陰で、私達日本人の心が優しさや思いやりを失って
他人の事を考えられない、自分の事で精一杯の人が増えているのが残念です。
より経済的に豊かな生活をすれば幸せになれると思っている方も多く、
人を蹴落としても、自分の欲望を達成する事に喜びを感じると言う人や
地位や名誉、財産でしか人の価値を認められない人が増えているのが
同じ日本人として、日本が失われて行く様で残念です。

勿論、生きて行く為には、必要最小限度以上の生活力は必要です。
しかし、経済力のみを競って、誰かに勝ったとして、その価値を
誰が認めてくれるのでしょう。逆に妬まれたり憎まれたりする可能性も
大きくなるのです。
幸せは、自分だけでかち得るものではないのです。
多くの人々に、自分の存在価値を認められ、人間としての魅力を
感じられて成り立つのです。

まずは、家族に、そして友達に、更には、会社の人々に、心から

認められる方が人間としての価値があると言えるのです。
その為には、周囲の他人に嫌な思いを抱かせてはならないのです。
でも、自分が幸せになって、しかも周囲の他人達も幸せと言うのは、
とても難しい事です。
幼児の様に、自分の利益だけ考えていては、到底叶えられません。

まず、自分の思いと、例え家族であっても、周りの人の気持ちは

同じではないと言う事を理解していなければならないのです。
しかも、相手は生き物ですから、毎日身体も心も変わって行きます。
日々変わる姿に常に気を配る気持ちが無いと、相手に喜んでもらったり
自分の考えを認めてもらう事は難しいのです。

しかしながら、現代生活は、便利になったものの、何でも自分で

調べたり手に入れられる様になったことから、人に頼らなくても
生きて行ける為、面倒な気遣いをする必要が少なくなっているのです。
その為、たとえ家族と同じ屋根の下で暮らしていても、全く赤の他人の様に
日常的に会話をすることも無い人たちが少なくないのです。

私達は、家族や集団で生活する意味に、お互いの気持ちを察する力を

身に付けると言う、大人に成長する為に大切な勉強をしているのです。
この事は、将来、多くの他人と関わったり、新たなる友や恋人を得る時も
大きな力と成り、人間としての大切な能力と言えます。
ところが、学問は多く身に付け、高学歴であっても、対人的には
残念な大人が実に多いのです。

人を見る目も無く、相手の事を考えながら話す事もままならない、

極めて我儘で、自己主張しか出来ない大人が増えているのです。
経済優先の生き方は、便利で豊かな生活が出来る反面、人間としての
心の発達をないがしろにしてしまう可能性も秘めているのです。
人の上に立つ地位に成った途端、横柄な態度と成る人たちはとても多く
自分より経済的に下と思える人達に対して、高飛車な言動と成るのは
日本社会に於いて極めて顕著な傾向と成っています。

しかも、その様な人に限って、人としての魅力はほとんど感じられず、

そんな人の下で働く事は、苦痛以外何物でもないのです。
しかし、その様な人も、自分よりも上の経済力を持った人達から
同じような扱いを受けると、非常に弱いもので、経済力を否定されると
一気にその態度を変えてしまうのが情けないと言えます。

人は、何のために生きているかと言う問いに、どの様に答えるかで

その人の人生が決まると言っても過言ではありません。
誰もが共通な事、それは、自分をこの世に生かしていく為なのです。
動物として生き物として、与えられた命の時間を、自身の存在を
感じながら生きたいのです。

それには、衣食住、全ての点に於いて、誰よりも裕福に豊かになる事が

自分を生かす事と考え、少しでも所得を上げることを目指す方が多いと
思われるのですが、実際、その様に、自分の為に様々な物を手に入れようと
頑張った結果、思い通りになった方は数少ないのです。

つまり、自分の求める物を他人から手に入れるには、それなりのルールが

必要であり、金銭であろうと物であろうと、与えたくなる条件が無いと
人は簡単には、自分の思い通りに欲しいものを与えてくれないのです。
ならば、お金が有れば、何でも手に入るのでは、と思えるかも知れません。
しかし、お金には、限界があり、無くなれば、その力は全くなくなります。
その為、永遠にお金を手に入れなければ、欲しいものは手に入らないのです。
そこで、多くの人々は、お金に執着し、少しでも給料が高い仕事を目指すのです。

これが、資本主義社会の実態であり経済大国の実態でもあるのですが、

このお金を手に入れ続ける生活が、果たして、本当に幸せを呼んでいるのかと
言えば、現実ではそうとも言えないのです。
お金を手に入れれば幸せになるのなら、お金持ちは全てが幸せであり、
貧乏人は全て不幸と成ります。
しかし、幸不幸と言うのは、本来、主観的な物であり、一概に優劣は付けられず
其々の人の心によって決まると言えるのです。
その為、端から見て、どんなに幸せそうな生活をしているように見えても
実際は、不幸のどん底にある方も少なくないのです。

つまり、自分が幸せであり続ける事は非常に難しく、どんなにお金を手に入れても

幸せが続くと言う保証はないのです。
と成ると、幸せになる経済的努力は、周囲の他人との軋轢やトラブルも多く、
決して幸せな気分ではいられないと言えるのです。
ならば、どうしたら、いつも幸せな気持ちでいられるのか。
それは、周囲の人たちが自分を幸せな気持ちにしてくれる環境を作る事なのです。
要は、自分が周囲の人達を幸せにしてあげる努力をすれば、おのずと、
その行為に感謝して、自分の価値を認めその行為を称えてくれる人が増えるのです。

人が、人生を気持ち良く生きる為には、周囲に敵を作ってはならないのです。

自分だけが幸せになったも、周囲が不幸では、いずれ、多くの不幸を感じる人たちに
その怒りや苦しみを齎せられるのです。
人の上に立つと言う事は、自分を育ててくれた人や支持してくれた人たちを、
幸せにすることをモットーとすべきなのです。
地位が高くなり、より経済的に豊かな生活が出来る様になればなるほど、
自分を支えて認めてくれた人々に報いる様に頑張る事がその地位で生きる意味なのです。

しかしながら、日本に於いて、人の上に立つ人が、自分を支えてくれている人の気持ちを

逆なでにしたり、私欲に走る方が多い事が問題なのです。
この事は、近年、マスコミを賑わす上に立つ人たちのニュースが絶えない事を見ても
如何に日本社会が病んでいるかが解ります。
この事は、その人たちの現実の問題と言いうより、これまで、小さい頃から育って来た
我儘が許されて来た環境が問題と言えるのです。

一般の人よりも経済的に豊かな環境に育ち、しっかりとした学問を身に付けたものの、
肝心の人としての在り方を勉強せず、我欲を満たす事ばかりを考えて大人になった事で
様々な問題を生んでしまっているのです。
小さい頃から甘やかされ、周囲は自分の言い成りになる環境に育ち、そのまま祭り上げられ
社会的地位を得た事から、自分の行っている事が、如何に一般の方の常識から逸脱した
見苦しい状態であることが理解できないのです。

多くの人々の上に立つと言う事は、その全ての人の人生を背負っていると言えるのです。

口先でもっともらしい言い訳を言う技は長けていても、心から人々に寄り添うことが出来ず
自分の地位としてのノルマを果たしているだけでは、とてもその地位を支持される事は
難しいと言えるのです。

とは言え、この、日本のトップになるような方々だけでなく、日本中で、同じような人々の
トラブルが起こっているのが現状なのです。

戦後の高度成長で、海も山も荒れ果て、人々の心も荒れてしまった日本社会は、

経済的に豊かになれば、誰もが幸せになると考えること自体、子供の考えと言えるのです。
日本人が、本当に悩んでいる事は、太古の昔から営まれて来た、日本人の心が育てられない
感じられない社会であり、そんな中で、見てくれだけを取り作らなければならない自分です。
如何なる環境に有ろうと、日本人が日本人として、本当に豊かな心を持ち、お互いに
労わり合って助け合うことが出来る社会を求めているのです。

 

 

 

 

 


 



 

 

 

 

 

 


 

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